妖狐と風花の物語

ほろ苦

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24 消えた記憶

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告白したくても、そんな勇気がない風花は相変わらず英明といい友達のまま、時間だけが過ぎていく
英明とは買い物に行ったり、映画館に行ったり、風花の部屋に遊びに来る事もあったが、いつも優しく接してくれて、言い寄って来る事も無いので風花は女としてかなり自信が無くなっていた

「ねー玲…どう思う?」

「…」

ポニーテールに白のカーディガンを羽織った風花は学食堂のテーブルに項垂れて、すっかり友達になった玲にお昼を食べながら、男心を教えてもらおうと相談していた
玲は無表情で黙々と学食堂A定食を食べている
返事を返さない玲に腹を立てた風花は玲の定食から残り一つの唐揚げを手で掴み自分の口の中にほおり込み食べる
玲は唖然として、箸を止め風花を睨み

「風花には絶対男心何てわからないよ」

メガネをくいっとあげて小さくため息をつく
玲は約束の日が近づいている事に気付いていた
約束の日が過ぎて妖狐が居なくなり悲しむ風花にそっと手を差し延べる
自分が風花を幸せにすると心に誓っていたが、その日が近づくにつれて、玲の中でモヤモヤした物が心に引っかかる
遠くにあるベーカリーからの視線に気づき目を向けると女学生に囲まれた英明がこちらをチラチラと見ていることに気がつく
玲はすぐに視線を風花に戻し
胸がチクリと痛み罪悪感みたいなものがよぎる
頬を膨らましブーたれた顔で抗議の目を向ける風花が

「やっぱり、ただの友達なのかな…」

ただの友達?そんな訳ない
妖狐は風花と一緒に居るだけで精一杯なのだろう
このまま、アイツ(妖狐)の存在を忘れさせたままでいいのだろうか…
玲は自分がどうしたいのかわからず、また小さくため息をつく

お昼を済ませ風花と学食堂を出て次の授業がある教室に向かう途中、玲はざわっとした感覚に襲われる
どこかで感じた事がある妖力の気配がする
それも雑魚妖怪ではない妖怪が確実に近くにいる
初夏の突風が吹き付け風花と玲の前に一匹の犬が飛び込んで来た
その犬は茶色の艶のある毛並みに凛々しい顔つきで風花に歩み寄る

「!!」
「わんちゃんだー君カッコイイねー」

玲は一瞬構えたが、風花はお構いなしに犬と戯れようとした
玲はそれが妖犬だとすぐにわかりここでは周りの目がつくので焦って犬を抱え、風花の手を引いて大学内の人気の少ない緑園に連れ込む
風花は何で玲が焦っているのか解らず首を傾げる
玲は犬をゆっくり下ろし

「妖犬、どうしたのか?」

玲の言葉に犬は目を細め頷き身体を白い煙に包まれ、妖犬の姿に戻る
風花は目の前の犬が人型の犬?に変わり目を丸くして固まった
妖犬はそんな風花に悲しい瞳をしてうっすら微笑む

「風花…玲、久しぶり。良かった…まだ俺が見えるんだ」

妖犬は風花の前に立ち真っ直ぐ風花を見つめる
犬が人に…これも妖怪?
私、この人知ってる…?
頭が混乱している風花に妖犬が更に悲しそうな顔になる

「風花…もう妖狐は限界なんだ…変幻を繰り返す事で妖力が奪われ、最後には妖力が尽きて存在が維持出来なくなるなる。風花、お願いだ…妖狐を思い出してくれ」

今にも泣き出しそうな瞳で懇願してくる妖犬に何を言っているのか解らない風花は困惑して玲を見る
玲は目を逸らし、妖犬が風花の消えた記憶を戻しに来た事に戸惑っていた
ここで記憶が戻ってしまったら、きっと風花は自分に振り向かないと思っているからだ
しかし、このままでいいのか?
顔を歪める玲に風花はやっぱり自分に何かが足りないと感じる
ぽっかり空いた記憶

「妖犬、もういいんだ」

心地よい声が風花の耳に届く
その声を聞くだけで自然と胸が弾み、誰のモノかすぐにわかる
英明が木陰から姿を現し妖犬の元にゆっくり近づき肩にポンと手を乗せ少し悲しい顔で笑う

「もう少しだから、大丈夫」

「でも!…」

ゆっくり首を振り妖犬の言葉を遮ると、英明は風花と玲に頭を下げて妖犬をつれて何も言わず去って行った
風花は何か言わなければと思うが言葉が出てこない
自分の頭の中が自分のモノで無いように思え
何故か、涙が溢れだす

「あれ?」

なんで泣いてるんだろう…

突然風花の体が暖かいモノに包まれる
心臓の音を感じ息づかいもわかる距離
玲が背中から抱きしめていた

「…ごめん…」

なぜ玲が自分を抱きしめて誤っているのかもわからない
風花は顔を歪め何かを思い出そうとするが出て来ない事に苛立ちを感じた

「玲、私は何を忘れているの?」

「俺が言っても思い出さないと思う…それでも知りたい?」

「知りたい…」

玲は名残惜しそうに風花を離し近くにあったベンチにふたり腰をかけ妖狐の話を聞いた
風花は信じられなかった
自分と妖狐という妖怪との事
記憶が奪われた事
英明が妖狐だという事
ショック過ぎて頭の中が真っ白になり、その後玲が言った言葉が耳に入らない…

「風花…」

「あ、ごめ…帰る…」

とても授業を受けれる気がしなかった
立ち上がりフラフラとした足取りで帰って行く風花の背中を眺め玲はなぜもっと早く話してあげなかったのか後悔をしていた
風花は妖狐という妖怪の事を考えながらトボトボと歩いて家に帰る
(きっと私はヒドイ奴だ)
英明がその妖狐だというのに、思い出せない自分が悔しくて情けない
ふと携帯を手にして、暫く考える
さっき『もういいんだ』と言ってた英明のもういいは諦めの言葉なのか…
もう風花なんてどうでもいい…
悪い方にばかり思考が動く
風花は目を細てギュッと携帯を握る
そして、大きく息をスって吐いた

「よし!!」

ひとり気合いを入れて携帯でメールを打つ

『英明さん、会いたいです』

一瞬送信ボタンを押すのに戸惑ったが、意を決してカチとボタンを押す
すると、背後からピロリンと携帯の受信音が聞こえ、携帯を開く音がした

ん?

「いいよ」

バッと後ろを振り向くと英明が微笑み立っていた
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