妖狐と風花の物語

ほろ苦

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6 水無月と赤い傘

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あれから数ヵ月が経ち

水無月の時期は雨が多い
森には恵みの雨がしとしとと朝から降り続いていた
妖狐はフラフラと屋敷を抜け出した
まるで魂が抜けたように何処の自分が向かっているのかもわからない
気が付いた時には何時もの祠に着いていた

もう来ないっと決めていたのに…

茶色の長い髪と衣が雨に濡れて重たく感じる
前髪から垂れる滴が顔を伝い地面に落ちていく

ザッザッ
近づいてくる足音
妖狐は視線だけを足音の方に向ける
だんだんと見えてくる赤い傘
短パンからすらっと伸びた足に黒いスニーカー
足元がぐちゃぐちゃに汚れているのを気にしないようすでズカズカと歩いてくる

傘を上げ妖狐の方を見る黒い瞳
妖狐は自分は幻を見ていると思った
なんて未練がましい…

「ココ?」

聞きなれた声が響く
目を見開き固まった

幻…ではないのか?

「雨だからいないと思ってたけど、そんなずぶ濡れになって風邪ひくよ?」

風花はへらっと笑い小走りで近づいてくる

「あーあ、ビチョビチョじゃん」
っと傘を差し出し困った顔をした

「なんで…此処にいるんだ人間」

妖狐はあえて風花と呼ばずに人間といい
俯き小さな声で呟いた
風花はその声を聞いて少し黙った

しとしと
ピチャン…ポチャン…
森に雨の降る音が静かに響く

「ココが…助けてって言ってる気がしたから」

風花の言葉に妖狐の体がザワついた
顔が熱くなり苦しくなる

「土日休み使って女子高生が大金はたいて着てやってるんだ!喜んでよー」

風花は少し威張りニッ笑う
妖狐は小刻みに震え、感情を押し殺せなくなって風花に抱き付いた
風花はその勢いに驚き手に持っていた赤い傘を落とす
どんどん風花を抱き締める妖狐の力が強くなる
さすがに風花も痛くなってきて

「ちょ!ココ!痛いってーーーーー!」

その悲鳴交じりの声に妖狐はハッと我に返り風花から離れる
濡れた衣で抱きしめたられた風花の服もビッチョりと濡れ
髪も雨で濡れて風花はふて腐れた顔になっていた

「もう!ココどうしたの?」

「あ、ゴメン…」

妖狐は顔を赤くして、まっすぐな瞳の風花から目を逸らす
風花は妖狐の顔を持ち無理やり自分の目を合わせる

「ゴメンじゃない!ど・う・し・た・の?何かあったんでしょ?」

昔っから男勝りな性格は変わってない
風花はココが弱っている事に気が付いていた
何とかしてあげたい
助けてあげたい

妖狐もこうなってしまった風花を誤魔化せない事を知っていた
観念したように主様が連れ去られた事を説明し
自分のせいだと言った
勿論、風花に会いに行った事は言わなかった
風花は雨で体が濡れる事を気にもしないで妖狐の話を聞いていた
女子高生の風花の身体はすっかり大人に近づき
濡れる肌が色っぽさを倍増させる
妖狐は目のやり場に困って地面を見ていた

「妖怪の事って全然わからないけど…その主様ってそんなに弱いの?」

風花は首を傾げ妖狐を見る

「そんな事ない…はずだけど」

そういえばそうだ
主様はいつも穏やかで優しい妖蛇だが、その力は絶大な物だった
古くからこの土地を納め、何千年と主をしている古妖怪
そんな主様が妖狼などに連れ去られるなんて
冷静に考えればおかしい話だ
最後に会った時も力が衰えているなんて思わなかった
妖狐はゆっくりと風花を見る

「ちょっと…確かめてくる!」

妖狐は飛び跳ね森を駆け出した
その後ろ姿を風花は眺め手を振る

「変な奴」

せっかく久しぶりに会えたのに、置いてきぼりをくらって風花はキョトンとした表情を浮かべ、落ちていた赤い傘を拾ってクシュンっとくしゃみをした
(あー寒い。風邪ひきそう・・・・・)
風花は石で近くの岩に妖狐への手紙を書き、祖母の家に戻った
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