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第二章 魔女国の居候
魔女の誕生
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「ティム、起きて」
シェリルに軽く肩を叩かれて、ティムは目を覚ました。
ヴェロニカの死を悲しむシェリルとシンシアに気を使って、ティムは離れた位置に椅子を置いて座っていたが、いつのまにか居眠りをしていたようだ。
ティムも悲しいには悲しいが、彼女たちと同じくらいとは言い難い。付き合いの長さや濃さを考えたら、比較することすらおこがましいだろう。
「そろそろ時間だから、一緒に『魔の泉』まで来てちょうだい」
「俺も行っていいのか?」
「ええ。ヴェロニカからも言われたでしょう?」
ヴェロニカから新しい魔女を祝福してほしいと言われたけれど、単に誕生を祝うことだと思っていた。
「立ち会っていいなら、一緒に連れてってくれ」
ティムは立ち上がると、伸びをした。
シェリルは辺りを見回してから、ティムを見上げた。
「そういえば、あの人間はどうしたの?」
シェリルはまだ大人のままだ。それでもティムのほうが背が高いが、いつもと顔の距離が違う。
ティムはその近さに少し戸惑いながら、
「毛玉が拘束して眠らせてくれたから、地下室に閉じ込めた。あ、地下室に案内してくれたのもマーティンを運んでくれたのも、毛玉だからな」
「ええ、それで問題ないわ。ありがとう。押し付けちゃってごめんなさいね」
「いや、俺はそのくらいしからできないから」
シンシアが怪我する前に対処できれば良かったんだが、とティムは反省する。
シェリルはティムにくっついていた毛玉にも礼を言った。
「地下にも使い魔がいるのよ。人見知りだから全然出てこないんだけれどね」
「へー。どんな見た目?」
初めて入った屋敷の地下は、食料貯蔵庫や倉庫があった。
それから、鍵のかかる小部屋がいくつか。
(あれって牢だよなぁ。アンジェリーナのころは人間の国と行き来が多かったって言ってたから、不届者もいたのか?)
その牢にマーティンを押し込んできた。鍵をかけたのも毛玉だったから、ティムは地下の使い魔には会っていない。
「鳥よ」
「鳥? 地下に?」
「人見知りなのよ」
「や、人見知りで済ませていいのか、それ」
一体どんな鳥なのか。
好き嫌いはそれぞれだから構わないが、ティムは俄然会ってみたくなった。
「シンシアは? 大丈夫か?」
ティムは長椅子を振り返って、シェリルに聞いた。
シンシアが流した血は毛玉がすぐに綺麗にしてくれ、マーティンの血も含めて、跡形もない。
シンシアは泣き疲れたのか、ぼーっと座っていた。眼鏡は外しており、髪も解いているのは初めて見る。
「怪我は大丈夫だけれど……」
シェリルは言葉を濁して、シンシアに声をかけた。
「シンシア、そろそろ誕生の時間だから行くわよ」
「もう? 行きたくないわ……。だってまだヴェロニカが……」
「シンシア。死に立ち会えなかったのだから、誕生には立ち会わないと」
シェリルが強めに諭すと、シンシアは顔を歪めて泣きそうになる。
ティムはシンシアの前にしゃがむと、
「なぁ、新しい魔女が生まれたら、シンシアはお姉さんになるんだろ? 妹の手本になるような魔女にならないと。な? ヴェロニカも二人に頼むって言ってたし」
孤児院で乳幼児がやってきたときに、年少組に神父やシスターが言っていた台詞を思い出して、シンシアに言ってみる。
「お姉さん……?」
シンシアには響いたらしく、彼女は顔を輝かせた。
(百四十歳超えてんのにな。ずっと最年少だったんだから、そんなものか)
それか、いろいろなことがあった衝撃で甘えているのかもしれない。
「ほら、妹魔女を迎えに行くぞ!」
ティムが手を引くけれど、シンシアはまだぐずる。
「歩けないわ」
「もう! シンシア! ほうきでも、長椅子でも出して飛びなさい」
シェリルが腰に手を当てて諌める。大人姿のシェリルだと様になっている。
ティムはシェリルを見て、ふと思いついた。
「シンシアはシェリルみたいに小さくなれるのか?」
「当然でしょ!」
言うなりシンシアは十歳くらいの少女に変わった。
ティムは彼女に背中を見せて、「おぶってやるから、ほら」と促すが、シンシアは首をかしげる。
「何をすればいいわけ?」
「え、魔女はおんぶを知らないのか?」
シェリルも首をかしげていた。
ティムは驚きながら説明して、シンシアに背中に乗ってもらう。背負って立ち上がると、シェリルも「これがおんぶなのね」と感心していた。
(文化の違いを感じるなぁ)
それで、やっとティムたちは『魔の泉』に向かって出発したのだった。
外はもううっすら明るかった。
「日の出とともに生まれるのよ」
シェリルが説明してくれる。
彼女は、毛玉が用意したバスケットを持っている。タオルなど必要なものが入っているらしい。
ティムの背で寝そうになるシンシアを起こしつつ、『魔の泉』に到着した。
そこで、地面に降りたシンシアが姿変えの魔法を解く。彼女もさすがにもう甘えたことは言わなかった。
泉の淵に二人の魔女は立つ。
ティムはその後ろに立って見守る。
泉の周りは静かだった。
風もなく、葉ずれの音もしない。身じろぎすら憚られるくらいだ。
ふいに、泉の水が光り始めた。
金色のもやが立ち昇る。
触れるなと何度も警告された魔力。ティムは数歩下がった。
すると、静かだった泉の水面上で風が起こり、もやがぐるぐると回り出した。だんだんと泉の中心に集まっていき、渦が高く、大きくなる。
そして、もやの渦は金の光の塊になった。
(繭みたいだな)
そう思った瞬間、風により収束していた光が、ぱぁぁっと一気に広った。
ティムは眩しいのを我慢して、手を翳して光景を見続けた。
(あっ、あれは!?)
ティムは息をのんだ。
広がった光が消えたとき、そこには赤子が浮いていた。
シェリルが手を伸ばし、魔法で赤子を引き寄せた。タオルを広げて受け止める。
すかさずシンシアがタオルを整え、赤子を包んだ。
赤子は泣きもしない。
シェリルはこちらを振り返った。ティムは誘われるように、歩み寄る。
「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」
シェリルがそう言って、赤子に魔力をかけた。金の粉が新しい魔女を取り巻いて、キラキラ光る。
それが消えないうちに、今度はシンシアが言祝いだ。
「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」
シンシアの魔力も赤子に降りかかる。
シェリルが目でティムを促した。
これがヴェロニカがティムに頼んだ祝福なのか。
(俺がやるなら、やっぱり魔女じゃなくて)
「女神アンジェリーナの祝福が、新しい魔女にありますように」
それからティムは治癒をかけた。全力でやったため、金の粉がわさっと赤子を包み込んだ。
やりすぎたかと心配したけれど、魔力や治癒力の粉は、赤子に吸い込まれるようにしてすうっと消えた。
「新しい魔女の名前は、ドロシーよ」
シェリルが宣言した。
「ドロシー! いい名前だな!」
「ドロシー、私がお姉さんよ」
ティムとシンシアが声をかけると、ドロシーはまぶたを開けた。金の瞳は、早くも見えているかのように、こちらをまっすぐ見返した。
「ドロシーは、ヴェロニカの生まれ変わりってことか?」
「いいえ、違うわ。新しい魔女よ」
ティムの質問にシェリルが答えてくれる。
「魔女と泉の魔力は循環しているの。アンジェリーナの魔力は泉に取り込まれたから、魔力的には全ての魔女がアンジェリーナの生まれ変わりと言えるかもしれないわね。記憶や性格は受け継がないし、魔力にもそれぞれ個性があるから、同じ魔女は生まれないけれど」
「すげぇな……。人間とは全然違うんだな」
ティムはため息をこぼす。
シェリルは「そうね」と微笑んだ。
気づいたときには、空はすっかり明るくなっていた。
ヴェロニカの死からまだ半日も経っていない。
魔女は三人。
一人亡くなると、一人生まれる。
ここでは、死と生が確かな因果関係を持ってつながっている。
(神秘の魔女国、か……)
ティムは今までで一番、彼女たちと自分の違いを感じた。
(俺はこの国では、いつまで経っても『お客様』でしかないんだろうな)
居心地のいい魔女国にずっと暮らせたらいいのだけれど。
これから子育てが大変だな、と心配したティムだが、それは全くの杞憂だった。
生まれたその日は赤子だったドロシーだが、翌朝には五歳くらいに成長していた。
「えっ!? 昨日の今日だろ? なんで?」
驚くティムに、魔女三人は首をかしげる。
「ティムは何を驚いているの?」
「人間は成長するのに時間がかかるのよ」
「まあ! 大変ね!」
ドロシーはもう流暢に話すし、何でも理解できる。
人間の五歳よりしっかりしていると思う。
記憶は引き継がないとシェリルは言ったが、魔女の常識は教えられなくとも知っているらしい。魔法ももう使っていた。
ドロシーの魔力の量を測ったシェリルが、「平均的だわ」とほっとしていた。
ティムの祝福の影響もなく、ドロシーも治癒は使えなかった。――死を前にした魔女の言葉はアンジェリーナの言葉に等しいそうで、「ヴェロニカが言ったのだから、影響があってもなくてもそれが正しい道なのよ」と、シェリルは笑っていた。
生後二日で急成長する魔女だが、五歳の姿からは人間と同じペースで成長して、二十代くらいで止まるそうだ。それで、寿命が間近になると一気に老けるらしい。
後日、ティムはドロシーから、秘密の話よ、と囁かれた。
「私、こっそりヴェロニカの最後の研究を引き継ぐつもりよ。シンシアには内緒よ」
「恋愛の研究か?」
「そう。対象はティムとシェリルだから! よろしくね!」
「はぁ?」
ドロシーはくるりと身を翻して走っていく。跳ねる短髪は茶色がかった黄緑――シェリルは海松色と呼んだ――で、ヴェロニカと近い。
十年ほどは勉強しながら、他の魔女の研究を手伝うのが普通らしいが。
(お転婆っていうか、生意気っていうか。なんだかな)
ティムは苦笑するのだった。
シェリルに軽く肩を叩かれて、ティムは目を覚ました。
ヴェロニカの死を悲しむシェリルとシンシアに気を使って、ティムは離れた位置に椅子を置いて座っていたが、いつのまにか居眠りをしていたようだ。
ティムも悲しいには悲しいが、彼女たちと同じくらいとは言い難い。付き合いの長さや濃さを考えたら、比較することすらおこがましいだろう。
「そろそろ時間だから、一緒に『魔の泉』まで来てちょうだい」
「俺も行っていいのか?」
「ええ。ヴェロニカからも言われたでしょう?」
ヴェロニカから新しい魔女を祝福してほしいと言われたけれど、単に誕生を祝うことだと思っていた。
「立ち会っていいなら、一緒に連れてってくれ」
ティムは立ち上がると、伸びをした。
シェリルは辺りを見回してから、ティムを見上げた。
「そういえば、あの人間はどうしたの?」
シェリルはまだ大人のままだ。それでもティムのほうが背が高いが、いつもと顔の距離が違う。
ティムはその近さに少し戸惑いながら、
「毛玉が拘束して眠らせてくれたから、地下室に閉じ込めた。あ、地下室に案内してくれたのもマーティンを運んでくれたのも、毛玉だからな」
「ええ、それで問題ないわ。ありがとう。押し付けちゃってごめんなさいね」
「いや、俺はそのくらいしからできないから」
シンシアが怪我する前に対処できれば良かったんだが、とティムは反省する。
シェリルはティムにくっついていた毛玉にも礼を言った。
「地下にも使い魔がいるのよ。人見知りだから全然出てこないんだけれどね」
「へー。どんな見た目?」
初めて入った屋敷の地下は、食料貯蔵庫や倉庫があった。
それから、鍵のかかる小部屋がいくつか。
(あれって牢だよなぁ。アンジェリーナのころは人間の国と行き来が多かったって言ってたから、不届者もいたのか?)
その牢にマーティンを押し込んできた。鍵をかけたのも毛玉だったから、ティムは地下の使い魔には会っていない。
「鳥よ」
「鳥? 地下に?」
「人見知りなのよ」
「や、人見知りで済ませていいのか、それ」
一体どんな鳥なのか。
好き嫌いはそれぞれだから構わないが、ティムは俄然会ってみたくなった。
「シンシアは? 大丈夫か?」
ティムは長椅子を振り返って、シェリルに聞いた。
シンシアが流した血は毛玉がすぐに綺麗にしてくれ、マーティンの血も含めて、跡形もない。
シンシアは泣き疲れたのか、ぼーっと座っていた。眼鏡は外しており、髪も解いているのは初めて見る。
「怪我は大丈夫だけれど……」
シェリルは言葉を濁して、シンシアに声をかけた。
「シンシア、そろそろ誕生の時間だから行くわよ」
「もう? 行きたくないわ……。だってまだヴェロニカが……」
「シンシア。死に立ち会えなかったのだから、誕生には立ち会わないと」
シェリルが強めに諭すと、シンシアは顔を歪めて泣きそうになる。
ティムはシンシアの前にしゃがむと、
「なぁ、新しい魔女が生まれたら、シンシアはお姉さんになるんだろ? 妹の手本になるような魔女にならないと。な? ヴェロニカも二人に頼むって言ってたし」
孤児院で乳幼児がやってきたときに、年少組に神父やシスターが言っていた台詞を思い出して、シンシアに言ってみる。
「お姉さん……?」
シンシアには響いたらしく、彼女は顔を輝かせた。
(百四十歳超えてんのにな。ずっと最年少だったんだから、そんなものか)
それか、いろいろなことがあった衝撃で甘えているのかもしれない。
「ほら、妹魔女を迎えに行くぞ!」
ティムが手を引くけれど、シンシアはまだぐずる。
「歩けないわ」
「もう! シンシア! ほうきでも、長椅子でも出して飛びなさい」
シェリルが腰に手を当てて諌める。大人姿のシェリルだと様になっている。
ティムはシェリルを見て、ふと思いついた。
「シンシアはシェリルみたいに小さくなれるのか?」
「当然でしょ!」
言うなりシンシアは十歳くらいの少女に変わった。
ティムは彼女に背中を見せて、「おぶってやるから、ほら」と促すが、シンシアは首をかしげる。
「何をすればいいわけ?」
「え、魔女はおんぶを知らないのか?」
シェリルも首をかしげていた。
ティムは驚きながら説明して、シンシアに背中に乗ってもらう。背負って立ち上がると、シェリルも「これがおんぶなのね」と感心していた。
(文化の違いを感じるなぁ)
それで、やっとティムたちは『魔の泉』に向かって出発したのだった。
外はもううっすら明るかった。
「日の出とともに生まれるのよ」
シェリルが説明してくれる。
彼女は、毛玉が用意したバスケットを持っている。タオルなど必要なものが入っているらしい。
ティムの背で寝そうになるシンシアを起こしつつ、『魔の泉』に到着した。
そこで、地面に降りたシンシアが姿変えの魔法を解く。彼女もさすがにもう甘えたことは言わなかった。
泉の淵に二人の魔女は立つ。
ティムはその後ろに立って見守る。
泉の周りは静かだった。
風もなく、葉ずれの音もしない。身じろぎすら憚られるくらいだ。
ふいに、泉の水が光り始めた。
金色のもやが立ち昇る。
触れるなと何度も警告された魔力。ティムは数歩下がった。
すると、静かだった泉の水面上で風が起こり、もやがぐるぐると回り出した。だんだんと泉の中心に集まっていき、渦が高く、大きくなる。
そして、もやの渦は金の光の塊になった。
(繭みたいだな)
そう思った瞬間、風により収束していた光が、ぱぁぁっと一気に広った。
ティムは眩しいのを我慢して、手を翳して光景を見続けた。
(あっ、あれは!?)
ティムは息をのんだ。
広がった光が消えたとき、そこには赤子が浮いていた。
シェリルが手を伸ばし、魔法で赤子を引き寄せた。タオルを広げて受け止める。
すかさずシンシアがタオルを整え、赤子を包んだ。
赤子は泣きもしない。
シェリルはこちらを振り返った。ティムは誘われるように、歩み寄る。
「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」
シェリルがそう言って、赤子に魔力をかけた。金の粉が新しい魔女を取り巻いて、キラキラ光る。
それが消えないうちに、今度はシンシアが言祝いだ。
「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」
シンシアの魔力も赤子に降りかかる。
シェリルが目でティムを促した。
これがヴェロニカがティムに頼んだ祝福なのか。
(俺がやるなら、やっぱり魔女じゃなくて)
「女神アンジェリーナの祝福が、新しい魔女にありますように」
それからティムは治癒をかけた。全力でやったため、金の粉がわさっと赤子を包み込んだ。
やりすぎたかと心配したけれど、魔力や治癒力の粉は、赤子に吸い込まれるようにしてすうっと消えた。
「新しい魔女の名前は、ドロシーよ」
シェリルが宣言した。
「ドロシー! いい名前だな!」
「ドロシー、私がお姉さんよ」
ティムとシンシアが声をかけると、ドロシーはまぶたを開けた。金の瞳は、早くも見えているかのように、こちらをまっすぐ見返した。
「ドロシーは、ヴェロニカの生まれ変わりってことか?」
「いいえ、違うわ。新しい魔女よ」
ティムの質問にシェリルが答えてくれる。
「魔女と泉の魔力は循環しているの。アンジェリーナの魔力は泉に取り込まれたから、魔力的には全ての魔女がアンジェリーナの生まれ変わりと言えるかもしれないわね。記憶や性格は受け継がないし、魔力にもそれぞれ個性があるから、同じ魔女は生まれないけれど」
「すげぇな……。人間とは全然違うんだな」
ティムはため息をこぼす。
シェリルは「そうね」と微笑んだ。
気づいたときには、空はすっかり明るくなっていた。
ヴェロニカの死からまだ半日も経っていない。
魔女は三人。
一人亡くなると、一人生まれる。
ここでは、死と生が確かな因果関係を持ってつながっている。
(神秘の魔女国、か……)
ティムは今までで一番、彼女たちと自分の違いを感じた。
(俺はこの国では、いつまで経っても『お客様』でしかないんだろうな)
居心地のいい魔女国にずっと暮らせたらいいのだけれど。
これから子育てが大変だな、と心配したティムだが、それは全くの杞憂だった。
生まれたその日は赤子だったドロシーだが、翌朝には五歳くらいに成長していた。
「えっ!? 昨日の今日だろ? なんで?」
驚くティムに、魔女三人は首をかしげる。
「ティムは何を驚いているの?」
「人間は成長するのに時間がかかるのよ」
「まあ! 大変ね!」
ドロシーはもう流暢に話すし、何でも理解できる。
人間の五歳よりしっかりしていると思う。
記憶は引き継がないとシェリルは言ったが、魔女の常識は教えられなくとも知っているらしい。魔法ももう使っていた。
ドロシーの魔力の量を測ったシェリルが、「平均的だわ」とほっとしていた。
ティムの祝福の影響もなく、ドロシーも治癒は使えなかった。――死を前にした魔女の言葉はアンジェリーナの言葉に等しいそうで、「ヴェロニカが言ったのだから、影響があってもなくてもそれが正しい道なのよ」と、シェリルは笑っていた。
生後二日で急成長する魔女だが、五歳の姿からは人間と同じペースで成長して、二十代くらいで止まるそうだ。それで、寿命が間近になると一気に老けるらしい。
後日、ティムはドロシーから、秘密の話よ、と囁かれた。
「私、こっそりヴェロニカの最後の研究を引き継ぐつもりよ。シンシアには内緒よ」
「恋愛の研究か?」
「そう。対象はティムとシェリルだから! よろしくね!」
「はぁ?」
ドロシーはくるりと身を翻して走っていく。跳ねる短髪は茶色がかった黄緑――シェリルは海松色と呼んだ――で、ヴェロニカと近い。
十年ほどは勉強しながら、他の魔女の研究を手伝うのが普通らしいが。
(お転婆っていうか、生意気っていうか。なんだかな)
ティムは苦笑するのだった。
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