異世界で運無し男が手に入れた小さな城と城下町

いけお

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城主1年目

7月その2 後継争い

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リンに求婚してから早1週間、2人は表面上は変わらない生活を送っている。建物も徐々に完成し町の中は賑わいを見せ始めていた。

リンの提案で先に作った食堂では野郎共が陽気な高笑いをしながら酒に酔っている。フミオは時折その輪に混ざって労をねぎらい、感謝の言葉を添えた。前魔王を倒した憎むべき相手である筈のフミオが今は自分達の道標となっている。今後の魔族の未来を託す為に王女のリンディス様と婚姻を結んで欲しい、そんな声も上がり始めた。



「お待ち下さい、町の統治者としての資質と魔族の後継は別問題です。魔王を継ぐ者はやはり魔族の中から選ぶべきではないでしょうか?」

魔王後継の嘆願書をフミオに贈る件について話し合う場で、それを否定する意見を出す者が現れた。魔族の中で最古参の長老の孫、デミトリウスである。彼は前魔王が倒されるまでリンの許婚候補の筆頭と呼ばれており、魔族の中における発言力もそれなりに持っていた。

「我々を終身労働から救ってもらった事に関しては確かに感謝すべきかもしれない、しかしそれは前魔王様を彼が殺してしまったのが原因だ。彼には我らを救わねばならないだけの罪を犯している、それは町の統治で返せば済む話であって我ら魔族まで統べる必要は無いのだ!」

デミトリウスはその発言力を武器に自分こそがリンを妻に娶り魔族の王となるのに相応しいと声高に叫び始める。当然、フミオやリンの耳にもすぐにその話は届いた。



「デミトリウス、町がまだ完成していないのに何故こんな騒ぎを起こしてしまったの!?」

「それは心外だな、リンディス。僕は魔族の将来の為に誰が最も相応しいか説いているだけじゃないか」

「あなたはただ自分が魔王になりたいだけ、それに私を利用しようとしているのだわ」

「新たな魔王となる者が前魔王の娘を妻に娶るのは、今までも何度も繰り返されてきた事じゃないか!それとも君は父君を殺した相手をまさか愛し始めてしまったとでも言うつもりかい?」

「それはっ!?」

「ならば君が僕の妻となるのに何の問題が有ると言うんだい?」

リンは返答に窮してしまった、迂闊な事を言えばフミオに迷惑を掛けてしまう。沈黙する他無かった。



「問題有るに決まっているじゃないか、この町が完成したら俺の妻になって欲しいと既にプロポーズを済ませてあるんだ。返事を聞く前に横から掻っ攫う真似はしないでもらいたいな」

「フミオ!」

デミトリウスの前にゆっくりとフミオが歩み出た、自分の妻にしたい女性が後継争いの道具として利用されようとしている。外からは分からないがフミオは今静かに怒っていた。

「これはこれは領主様、本日はどの様なご用件で?先程、プロポーズされたとおっしゃいましたが主の立場を悪用して従者を無理やり妻にしようとするのはあまり感心しませんな」

(よくも抜け抜けと!?)

立場を利用しようとしているのはそちらではないか!リンは思わずそう叫びたくなった。

「リン、いやリンディスはもう俺の従者では無いよ。先週、従者の選定を解除してある。そして彼女自らの意思で俺を選んで欲しいと願い、こうして町が完成するのを待っているのさ」

フミオの言葉はデミトリウスの味方となっていた筈の魔族の心まで揺さぶった、デミトリウスの言う通り無理やり妻とする事も出来た筈なのにこの男は従者から解放し王女の意思を尊重するつもりでいる。どちらが魔王として相応しいか、答えが出てしまった気がした。

「フミオ、デミトリウスのお陰で今ハッキリと自分の気持ちに自信が持てたわ。先日の返事をこの場でさせて下さい、あなたからの求婚・・・お受けします。あなたの妻として生涯共に居させて下さい」

オーッ!?  魔族の間から歓声が上がる。

「そんな事は認めない、絶対に認めないぞ!リンディスを妻にして次期魔王となるのは、この僕だ!!」

何て見苦しい真似を続けるのだろうか?デミトリウスに従っていた者達の心は完全に離れていた。

「魔族の王を名乗りたいと言うのなら、勝手に名乗れば良い。俺はこの場を借りて皆に宣言する、これからは魔族の呼称を決して使わない事を」

「それじゃあフミオ、私達を一体何て呼称にするつもりなの?」

「希望を実現させる一族、希実族はどうだろう?王国と戦う以外の道で誰もが幸せに暮らせる希望の居場所を築いてゆこう」

歓声が町中を覆い尽くした、新たな一族を統べる王と妃の誕生を祝う宴の声だ。

これまで従っていた者達にも見離されたデミトリウスはその場に座り呆然としている、フミオはデミトリウスに近づくとこう告げた。

「お前が魔王を名乗る事に反対する者は誰も居ない、これからは新たな魔族の王として導いていくんだな」

「たった1人で何が出来ると言うんだ!?」

デミトリウスは懐に隠し持っていた短剣を取り出すとフミオに襲い掛かる、しかしフミオはその短剣を簡単に掴んで握り潰すと強い口調で言い放った。

「まだ1人じゃないだろうが!未だに終身労働者として城造りに従事させられている魔族の者達が居る、それを救い出すのが魔王を名乗ったお前の責務だ。魔王とは何か、それをよく考えろ」

しかし、フミオの言葉はデミトリウスには届かなかった。砕けた短剣の破片を握るとデミトリウスは自らの喉を切り裂き命を絶つ。

「それが出来るのなら、とっくにやっている。僕は・・・貴様と同じじゃない」

フミオは自決したデミトリウスの亡骸を抱きかかえると、小さく呟いた。

「馬鹿野郎、自決するだけの覚悟が有るのなら俺に助けを求める位出来ただろうが。何故、共に力を合わせる道を選べないんだ?」

「それが分からなかったから、自ら命を絶ったのです。あなたが負い目を感じる必要は有りません、それでも後悔する気持ちを抱くのであれば私が傍で支えますので頼って下さい」

「ああ、頼む。この世界の全ての魔族を希実族として迎え入れるには俺1人の力だけでは駄目だ。皆に改めてお願いしたい、この俺に協力してくれ」

以後、希実族では一族を統べる王の事を希望へ導く王【希導王】と呼ぶ様になりフミオはその初代希導王となった。
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