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三、宇宙喫茶☆銀河団

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 入学式が終わり、俺とサンシンは会場だった文化会館を後にした。サンシンは終始浮かれていて、今も落ち着きのない歩き方をしてイヤリングをぶらぶらさせている。

「やっぱスーツ着るとさ、気持ちがこう、ピンってなんな」
「ピンって何だよ」
「このチャラチャラした自分がな、まともになったなぁって気になんだな」

 俺たちは違う高校に進んでいる。中学を卒業してから久々に会った時、スポーツ刈りが常だったサンシンはキムタク風と称したイメージチェンジをしていた。大学入試の時期になると今度は好青年風だと言ってロン毛を切り、今はまた伸び伸びと襟足を伸ばしている。

 チャラチャラした自分などと本人は喜々と自慢げにしているが、そんなところが同じ出身地の人間として田舎臭く感じてしまう。そういう自分も積極的に方言を体から抜く気はないのだが。どうせ周囲に染まっていずれは言葉づかいなんて変わる。炭酸水だって放置していれば炭酸が抜けるのだ。

「なあなあ、バイトってすれんろ? もうやっとるん?」
「なぁーも、やってねぇっスわ」
「そっかー。俺も見つけんとなー。やっぱ水族館かなー。俺めちゃくちゃ憧れとれんな」
「なんでいゃ?」
「だって俺、アイ・ラヴ・クラゲな人じゃん?」

 じゃん? じゃねーよ。ともかく、サンシンのことを語るに至ってクラゲは外せないキーワードである。
 テレビゲームをするため初めて部屋にお邪魔した時、いくつも水槽が並んでいたことは忘れられない。クラゲは種類によって水温を調節しなればいけないだとか、クラゲもプランクトンの一種だとか、種類によって成長過程が違い名称も変わるだとか、目を輝かせ熱弁していたことを俺は印象に残っている。

 海の神話をモチーフにした(タイトルは確か、美少女戦士セイレーンムーンだったか)アニメポスターの隣に、科学雑誌の付録だったというクラゲのカレンダーがあったのを見た際には子どもなりに引いてしまったが、夏休みの自由研究の展示会ではいつも高評価な上に未来の海洋生物博士として地域新聞に載りやがった奴にしてはちょうどいいマイナスポイントではあった。

「なあ、いっしょに俺と」
「ことわる」
「しょぼんぬ」

 その時、大学デビューでやたら元気な友人の背景にあった気まずいものに、俺はつい「げ」と声を漏らした。

 公衆広場の中心にある、モチーフが意味不明のねじれた銀色のオブジェの前に小さな人だかり。四人組が路上ライブをしていた。そのメンバーの中に翼をつけた例の男がいる。川中島が“ぴんから兄弟の女のみちのモノマネをするノブ&ふっきー”よろしく左右にゆらっゆらっとステップしながらアコースティックギターを弾いていた。目障りなものを見てしまった。

「わ、なーんだありゃ。行ってみようぜ」

 サンシンは面白いものを見つけたと指差す。ちょうど演奏が終わり、川中島は選挙の立候補者のように片手を上げて拍手を受け止めている。

 と、奴は停止する。まずい、目が合ってしまった。

「おい、オーギガヤツ!」

 鮮烈なまでの名指しで瞬く間に聴衆は俺に注目した。

「えっ、知り合いなん?」
「いや違う」

 目を真ん丸にして興味津々の友人。即座に否定。

「おい、オーギガヤツ!」

 また声高々と俺を呼び捨てている。無視してさくさくと歩いた。

「せっかく呼んどるんに手ぐらい振ればええじゃん」
「同姓同名のそっくりさんがいるんだよ」

 何度も振り返って足をもつれさせているサンシンを適当にあしらった。こういう時にひとりイヤホンをつけて足早に行くのが正解なんだろうなと思う。
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