妖狐と風花の物語

ほろ苦

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「なーココ」

「その名前で呼ぶな!」

妖犬が妖狐の所に遊びに来ていた
風花と遊んで以来、妖犬は妖狐の事をココと呼ぶようになり、
反対に妖狐は妖犬の事をワンコと呼んでいる

「人間は忘れやすい者だって主様が言ってただろ?もう忘れちまえよ」

夏が終わり秋が過ぎ、冬になり春夏秋冬二年が過ぎていた
妖犬は妖狐を慰めているらしい

「煩い!帰れ!」

祠の片隅で丸くなっている妖狐に妖犬は着ていた羽織をかける
妖狐はその暖かさに顔を歪めた

「寒がりなくせに…あ、そういえばーココ、そろそろ伴侶を娶る時期じゃないのか?」

妖犬はわざとらしく話題を変えた
妖狐はああそうだが?っといった生返事を返す

「なぁ、俺と…」

妖犬は顔を赤くし右手で顔を隠す
妖狐はその様子を見て首を傾げる

「なんだ?具合でも悪いのか?」

「な、なんでもない…」



季節はどんどん寒くなり雪が降る日
妖狐に主様からお呼びが掛かった
風花と会えなくなった妖狐は以前のように主様にときめかなくなっていた
妖狐の頭の中では、風花の太陽のような笑顔と泣き顔が消えない

「…困ったものですね」

主様が優しく妖狐を抱き寄せる

「人間は薄命で愚かな者ですよ?妖狐…」

妖狐は顔を伏せて俯き動かない
返事をしない妖狐に眉間に皺をよせ目を細める
そして、口角を上げて妖艶に微笑み妖狐を押し倒した
妖狐は一瞬なにが起きたのかわからず目を見開く
長く黄金に光る主様の髪に囚われているかのように主様の顔が近づく
唇に、初めてキスをされた

「ん!!」

とっさに主様を押しかえす妖狐
ゆっくりと唇が離れ頬を赤く染め主様を見る

「妖狐、わたしの伴侶になってもらえませんか?」

「え?俺が主様の?」

信じられないと驚いた
主様は妖怪の中でも上位の妖怪でその伴侶となる者も相応の力を持っていなくてはならない
まだまだ若い妖狐にそんな力はなかった

「俺、そんな力ないし…」

「力の問題ではありません。妖狐、わたしは貴方が欲しいのです。そうずっと前からこの時を待っていました」

主様の瞳は熱を帯びて妖狐に欲情していた
今まで見たことがない主様に戸惑い妖狐は固まった
憧れていた主様の伴侶に…

『ココ!遊ぼう!』

なぜか風花の顔が浮かぶ
風花は人間だ
伴侶にはなれない
俺は、妖怪だ…

主様が再び妖狐の唇を奪おうと顔を近づける

「ま、待って下さい!!一日だけ考えさせて下さい!」
妖狐は慌てて主様の下から抜け出す
主様は少し困った顔をして

「わかりました。一日だけ…」

本当に優しい主様だ
妖狐は走って祠に戻った
頭を抱えてうずくまる

「…風花…」

何かを決心したように起き上がり、ある妖怪の元に向かった
森の中で一番古く大きな木の根元にぽっかり大きな穴が空いており、その中は大きな空洞となっている
そこに住む妖梟は黒いローブを頭から被り、丸い瞳が印象的な妖怪だ
妖狐は妖梟に頭を下げる

「お願いします…一時でいいので人間に化けさせて下さい!」

妖梟は目を細め困った顔を浮かべた

「人間になんて化けてどうする?」

首を傾げる妖梟
妖狐は今にも泣きそうな瞳で妖梟を見た

「会って…確かめたい」

「…」

妖梟は部屋の奥の棚にしまってあった小瓶をひとつ手に取り妖狐に差し出した

「2時間だけ人間の姿になれる。持って行きな」

妖狐はさらに頭を下げてお礼を言うと小瓶を受け取り、風花の祖父の家に行く
そこで風花の家の住所を調べ妖狐は夜空に駆け出し、飛び跳ね風花の家に向かう
クタクタになりながらも翌朝、風花が住む街についた
森と違い、空気が淀み一晩中走り続け疲労がピークになっていた
それでも風花に会いたい…

フラフラしながら風花の家を探すと丁度高校に行く為、家を出る風花が見えた
久々に見る風花は髪が胸まで伸びて、女らしくなっていた
制服がスカートなのでパンツ姿しか見たことがなかった妖狐には新鮮だった
風花に見つからないように後をつける
学校に入り授業をうけ放課後になる頃、妖狐は思い切って学校で妖梟にもらった小瓶の薬を飲んだ
妖怪だった体が人間に変化する
短い黒髪に切れ長の瞳、細身の男子
浴衣姿では怪しまれるので洋服は学校の制服をロッカーから拝借した
風花は弓道部らしく、弓道場に足を運んだ
道場の外から風花を見つめる
髪を一つに束ね、袴を着て凛とした表情で弓を射る
あの太陽の笑顔の風花ではない別人のように感じていると
風花が他の部員から話しかけられ妖狐の方に視線を向けた

「入部希望?見学?こっちにおいでよ!」

久々に聞いた風花の声
手を振り笑顔を向ける
ああ、風花だ……
妖狐は風花の元に行こうとした時、風花の横に立ち馴れ馴れしく風花の肩に手を乗せる男の姿が見えた
その男に笑顔で答える風花
妖狐は目の前が真っ暗になった
そうか、そうだよな……人間だよな
足を止め、悲しく微笑んだ

「最後に……一目見たかっただけなんだ」

そう呟き妖狐は風花を見つめ
風花の姿を目に焼き付けた
風花は中々来ない生徒を不思議がって見ている
妖狐は風花に背を向け走って去って行くと風花は何かを感じていた

「はぁはぁ、はぁはぁ」

疲れ切った妖狐は少し走るだけでも息がきれた
淀んだ空気に頭が痛くなってくる
主様の所に帰らなきゃ
知らず知らずに妖狐の瞳には涙が出ていた

「ぅ…っ…」

もう、風花には会わない
祠にも行かない
主様の伴侶になろう
これでいいんだ

そう決心してとぼとぼと帰っていると
バサバサと
妖狐の頭上に黒い羽根の妖烏がやってきた

「妖狐!!大変だ!主様が…」

妖烏は尋常じゃない焦りように妖狐は何があったのか見当も付かなかった
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