異世界だから何でもあり、しかしこの世界は幾ら何でも多すぎる。

いけお

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料理の天災(後編)

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 ガチャッ!

「リ、リア様おはようございます!」

「おはようございますって、朝食一緒に食べたじゃない。 アニスもカイと同じく、身体の具合がどこか悪いの?」

 リアがアニスの額に手を伸ばした時、2人の足を何かが掴んだ。

「えっ?」

「あれっ!?」

 パタンッ
 一瞬で部屋の中に引き擦り込まれると、扉が閉められ2人は監禁された。

 ドンドンドン!

「アニス、いつまで寝ているつもりだ。 さっさと出なさい!」

 いつまでも部屋から出てこないので、呼びに来た侍従長はカンカンに怒っていた。
 それでも出ようとしないので、扉のノブを握ると勢い良く開く。

「とっとと起きろ、アニス~!」

 しかし侍従長の目の前にあったのは、腰から下を巨大なスライムに呑まれているリアとアニスの姿だった。

「リ、リア様。 これは一体!?」

「何でこうなったのか、私の方が知りたいわよ!」

「今すぐ屋敷の者を全員集めてきますので、少々お待ちを!」

「待って!」

 部屋から飛び出そうとする侍従長を、リアが引き止める。

「これ以上被害者が増えるとマズイから、カイが目を覚ましたら助けに来させて」

 カイが来るまで部屋の中には誰も入れさせないように指示を出すと、リアはこの事態を引き起こした張本人から事情を聞く事にした。

「……アニス、何でこんなスライムが生まれたのか説明しなさい」

「ZZZzzz……」

「寝るな!!」

 リアはアニス目がけて、弱い雷を落とす。
 だがその電流がスライムの身体を伝い、自身まで感電してしまった!

 ビリビリビリ……!

「うきゃっ!?」

 服に付いたスライムの粘液が白い煙をあげる、しかもとてつもなく臭い。
 鼻を押さえようとした時、スライムの身体が少しずつ大きくなり始める。

「えっ、ちょっと待って……」

 ずぶずぶと身体が沈み、首から下が埋まると身動きが出来なくなってしまった。

「カイ、早く起きて来てね……」

 その救世主が結局目覚めたのは、それから2時間後のことである……。



「はぁっ!? ミルク粥を作ろうとしたら、スライムが出来た?」

 侍従長からだいたいの事情を聞いたカイは、理解不能に陥った。
 食い物がどうすれば、スライムへと変貌を遂げるのか……?

 とりあえず2人を助け出す為に、部屋の扉を開けた。

「カイ! やっと来てくれたのね」

「お待ちしておりました」

 スライムから救ってくれる人物の登場に、リアとアニスは喜ぶ。
 しかしカイはすぐに、開けた扉を閉じようとした。

「ちょっと! なんですぐ閉めようとするのよ!?」

「悪い、ちょっと準備が必要になった。 もう少しだけ待ってくれ」

『?』

 救出を一旦中止したカイは、廊下で待機していた侍従長に話しかける。

「すいません、幾つか頼みがあるのですか良いですか?」

「リア様とアニスに関わる事でしたら、遠慮なく」

「では、まず最初に急いで風呂の準備をして下さい。 次に風呂場からバスタオルを2枚持ってくる事、風呂場からこの部屋まで来ながら通路の窓のカーテンをすべて閉めるのも忘れずに、そして最後ですが……」

 カイは他の人に聞かれないように、侍従長の耳元で話した。

「メイドリーダーにお願いして、2人の新しい着替えを別に用意して貰えますか? 下着も含めて……」

 それを聞いた侍従長は、なんとなく中の2人がどんな状況か理解したのである。

 こうして無事に助け出された2人だったのだが、数日の間カイの顔をまともに見る事が出来なかった。
 スライム越しとはいえ、全てを見られてしまったのが原因だ。
 
『家族以外の異性で裸を見せ合えるのは、愛し合っている者同士』

 以前カイが話したこのフレーズの所為で、尚更意識してしまう。
 この件でカイは2人に異性として、強く認識されたのだった。



 時を戻して何故3人だけで別荘に来ているのかというと、少しずつカイを意識し始めたリアとアニスを見た侯爵が、気を利かせてくれた結果である。

 しかしそれを断れなかったのはアニス(リア)の隙を見て、カイと親密になる為に相手を出し抜く算段をする猶予が与えられたからだ。
 王都からの使者には公務の引継ぎが必要だと偽の情報を与え、リア達にはそれぞれ個別に話して闘争心を煽る。

「リア、大事な話がある」

「なんでしょうか、お父様」

 執務室にリアのみ招き入れると、娘の瞳を見ながら単刀直入に切り出した。

「お前、カイ君の事が気になっているだろ?」

 ブゥーッ!

 父親からいきなり恋愛話を振られたリアは、飲みかけていた紅茶を吹き出す。
 顔に掛かった紅茶を拭いながら、侯爵は推測が確信へと変わった。

「別に交際に反対する訳じゃない、むしろ彼のような男には侍従奴隷としてでは無くお前の夫となるのが理想的だと、私は考えているのだ」

「お、お父様!?」

 結婚にまで話が及ぶとは思ってもいなかったリアは、目を白黒させている。
 それを見た侯爵はさらに話を飛躍させ、一気に畳み掛けてきた!

「お前さえその気でいるなら、私が協力しても構わないのだ。 実はな親類筋に、跡継ぎの居ない伯爵家が存在する。 彼をその家の養子として跡を継がせ、お前の婿として迎え入れようと考えているのだがどうだ?」

 父の提案はとても魅力的だった。
 奴隷から急に婿にするのは難しいかもしれないが、伯爵家を継いでしまえば身分的に何の支障も無い。
 お互いに知らない仲では無いし、彼には前世の自分を殺したという負い目もある。
 最悪はそこを突けば、折れて一緒になるかもしれない。
 リアはそう考えると、父親の提案に乗ることにした。

「己の内に秘めた感情を簡単に見抜かれてしまっていたとは、侯爵家の娘として恥じ入るばかりです。 ですが娘のささやかな幸せを許してもらえるのなら、彼を夫として迎える為の協力をお願い致しとう御座います」

「うむ、分かった。だが私が見たところメイドのアニスも、彼の事が気になっている様に思える。 そこでだ王都からの使者には適当に嘘を伝えておいたから、今度3人で別荘へ涼みに行きアニスの目を盗んで彼と親密な関係を築き上げるのだリア」

 すっかりその気になったリアを部屋に戻らせると、次に侯爵はアニスを呼び出すと急に呼び出したことを謝罪する。

「アニスよ、急に呼び出してすまない」

「いえ、旦那様の呼び出しとあらば。 ところで、どのようなご用件でしょうか?」

 侯爵はやや言い出しづらそうな顔でアニスを見るが、これはもちろん演技だ。
 何やら大事な用件だと、アニスが緊張しだしたタイミングを見計らって切り出す。

「実は侍従長から、最近お前がカイ君の事が気になっている様だと相談を受けてな。 彼は最近の若者にしては有能だし、礼儀も弁えている。 出来れば娘の婿にしたい位だと、私は考えているのだよ」

(もしかして旦那様は、私に彼の事を諦めろと言うつもりで!?)

 ショックで打ちのめされそうになっているアニスを見ながら、侯爵は話を続ける。

「だがしかし、私の一存だけでお前の気持ちを蔑ろにする訳にはいかない。 そこで提案がある、近い内に3人だけで別荘に涼みに行きなさい。 彼の心を射止める事が出来れば、娘ではなくお前との結婚の許可を出そう。 しかしもしも娘が彼の心を先に射止めた時は、素直に祝福してやって欲しい。 どうだ?」

 たった数日一緒に居るだけで転がるような男に、2人を嫁に出すつもりは無い。
 侯爵は、カイの真の人物像もついでに探るつもりなのである。
 こうしてカイの知らない所で、未来の旦那様争奪戦が開始されていた。



 そして別荘に来て3日が過ぎたが、リアとアニスに目立った動きは見られない。
 お互いに牽制し合っている事と、いざ行動に出ようとしてカイと目が合ってしまうと急に身動きが取れなくなるのだ。

 屋敷に戻るまでに何らかの進展を果たしておかないと、侯爵からの提案を無かった事にされてしまう恐れもあるので、焦る気持ちばかりが募っていった。
 どうやってカイと2人きりになるか、リアとアニスがそれぞれ考えていると2人の前に冷たい水が差し出される。

「アニス様、冷たい水をどうぞ」

「あら、どうもありがとう~♪」

 嬉しそうに水を受け取るアニス、だが隣のリアは湧き上がる怒りを堪えていた。

「……ねえ、アニス。 3人だけの筈なのに、何でソレがここに居る訳?」

「ええ~!? だってペットを屋敷に置いたままに出来ませんし、ねぇ?」

 わざとらしく首を傾げるアニスを見て、リアの堪忍袋の緒が切れてしまう。

「私達をあんな目に遭わせたスライムを、ペットにするんじゃないわよ! それからね、私の姿で擬態化するなこのスライム!?」

 2人に水を差し出したのは、なんとアニスがミルク粥から作り出したスライムだった!
 ちゃっかり生き延びたスライムは、彼女に懐いて別荘まで付いてきていたのである。
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