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第31話 布告発布

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「まさか、義兄上が日没近くまで逃げ続けるとは思わなかったよ」

「俺もMAPの索敵範囲外まで出たのが原因で、分身達の追跡能力が低下するとは思いませんでした。分身に追跡させる際の弱点が早目に露呈したのは良かったかもしれない」

「最後もあんな所に隠れていたなんて、誰も予想していなかったよな」

ウィル・タツト・リーデガルドの3人は、ヴェネットと分身の追いかけっこの予想外の展開と結末に驚いていた。当初はすぐに捕まると思っていたがウィルのMAPの索敵圏外に出た事で状況は一変、日没近くまで捜索が続いてしまった。それでも最終的にヴェネットは捕らえられ新王即位の後に非公開の裁判に掛けられ処断される事となっている。

「殿下、本当に新王となられるのですか?」

「理由は先程説明した筈だが?」

「それでは殿下が汚名を1人で被る事になりませんか!?」

「なればこそリーンにはこのまま君と共に旅を続けて、より広い視野で物事を判断出来る様になって貰わねばならぬ。肌を重ねた男の願いばかりを叶えようとする娘に国を任せる訳にはいかないからな」

「それは・・・」

「本音を言わせて貰えれば、女王に即位せずとも良い。小さな家庭でも築いて幸せに暮らしてくれればそれだけで十分なのだがな」

ウィルは大公妃や母親らと楽しげに話しているリーンを見る、ウィルと出会う事で彼女の運命は変わった。いや、ウィルが変えてしまったのかもしれない。

けれど2人がもしも出会わなければリーンは奴隷市場での競売の後に王の放った密偵の手で殺されていた可能性が高かった。リーデガルド夫妻も王に捕らえられ命を落としていたかもしれない。サチの時と同様に出会った事で多くの人の運命が変わっている。アーレッツで返り討ちに遭い死んでいる王の密偵達も運命を変えられ早死にしたとも思えた。

しかし運命が変わった事で救えた命も有る。リーンの母親ラーナはサチを連れて教会本部に戻っていたニナ主教が居たからこそ幻惑を使う事で処刑を免れ命を落とさずに済んだ。そう考えてみると、サチとの出会いが間接的にリーンの母親の命を救う事にも繋がっていた。

サチとリーン・・・リーンとはこれまでに幾度と無く肌を重ねた間柄では有るが、ウィルの心の中では未だにサチの存在が大きく占めている。リーンは今以上の心の繋がりを望んでいるが、その満たされない心の渇きを身体の繋がりで補おうとしているのかもしれない。



国王ヴェネットの捕縛から翌々日、王城ヴェネトリウムにおいて幾つかの布告が国中に向け発せられた。

1つ目は現国王ヴェネットの退位と新国王としてリーデガルド前大公が即位する事、そして息子の大公は皇太子とはならずリーンというこれまで表に1度も出て来なかった娘が皇太女となる事が記されていた。

2つ目として王城ヴェネトリウムの名を前の王城の名であったアルスブルグに改名する旨が記されていた。

3つ目として前国王ヴェネットの手足となっていた密偵達の調査を行い王の命とはいえ罪の無い者を躊躇い無く殺してきた者やその地位を利用して卑劣な行いをしてきた者に対して相応の罰を与えると記されている。

4つ目としてウィルという名の冒険者が皇太女の護衛の任に就く事と、【自由騎士】の位を与える事が記されていた。自由騎士とは国同士の行き来や他国の戦争行為への介入など本人の行動を一切制限する事が無く、更には損害を与えてしまった場合国が全てを補償するという破格の待遇であった。

5つ目に皇太女の護衛と世話役に後数名加わる予定だが、名前の公表はされないと記されている。




新王即位の日は吉日を選び後日また発表されるとの事だったが、リーンという無名の娘が突然皇太女となった事やウィルという自由騎士の誕生は、多くの国民の間で様々な憶測や流言が飛び交う事となった。しかし新国王となるリーデガルドはウィルについてこう評していた。

『この者は我が国だけで無く、いずれ世界の運命さえ変える男となるだろう』




だが今回の騒動に深く関わっていた2人の女性の名が公表される事は無かった。

自由騎士の地位に就いたウィルは今、王城の中に在る牢獄にリーンを連れて来ている。シェルナーグにオークの軍勢を襲撃させ、更に今回アルストリアにおいてもオーガを大量召喚したレーメルと面会する為だ。彼女は今回の失敗で闇の女王にモンスターを召喚する力を取られた上に見捨てられ命さえ奪われそうになった。そしてウィルが命を助ける事になったのだが、意識が回復した後も誰からの話にも応じず時折天を仰ぐ様に首を動かすだけだった。

「入るよ」

「し、失礼します」

レーメルは視線だけウィルに向けると、騒動後初めて話し始めた。

「ねえ、ウィル。私の処刑は何時になるの?」

本来で有れば彼女のしてきた行いは決して許されないものだ、シェルナーグやアルストリアに5000以上のモンスターを召喚し甚大な被害を引き起こそうとした罪は重い。だがウィルはリーデガルドに与えられた自由騎士の権限を行使して彼女を助ける事にした。

闇の女王に見捨てられ殺されそうになった所を助けた時に、彼女もまた女王に弄ばれた被害者だと思えたからだった。

「処刑、何それ?君はたった今釈放された、俺はただ君を迎えにきただけだ」

「釈放ってどういう事?私はモンスターの軍勢による大量殺戮を行おうとしていたのよ、処刑されて当然の罪だわ」

「だけど被害は出ていない、そして君はもうモンスターを召喚する能力は持っていない。そうだろう?」

「たしかにお母様に力を奪われてしまったけど、罪が無くなる訳じゃないわ」

助命する旨を受け入れようとしないレーメルに対してウィルは素直に受け入れて貰える様に別の方向から攻めてみる事にした。

「君を助けないと、もう1人の女性も探し出して捕らえないといけなくなるんだ。確かクリスティーナとか言ったっけ?」

「待って!リスティーは私ほど重い罪を犯してはいないわ、王を身体を用いて篭絡し唆しただけ」

「だけど、リーン親子の居場所をヴェネットに教えたのはそのリスティーって話じゃないか。決して軽い罪だとは言えないよね」

「私がリスティーにそうする様に命令したのよ、リスティーは私に脅されただけ。彼女の罪は私の罪だわ」

必死でリスティーという女性を助けようと言葉を選ぶレーメル、それだけでもウィルにはと判断出来た。

「レーメル、君には俺と一緒にリーンの護衛の任に就いて欲しいと思っているんだ」

「あなた正気?自分で何を言っているのか理解しているの!?」

「君が護衛の任を引き受けてくれれば、リスティーって女性には見つかり次第リーンの身の回りの世話をして貰うつもりでいる」

「妹の身の安全と引き換えに私にあなたの仲間になれと言うのね」

「リスティーは君の妹なんだ?」

「私達は双子の姉妹よ、お母様に拾われて育てられてきたからお母様の望みを叶える事が私達にとって最高の恩返しとなる筈だった。だけど、私だけステータスが高くなってしまい妹は高くなる事は無かった。そこで妹は気配を断つ術と身体を使って男を篭絡させる為の技術を磨いて王に近付いた。あとはあなたが王から全て聞きだしていると思うわ」

「俺はまだリスティーと直接顔を合わせた訳じゃないけど、サチやリーンと同様に君達姉妹の運命も変えてみようと思う」

レーメルはウィルの口から自分達姉妹の運命を変えると言い出された事に驚き戸惑った。

「俺が何もしなければ、君達姉妹は2人共捕らえられ処刑される事になるだろう。それでは闇の女王に良い様に操られ弄ばれただけで終わってしまう。それが気に入らないんだ」

「本当に私達の運命を変えてくれるの?」

「もちろんさ、あとリスティーが見つかったらリーンに王を篭絡させた技術って奴を教えてあげ

スパァァァァァン!! ウィルが話し終える前に顔を真っ赤にしたリーンがハリセンで頭を叩いていた。

「ウィル!あなた何て事を頼むつもりなのよ!?」

「もしかしたら、リーンに身も心も奪われてしまうのかな?っと思ってさ」

ウィルに心の内を読まれたと悟ったリーンは返事の代わりにハリセンを再び振り上げる!

スパンスパンスパーン!! 立て続けに3発叩くと、リーンはそのまま牢獄を飛び出していった。少しからかい過ぎたとウィルが反省していると

「ふふふ・・・あはははは!」

レーメルに笑われていた、こんな色ボケ男が姉妹の運命を変えると宣言しているのだ最早笑うしかない。だが、こんな非常識な男だからこそ自分を助命し更には皇太女の護衛と世話役にする事で姉妹の罪を無かった事にしてくれた。せめてこの恩だけでも返しておこうとレーメルは素直に思う事が出来た。

「分かったわ、今日から私はリーン様の護衛になる。だから妹が見つかったら私と同様に救ってあげてください」

「約束するよ」

「それじゃあ、最初の仕事はリーン様にウィルという男がこれ以上余計な物を覚えさせない様に見張る事から始めるとしましょうか」

「ちょっとそれは酷い言い様じゃないかな?」

「悔しいと思うのなら、リーン様が女王に相応しい方となれる様にあなたが心と身体を育ててあげなさい。決して肉欲に溺れる女にだけはしない様に」

ウィルと軽口をぶつけながら、レーメルは少しだけ心が軽くなった様な気がした。そして妹の無事を祈りながら、新しい1歩を踏み出そうとしていた。
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