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13、【ピュア】ちゃん

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【ピュア】ちゃんのことを多く語るのはむずかしい。

 ハッキリしているのは、あのコはぼくを生理的に嫌っていたということ。ぼくだけじゃなく、世のオトコ全員を恐れ、憎んでいた。それだけあのコの心は深く傷ついていた。

 ぼくを極力避けて、汚物を見るような目でにらんで、休み時間には同性である【コトブキ】先生や【ベベ】ちゃんのそばにいた。

【ピュア】ちゃんは月に三日から一週間の頻度で下腹部を抑え、保健室でうずくまっていた。ユウレイもこの世の感覚を引きずって痛みを感じてしまうことがあって“生前痛”と呼ばれている。寺の酔っ払いユウレイとかもそういうカテゴリーに入る。この場合は生前酔いと言うべきか。タマシイに刻まれるほどのアルコール量による“命酊めいてい”というワケだ。

【ピュア】ちゃんはユウレイ用の鎮痛薬を服用していた。それでも授業の障りになるほど、重い痛みだったみたいだ。まさかこれが悪霊のタマゴを生み出すきっかけになっていたとは。

 いや、十分に予測できたハズだった。ツライことを表面上は理解して、女の子への配慮というのが足りていなかった。他の班の男子に生理かとからかわれた【ピュア】ちゃんは泣きながら教室のイスを投げつけた。女子たちは「セクハラだ、差別だ」と大騒ぎ。「差別だ言うヤツが差別だ」と反論されても数の多さで黙らせた。【ピュア】ちゃんはとっくにいなくなっていた。

 あのコの夢が一番きつかった。ユウレイ児童が見せる夢は近くにいなければ見ることはない。けれど【ピュア】ちゃんはトクベツで、ぼくに強い不快感を示した日にはベッドで金縛りにあわせ、強制的に恐るべき世界へ突き落とした。

 内容は振り返る気になれない。発狂することもできずにひたすら苦しみ抜き、限界に達したら目覚めることができた。枕に抜け毛がゴッソリあった。髪の毛を失うだけで済んだ自分の運命にひどく感謝した。芽衣子は何も言わずにぼくを抱きしめてくれた。

 ユウレイは自分の感情、苦しみを共有させようとする。愛に飢え、不幸を分け与え、他人が苦しむ様子を見ることで気を紛らわせようとする。それだと問題解決にはならないから、永遠に苦痛にとらわれたまま。タマシイが歪んでしまう。

 きっとあのコは……このまま本当に死んでしまえと思っていたのかもしれない。八頭身のハンサムだったら多少は手加減してくれただろうか。芽衣子がこんな見た目のぼくを受け入れてくれたのは奇跡だ。俗に言うブス専というかデブ専というか。本人はぽっちゃり専だと言い張っているが、いっそのことブタ専と言ってくれた方が清々しい気がする。

 喉と下腹部の不快感と痛みを我慢しながら学校へ行った。「このまま仕事続けるの?」と芽衣子に心配されたけれど、投げ出すワケにはいかなかった。

 臨時教師たちの疲労は目に見えていた。栄養ドリンクは職員室に常備してみんなで飲む。カウンセラーも待機だ。自分は選ばれたのだ、この子を救ってやれるのは自分だけだ、理解してやれるのは自分だけだ、それなのに空回りで歯がゆくて。教育を怠って大きな問題を起こしたら地獄行きかもしれない。強い責任感と正義感、憐れみは時に心の毒となる。誰がうつ病になってもおかしくなかった。

 このままじゃいけないという思いとは裏腹に、ぼくは【ピュア】ちゃんを避けるようになっていた。彼女のことは【コトブキ】先生に任せようとしていた。少しでも心に余裕を持ちたい……せっかく六人に対して二人も先生がいるのだから分担したって構わないさ……女同士でしか明かせない悩みだってあるさ……と、逃げ腰の考えだった。

【コトブキ】先生もあのコと深く関わりを持とうとはしなかった。本意ではないのはわかったし、ぼく自身の愚かさもよくわかった。副担任に嫌われるのは痛手だったから、気が済むまで殴っていいとまで言った。

 一発ビンタを食らった。単なるライバルチームのマネージャーだったとは今でも考えられない、学生時代の芽衣子のドロップキックよりはマシだったけれど、二日間ガーゼを貼って虫歯が悪化したと周りにウソをついた。

 けれど芽衣子の目は騙されなかった。自称・直感だけで生きてきたオンナなだけあって、勘が超人並みに鋭い。「女を泣かせただろ」とこっぴどく叱られた。身長が縮んだ気分だ。

【コトブキ】先生は人気者である分トラウマの夢を受ける量も多かった。ずっとパリコレのモデルさながらに気丈に振る舞っていたのは、かなりタイヘンなことだった……。

 ぼくが【ピュア】ちゃんを避けていることに気づいたのが、いつも周りを気にして観察していた【パジ山】くんだった。ぼくは挙手してないコにも当てる。だけど【ピュア】ちゃんだけはそうしなかったことを彼は見抜いた。

「ピュアちゃんのこと怖いん?」

 まるで小さな弟をなぐさめるみたいに言った。

「ううん。夢を見るのが怖いだけで、あのコのことが怖いワケじゃない」

 ぼくは本心で言った。これは真実だ。悪いのは断じてあのコではなかった。

「ぼくもピュアちゃんが怖いねん。怖くてかわいそうやねん」

【パジ山】くんはモジモジしながら言った。

「なんとかしてやれへんかなあ。うまく言われへんのやけど、おにいちゃんがナ、もうおなかいっぱいやねんて」
「何んがお腹一杯なんだい?」
「わからへん。ぼくもおなか重たてキモチワルイねん」

【パジ山】くんの腹はパンパンに膨れていた。彼はユウレイ用の胃薬をもらって、吐き気を抑えていた。後になって発覚したことだけれど、【おにいちゃん】は月に三日から一週間にかけて学校に現れていた悪霊のタマゴ【きたない】を食べちゃっていたのだ。しかも【マツカタ】さんが察知するより一足早く。

 この【きたない】は白いドロドロで異臭を放つ。【ピュア】ちゃんを心配する怖がりな弟のためだったとはいえ、事件を未然に防げなかった原因の一つになってしまった。

 犬や猫、鳥の変死が立て続けに起きていると報道され、学校でも問題視された。レーウンさん直々に注意を呼びかけていた。というのも、動物の変死はユウレイの強い怨念によるもので、犯人は未成年だという地獄警察の鑑識結果だったからだ。

 犯人は【ピュア】ちゃんじゃないかって、子どもたちの間ではウワサになっていたけど、先生たちを前にすると知らんぷりした。

「理由がなんであれ生きものを殺すなんて悪いことだ」

【ビンテージ】くんだけは本当に【ピュア】ちゃんがやったのどうか本人に問いただそうとした。けれど女子たちが一致団結して彼女をかくまって「あんたは鬼だ、最低だ」と一斉に咎めた。

「こういう時は感情的になっちゃダメさ。まずは証拠を見つけて、それから論理的に詰めて、相手のウソを崩していかなきゃ」

【エイゴ】くんはへこんでいた【ビンテージ】くんを励ました。【ビンテージ】くんだって、とっとと犯人を捕まえてもらいたくて【ピュア】ちゃんを問い詰めたワケじゃない。もしも【ピュア】ちゃんが悪霊になったら大変だし、クラスメイトとして心配していたからだ。

 その後、全校生徒の緊急シンタイ検査がおこなわれたものの、悪霊の陽性反応は出なかった。時期によって結果は変わることがあるといって、日を改めて再検査がおこなわれることになった。これも陰性だった。女子たちは【ビンテージ】くんを責めたけれど、もしも三度目の正直でやっていたなら、結果は変わっていただろう。結局その前に事件は起こってしまったのだけれど。それはとても寒い日のことだった。

【ピュア】ちゃんのツラそうな様子には女子たちも同情して、中には同じ腹痛を訴えるまでに至った。けれど【ピュア】ちゃんの自分が感じている痛みはそんなもんじゃないとばかりに、保健室を独占した。中で【きたない】が充満し、あふれた。

 同時刻に動物のユウレイが上空で集合して、三体のガシャドクロになった。人口が爆発的に増加したことも一因である、二十世紀に出現するようになった巨大な妖怪で、人間の骸骨の姿の方がよく知られていると思う。

 ぼくらの前に現れたのは犬、猫、鳥のガシャドクロだった。霊感が強い人なら見ることができたかもしれないけれど、あいにくの真夜中でこの時は降雪で視界が悪かった。

 ガシャドクロは建物の上をまたいで、自分たちを殺した犯人を嗅ぎ分けるようにして学校の方にやってきた。【マツカタ】さんが張っていた結界によって、ガシャドクロの侵入はまず防がれた。けれどMGS本職員が常備してあったGS(ゴーストバスターズの略かな?)社製の幽霊吸引機を用意している間に、校内にいた【きたない】が騒ぎに紛れて外に出て、結界を突き破ってガシャドクロに覆いかぶさってしまった。恨みが強烈だった【きたない】に負けて、白いドロドロで肉付けされたガシャドクロはドクロじゃなくなった。

 全ユウレイ児童は避難を始めた。【ピュア】ちゃんはまだ保健室にいた。三体の【きたない】はそっちに向かっていた。
 ぼくと【コトブキ】先生は急いだ。猫型の【きたない】が窓を器用に開けて【ピュア】ちゃんを手招きしていた。

 ぼくは最大のミスを犯した。こんな時こそ【コトブキ】先生の出番だったのに、ぼくが先に保健室に入って彼女に接近した。

 途端に亡くなる直前の記憶が頭に入り込んできた。【ピュア】ちゃんは絶叫した。

「たすけておかあさん! おかあさん!」

 ぼくと【コトブキ】先生は金縛りにあって、呼吸困難になった。机やベッドはガタガタと小刻みに跳ねて、棚が倒れた。
 下敷きになろうとした時に【おにいちゃん】が支えになってくれた。【ベベ】ちゃんも避難せずにやってきて【コトブキ】先生に寄り添った。

 金縛りも呼吸困難もなくなったけれど、【ピュア】ちゃんはぼくから逃げるようにして、猫型の【きたない】の手にしがみつき、外に飛び出した。犬型の方は既に【マツカタ】さんがやっつけたと【おにいちゃん】が報告してくれた。

 猫型もユウレイ吸引機によって白いドロドロがはがれてガシャドクロに戻り、【マツカタ】さんが封印してくれた。すべての吸引機は白いドロドロで満タンになってしまった。

【ピュア】ちゃんは鳥型の方に乗り移っていた。鳥型の【きたない】は足の長いペリカンみたいな形をしていて、【ピュア】ちゃんを宙に放り出して飲み込んでしまった。

 大股で歩き、街中に潜んでいた悪霊のタマゴをついばんで、どんどんいびつな怪獣に成長した。体中に岩礁の貝のようなものが貼りついていると思いきや、無数の顔が苦悶の表情でうなっているというこの世の終わりのような見てくれをしていた。【マツカタ】さんの技術でも食い止めるのは難しく、専門家が派遣されるのを待つしかない状況に陥った。

 そんな時【おにいちゃん】が勝手に吸引機の封を開けた。

「おにいちゃんは強い子なんやから、みんなを守らなアカンねん」

 なんと白いドロドロを飲み込み始めた。そんなことをしたらまた悪霊になりかけてしまう。慌てて止めようにも【コトブキ】先生が鬼気迫る表情で周囲を押し退けた。

「女の子がタイヘンなんだから! ジャマしないでッ!」

 ぼくに限ってはまたビンタだ。彼女は残りの吸引機の封をこじ開けて【おにいちゃん】に差し出した。【ベベ】ちゃんが「ひゅーどろどろ、ひゅーどろどろ」と唱える中、ぜんぶ飲み干してしまった。

 彼は悪霊にはならずに、むくむくと【きたない】の二分の一くらいの大きさにまでなって空を飛んだ。ハングライダーのような三角形を作ってジェット噴射した。【きたない】の前に立ちはだかると、特撮の怪獣映画みたいな構図になった。

 ぼくらも【おにいちゃん】を追いかけて、見晴らしがマシなマンションの屋上に出た。

「ピュアちゃん助けて、センセイにほめてもらうねん」

 屋根の積雪をかき集めて雪玉を作り、怪獣に投げつけた。炎の雪玉だ。

「タスケテ! おかあさーん! こわいよーッ!」

 雪合戦とはいかず、怪獣【きたない】が体中から紫のおどろおどろしい怨念光線を吐いた。【おにいちゃん】は光線すら飲み込んで、ボコンボコンぶくりと腹を膨らませるともたつき、光線を吐き返した。【きたない】は後ろへ押されて滑って転んだ。電線に接触して、中のガシャドクロのシルエットがアニメみたいに見え隠れした。

「おうちに帰りたいよーッ! こころ、おうちに帰るーッ!」

 立ち上がると、そっちにあるかもわからない方向へ逃げようとしたから、【おにいちゃん】は尻尾をつかんで飛びかかった。

「おうちはもうドコにもあらへんよ。もうそこの子ちゃうねんから」
「やだもんやだーッ!」
「ダダこねたらアカン」

【おにいちゃん】はジタバタする【きたない】を押さえつけてかぶりついた。白い肉を噛みちぎり、引きちぎった。【ピュア】ちゃんをもぎ取ることに成功すると、そっと【コトブキ】先生に預けた。【コトブキ】先生はやさしく彼女の頭をなでる素振りをしていた。

【ピュア】ちゃんを失った【きたない】は、骨をむき出しながらウオンウオンと悶え泣いて、【おにいちゃん】の頭に噛みついた。

「センセイ! ほめて! ほめて! センセイ!」

 ぼくに向かって、破れた頭部から赤黒い液体を噴出させながら【おにいちゃん】はせがんだ。

「ああ、おにいちゃんはえらい! よくやった! だから早く逃げるんだ!」

 残りのメグミ班もやってきた。あと十分したら“捕霊員ほりょういん”が駆けつけてくれるらしかったのに【おにいちゃん】の大ピンチだ。ご老体の【マツカタ】さんは疲れ切っていたし、ぼくができることといったら応援だけだった。あと十分だけ持ちこたえてくれさえすればよかった。

 怨念光線を浴びた【おにいちゃん】のブランケットが燃えた。それでも【おにいちゃん】は必死にしがみついていた。燃え盛るブランケットで【きたない】を包み込み、押さえつけた。

 もうダメだと思った。【おにいちゃん】は風船のように膨らんで破裂してしまった。【きたない】は泡のように小さく分散し、ガシャドクロも粉砕した。ぼくは途方に暮れた。

「いた!」

【べべ】ちゃんが指さした先に【パジ山】くんがブランケットをパラシュート代わりにして降りてきた。ぼくは涙の代わりに鼻水が出た。

 路上に出て彼を抱きしめようとしたら拒否された。理由はテストでいい点数を取ったらギュウしてもらう予定だからだった。

 数名の捕霊員がやっと来て、【きたない】の残骸も動物のユウレイも回収された。【きたない】の方は燃える悪霊の日に地獄へ提出されるらしかった。

 一連の出来事は翌朝のニュースになることはなかった。レーウンさんが手を回してくださったおかげで、【ピュア】ちゃんが退学になることもなかった。

 ずっと落ち込んでいる【ピュア】ちゃんを元気づけるために、【エイゴ】くんが提案したのは妖精を作る実験の授業。再びエイゴ先生の登場だ。助手は【コトブキ】先生で、ぼくは生徒役に回った。フタリとも白衣がよく似合っていた。

 エイゴ先生曰く、精霊はどこにでもいる。八百万の神という概念があるように、八百万の精がある。自然界の精神、心と魂がパワーとなって、強ければ強いほど形作られ視覚化されるのだ。妖怪もまたしかり。

 彼は黒板に自然と精神エネルギーの動きを図にして書いた。このエネルギーはヒトの目には見えないものだから、ふつうは神様も妖精も目に見えない。でも時々、ラジオのチューニングのように、姿や声を偶然見聞きすることだってあるのだ。

 授業で作り出すのは花の妖精の姿だった。【コトブキ】先生が用意したのはエンゼルランプだ。下向きに咲く鐘形しょうけいの赤い花で、天使の可愛らしいランプのような小さい花だ。

 理科室の実験台に鉢植えを置いて、実験が始まった。複雑な手順を踏んで、子どもたちは霊的エネルギーを使って妖精のイメージをエンゼルランプに送っていた。霊的エネルギーが一時的に妖精の姿をかたどらせてくれるのだと。

 エンゼルランプは六人のイメージに反応して光がともり、六匹の小さな妖精が出てきて飛び回った。一匹が【ピュア】ちゃんの頬にキスをして、光の粒になって消えた。他の四匹もキャッキャッと笑い声を残しながら消えた。【ベベ】ちゃんの作りだした妖精はだけはいつまでも消えずにいた。実験は大成功だ。

【ピュア】ちゃんに笑顔が戻って、六人の絆が深まった。あのコの生前痛は完治されなかったけれど、体内の【きたない】を分解させる薬を服用して症状を和らげていた。妖精がそばにいることも、気を紛らわせる要因になっていたようだ。妖精と仲良くなって、エンゼルランプの世話をしていた。保健室に行く回数も減った。

 その後も、ぼくが声をかけてもにらむだけ。悪夢は減ったけれど一度もぼくに笑顔を向けなかったし、最後まで心を開いてはくれなかった。ちょっぴり心残りになっている。
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