今日も自由な世界はなにかと騒々しい~古池商事第二営業部仮想現実対策室(仮)~

いけお

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サチが生まれた日

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『部長、距離およそ1500。 まもなく射程内です』

 インカム型の無線機に相棒からの連絡が入る、20代前半の若い女性の声だ。

「ユキ、今の私は部長ではなくてサチ。 それと2人でコンビを組む際は、私のことは【お姉さま】と呼びなさいと言ってるでしょ。 ほんとうに困った子ね」

 色香ただよう大人の女性の声で、やさしく注意するサチ。
 すると2人の会話にまだあどけなさの残る、少年の声が割って入る。

『ちょっとパパ! 娘の前で、その口調で話すのはやめてもらえる? それから幸夫さんを、ユキと呼ぶのもNGだから』

「久美、今のアナタはタクミよ。 もっと男らしくしゃべりなさい」

 今は少年を演じている娘に、こちらの世界での暗黙のルールを教えるサチ。
 すると娘(むすこ?)のタクミの大声が、無線機のスピーカー越しに響き渡る。

『パパと幸夫さんが女性キャラを使うのも変だし、私まで男性キャラを使わせる必要が本当にあるの!? ネカマコンビは、早くこのゲームから引退しちゃえ!!』

 タクミの機嫌をどうやって直すべきか、頭を悩ませるサチ。
 彼女(彼)の本当の名前は丸林 幸男(まるばやし さちお)、45才。
 ユキこと菅田 幸夫(かんだ ゆきお)の上司であり、古池商事の第二営業部部長である……。



「菅田くん。 11時に1人で、第三会議室に来てもらえないか? 少し話がある」

「は、はい。 わかりました……」

 出勤早々上司に呼ばれた幸夫は、周囲の同僚達から哀れみの眼差しを向けられた。 部長の丸林 幸男は異例のスピードで部長まで昇進した辣腕で、1人娘の久美以外には非常にきびしい男である。

 数分の遅刻も認めず、甘えや妥協も許さない。
 徹底した情報管理で部下を掌握しているこの第二営業部は、古池(ふるいけ)商事で毎回トップの成績を収めており、【丸林帝国】の異名まで存在していた。

(部長から直接の呼び出し、別の部署に移動させられるかもしれない。 最悪の場合リストラ宣告の恐れも……)

 そんな不安を抱きながら、幸夫は指定された時間に会議室の扉をノックする。

「……部長、菅田です」

「うむ、はいりたまえ」

「失礼します」

 おそるおそる中に入ると、急に部長の幸男は外の廊下を見回すと扉に鍵をかけた。

「部長、どうかされたのですか?」

 どこか挙動があやしい部長の態度を見て、幸夫は思わず質問してみる。
 すると幸男は照れくさそうな顔で、こう答えた。

「う、うむ。 実は……娘がこのゲームを始めたみたいでね、心配だから様子を見に行こうと思うんだ」

 そう言いながら懐からスマホを取り出して見せたのは、とあるVRMMOのCM。
 そのタイトルの名は、自由世界~フリー・ワールド・オンライン~
 キャラメイクの多様さや自由度の高さが売りの、最新VRMMOである。

「先日、君が他の者達とこのゲームの話をしていたのを思い出してね。 登録の仕方を私にも、くわしく教えてほしいんだ」

(いくら娘が可愛いからって、ここまでするか普通!? 心配して損したよ)

 幸夫はユーザー登録やキャラメイクのやり方は教えたが、自分のプレイヤーネームなどは教えなかった。
 のちに最初に教えておけば良かったと、死ぬほど後悔することとなる……。



「ほう、これがVRギアか。 まるでヘルメットだがこれさえあれば、娘を悪い道に誘おうとする輩を私の手で退治出来るのか」

 幸男は帰りながら電器屋に立ち寄ると、フリー・ワールド・オンラインのプレイに必要なものをすべて買いそろえた。
 VRギアとゲームパッケージに仮想通貨、このゲームは毎月一定金額を払う仕組みとなっており、1ヶ月から1年の単位で更新が可能である。

(とりあえず1ヶ月分だけ購入するか、余った分は安全を確認出来たら娘にあげても良いだろう)

 これからわずか数日でカードの引き落としによる自動更新に切り替えるほど、このゲームにのめり込むとはさすがの彼も思わなかった。
 ところが娘の久美はパッケージの購入を忘れており、まだゲームを始めていない。

「準備も出来たし、さっそくゲームを始めるとしよう」

 幸男はVRギアを被ると、ダブルベッドの上で横になった。
 1人で眠るには大きすぎるベッドの枕の傍らには、今は亡き妻利佳子の写真。
 娘の久美がまだ小さい頃、妻は当時原因不明だった病に冒されこの世を去った。
 その時からずっと彼は大切な娘を、男手1つで守り育て上げてきたのである。

 ギアの電源をオンにして仮想世界へダイブすると、ゲームのメインオペレーターが幸男を出迎えてくれた。

『自由世界~フリー・ワールド・オンライン~へようこそ、まず最初にプレイヤーの性別とキャラネームを決めてください』

「性別は男性だけじゃないのか?」

『いいえ、こちらでは好きな性別でプレイすることが可能です。 男性が女性に女性も男性に性別を変えてプレイされており、この自由な世界を楽しんでおります』

(これはいかん。 性別を偽って娘に近づく輩が出るかもしれない、それとなく娘を諭せるように私も女性を選ぶとしよう)

 娘に性別を偽る必要などない筈だが、何故か幸男はこのとき女性を選んでしまう。

「性別は女性で名前は……そうだな、私の名前が幸男だからサチ。 サチにしよう」

『キャラネームはサチ、性別は女性でよろしいですか?』

「ああ、それで頼む」

 キャラ作成が承認され、プレイヤー・サチが誕生した。



『無事プレイヤー・サチが誕生しました、次にサチの容姿を決めてください。 ギアの外部カメラを使って、写真を取り込むことも出来ます』

「そんなことまで出来るのか!? では枕元に置いてある写真から、妻の姿を取り込むことも可能か?」

『それでは外部カメラ映像をリンクさせますので、取り込む写真を選んでください』

 操作にとまどいながらも、亡き妻の写真を取り込ませる幸男。
 画像解析の結果作り出されたその姿は、生きていた頃の妻とそっくりだった。

『これでよろしいですか?』

「もちろんだ、まるで死んだ妻が甦ったかのようだ」

 妻そっくりの外見に思わず涙ぐむ幸男、自分がその姿でプレイすることに気付いていない……。

『それではキャラクターも無事完成しましたので、始まりの街アレムに転送します。
 ここから先、あなたには無限の未来が広がっています。 剣で戦うもよし、魔法で戦うもよし、自分だけのオリジナルの武器だって作れます。 また鍛冶屋や魔法具屋など、職人に徹するプレイも可能。 あなただけの特別な自由をお楽しみ下さい』

 オペレーターの案内が終わると、幸男はアレムに転送された。
 試しに頬を指でつねってみる、痛みまで本物に近い。

「なるほど、ここがアレムという街か。 思った以上に人も多いな」

 周りを物珍しそうに眺めていると、周囲のプレイヤーの視線が自分に集まっていることに気が付いた。

「どうかしたのかね? 私の顔をジロジロと見て」

「い、いえ、なんでも、なんでもありませ~ん!」

 幸男の問いかけに、顔を真っ赤にしながら走り去るプレイヤー。
 さすがに変に思った幸男は、近くにあった噴水で自分の姿を確認する。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 ようやく自分が妻の姿をしていることに、幸男は気が付いた。
 困惑したものの娘の久美を見つける方が先決、幸男(サチ)は周囲の男達の視線を集めながら街の散策を始めたのである。
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