異世界だから何でもあり、しかしこの世界は幾ら何でも多すぎる。

いけお

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混沌(カオス)の予感……

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「あれの名はヨルムンガンドというのですか?」

「世界蛇と呼ばれるほどの強さなのアレ?」

 神と相討ちになった逸話さえ残る伝説の蛇を相手に、リアとアニスはのんきなものである。
 しかしここで、カイの予想外の出来事が発生した。
 なんとヨルムンガンドが、もう1体現れたのである!

「カイ、ヨルムンガンドって2体いるの?」

「そんな訳あるか! 1体だけとしか俺は知らん!?」

「まあここは異世界ですし、何が起きても不思議じゃないですから」

 異世界だから何が起きても不思議じゃない、異世界ならば何でもあり。
 アニスの言いたい事は大体理解出来るのだが、カイとリアの心境は複雑だ。
 このアニスは管理を怠って、自分の居た世界を滅亡させたポンコツ女神である。
 それに何でもありと言われてしまうと、この世界が滅びる事態が起きても不思議ではないのではないか?

 そんな疑念を抱いてしまうが、今はそれどころではない。

 ヨルムンガンドが世界にどのような災厄を呼ぶのか分からない以上、この場で何としてでも倒す必要があった。

 いまだ戦った事の無い相手でもあるので、カイが様子を窺っていると最初に現れたヨルムンガンドが、急に苦しみだし暴れ始める。

「カイ! いったい何が起きているの!?」

「俺にも分からん。 それにしても、一体誰があいつに攻撃しているんだ?」

 カイ達の見ている前でビクビクと痙攣しながら、海に沈んでいくヨルムンガンド。

「クークー!」

 沈んだ場所へと近づきながら、次に現れた2体目が悲しそうに泣いている。
 それを見たアニスがポツリと呟いた。

「もしかして、あの2体は番(つが)いなのかしら?」

(お願いだから、その恐ろしい展開のフラグを立てようとしないでくれ!)

 カイは思わず心の中で叫んでしまう。
 この2体が番(つが)いだとしたら、子供が生まれている可能性も高い。
 どれくらいの強さかも分からないのに、それが既に量産されていそうなオチだけは何としてでも避けなければ……。

 するとここで、再び誰も予想していなかった事が発生した!
 先程海の底に沈んでいった、最初のヨルムンガンドが浮き上がってきたのだ。



(このままではマズイ!)

 直感的にそう判断したカイは、持てる力の全てを解き放とうと身構える。
 すると最初のヨルムンガンドが急に尻尾を振り始め、大口を開けて話し始めた。

「アニス様~!」

「えっ、その声はもしかしてスラミンなの!?」

「はい~! 液状化させて毛細血管から侵入し、身体の内側から一気に捕食しちゃいました♪」

 世界蛇ヨルムンガンドをスライムが捕食……。
 たしかにこの世界は、何が起きても不思議ではないらしい。

「キシャァアアアアア!」

 だが連れが捕食された事に気づいた残る1体のヨルムンガンドが、雄叫びを上げてスラミンに向かってくる。
 いち早くその動きを察知したカイは、甲板に置いてあったモリを1本掴んで空高くジャンプすると、ヨルムンガンドの背後から神経が通っている部分に向けて、本気の一撃を繰り出した!

「せいやぁっ!」

 ドスッ! ヨルムンガンドに深々とモリが突き刺さる。
 続いてカイは、そのモリに雷を落とした。

「食らえ、千蛇降雷(せんじゃこうらい)!」

 空が黒い雲に包まれると、天から千匹近い雷の蛇が降り注ぐ。
 モリを通じてその全ての攻撃を受けたヨルムンガンドは、ピクピクとその身を痙攣させながら海面に浮かんでいた。

「ところでカイ、何故このヨルムンガンドを生け捕りにするの?」

 生かしておく理由が分からないリアは、カイに聞いてみる。
 するとカイは、予想していなかった答えを返してきた。

「いや見た目がウナギっぽいから、蒲(かば)焼きにしたら食えそうに思えて」

「……だから生かしたって言うの?」

「ほら、どうせ食うなら新鮮な方が美味いだろ?」

 少しだけ呆れながらも、リアは現在の彼の実力に舌を巻く。
 彼は恐らく、自身を討った時よりもずっと強くなっている筈だ。
 その証拠に神と相討ちとなった伝承を持つ相手を、生け捕りに出来るだけの実力を見せつけているのだから……。



 海上の戦闘から1週間後、当初の予定より1ヶ月以上も早く移動したリア達3人の視線の先には王都の港が見えていた。
 だが港に着くよりも先に、城内では予期せぬ事態が発生していたのである。

 バタバタバタ……!
 朝から城の中では、人の出入りが激しくなっていた。
 それも、武装した騎士や兵士達の出入りがである。

「王、我々が血路を開きます。 急いで脱出を!」

「ならぬ、無駄死には絶対に許さぬぞ。 最期まで希望を捨てぬのだ」

「ですが!?」

 公爵のベルモンドが突如挙兵して王城を襲撃したのは、夜が明ける直前だった。
 闇に乗じての進軍に気づくのが遅れた事も原因だが、王都の門を守る兵士の一部に内通者が居た事も致命的だったといえよう。

 王城を完全に包囲したベルモンドは、自己の正当性を示す為に見守る住人達の前で王を糾弾し始めた。

「王よ! あなたがウミナ王女と呼ぶ娘は、実の娘ではなかった。 一体どのような目的で、手元に置かれているのですか? もしや娘と同じ年頃の者を、城内で愛でる趣味でもお持ちでしょうか?」

 実の叔父を中傷する言葉を放つベルモンドに、ウミナは怒りを露わにする。

「なんて無礼な! お義父様、何故ベルモンドを捕らえようとしないのですか!?」

「ウミナ、短気になっては駄目だ。 すぐに反応すると民の中に、ベルモンドの言葉を信じてしまう者が現れてしまうやもしれぬ。 ところでウミナ、1つ聞きたい事が有るのだが良いか?」

 王は本人が気づいていないみたいなので、質問をする事で気づかせる事にした。

「そなたの身体が徐々に光り始めているが、何が起きているのだ?」

「えっ!?」

 義父の言葉でウミナは自身の変化に気づいた、そしてその変化の意味も理解する。

「……これは、お義兄ちゃん。 いいえ兄が近づいた事で、私の封じられた力が解放されようとしています」

(ようやくお義父様に恩を返せる!)

 一旦深呼吸したウミナは、先程までとは違う毅然とした態度で王に願いを伝えた。

「お義父様、これまで匿ってくれた恩を返せる時が来ました。 いざという時の為に用意しておいた、剣と鎧をください」

 王は別れの時がやってきた事を悟ると少しだけ寂しそうな顔を浮かべながら、義娘に手向けの言葉を贈る。

「うむ、許す。 そなたの力、存分に奮うが良い!」

「はい、ありがとうございます。 お義父様!」

 侍女達の助けで素早くドレスアーマーに着替えたウミナは、この騒動の原因であるベルモンドを討つべく城門の外へ歩き出した……。



「ベルモンド・グレイウッド! 私の名は渡世 海(わたせ うみ)、魔王の復活を予見した王の手によって召喚されし勇者です」

「ゆ、勇者だと!?」

 城門から姿を見せた途端に自ら勇者だと名乗り出たウミナに、ベルモンドは驚きを隠せずにいる。
 このまま持久戦に持ち込み王女との婚約を条件に停戦するか、もしくは内乱に突入して国を奪おうと考えていたからである。

 予定が狂い出してきた事に気付いたベルモンドは、ウミナが偽者である事を教えてくれた側近の執事を呼び出した。

「おい! これは一体どうなっているんだ!? あのウミナは確かに偽者だった、だが勇者だとは聞いていないぞ! 勇者を王女として匿っていたなどという理由を、皆に知られる訳にはいかぬ。 何か良い案を出せ!」

 突然名案を出せと言われた執事は、少しだけ時間をくださいと言うと慌てた様子で奥の陣に隠れてしまう。

(冗談ではないぞ! あの馬鹿な公爵を焚きつけて内乱を起こし、王都へ向かう足を止めた上でかの異界の魔王を味方に誘う予定が台無しではないか!?)

 人の姿に擬態しているがベルモンドに入れ知恵をした執事は、リアのスカウトの為に送り出されたデモンの1人だった!

 欲の塊であるベルモンドを唆(そそのか)すのは、非常に容易い。
 簡単に口車に乗ってくれたので、全てが上手く運ぶと思えていたのに……。

(ここは一旦領地に戻らせてから近隣の国に書状を送らせ、他の国を巻き込むというのはどうだろう?)

 内乱だけでなく他国の侵攻まで起きれば、謁見どころではなくなり自領に戻り防衛の準備を始める必要が出てくる。

 その間にデモンの使者と会わせて仲間に加えよう、そう執事(デモン)は考えた。
 だが事態をさらにややこしくする存在が逃亡している事を、デモンは忘れていたのである……。
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