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第62話 初めての魔界と不穏な影

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「ほぼ半月ぶりに見たけど、大分仕上がってるな【大型転移陣(ビッグゲート)】」

サリーネやマリアは初めて見る巨大なゲートに圧倒されている、ミリンダやセシリアも装飾が一切されていない頃のゲートしか見ていなかったのでその外見の変わりように目を丸くしていた。

「ほう、見事な細工だ。こんな良いものが雨風に晒されて形を変えるのは忍びないな、少しだけ手を加えてやるか」

そう言うとガルフはゲートに使われているパーツ1つ1つに小さな点を打っていった。

「まあ、こんなところで十分だな。俺が全て作った訳じゃないから完全には無理だが長くこの美しい装飾を拝める筈だ」

一仕事を終えたガルフがゲートに向かって跪拝した、プライドが高く滅多な事では褒めたりしないドワーフに最大限の敬意を表された事でまだ作業中の魔族の中には感激のあまり涙を流し始める者まで居た。

「どうだハジメ様、魔族の装飾技術も中々にレベルが高いであろう?」

ランが自信有り気にハジメに話しかける、純白の大理石で出来たゲートには大小様々な花の模様の装飾が為されており見た者の目を奪う。しかし、その何十種類と在る模様の中の目立たない場所に桜・菊・蘭の3種が固まる様に彫られていたのにハジメはすぐに気が付いた。

(アーシュラさんにとってランは、何だかんだ言っても亡くなった妹と同じ位大切な存在なのだろうな)

母親のそんな気持ちに気付く筈も無いランは、ハジメだけに飽き足らずサリーネやマリアの前でも自分が彫った訳でもないのに自慢を続けた為アーシュラさんのお仕置きをその後受ける事となった・・・。



「さて、今回の魔界訪問の目的の1つとして馬車に人を乗せたままでも無事に通る事が出来るかの実験が何気に含まれている事を先程聞かされた訳ですが・・・」

ハジメはチラリとアーシュラを横目で見ると、アーシュラさんは惚けた顔で口笛を吹いていた。

(ぐぬぬ、しかし迂闊な事を言って馬車を蹴られでもしたら折角この馬車を作ってくれた商業ギルドの方々に怒られるから大人しくしておこう)

「まあ、目の前でゲートに蹴り込まれたカルーラさんの無事も確認されたので馬車に乗って準備しましょう」

10分ほど前、ハジメ達にゲートを通る際の注意事項を説明していたカルーラさんをアーシュラさんはいきなりゲートに蹴り込んでいた。

ゲシッ!

「あなたが実際に見本を見せれば良いのよ!」

「うわぁあああああああ!!」

目の前で魔王が足蹴にされているのを見ても動じない魔族の作業員達、最早見慣れた光景なのだと理解出来た。そして簡易転移陣を通って魔界側の作業員がカルーラさんの無事を報告に来たので今度はハジメ達の番となったのだ。

馬車を曳くのは勿論ヒッポちゃん、そして馬車に乗るのはハジメ達6人と米麹を探す為に魔界に同行する事となったガルフとアーシュラさんの計8人である。

「婿殿、この馬車は凄いわね。馬車の中に屋敷が収まっているだなんて思わなかったわ」

「俺も最初に渡された時は正直驚いたよ、でも採算度外視で作った奴らしいから実際に注文したら恐ろしい金額を請求されると思うぞ」

「それでも注文する価値は充分に有るわ、だって魔族が人族の作った乗り物を愛用すればお互いの警戒心を少しずつ解いていくキッカケにもなるから」

アーシュラさんは先を見通して馬車の効果を考えていた、人族と魔族で争う必要の無い世界を恒久的なものとしたいのだろう。出来るのならばシスティナが謝罪と贖罪を果たし、人に歩み寄る未来も訪れて欲しいと願うがそれこそ本当の意味で奇跡といえるかもしれない。

「では、そろそろ行きましょうか婿殿。入る際の衝撃とかも気にしなくても良いわよ」

「分かった、それじゃあ出発だヒッポちゃん」

『・・・・・』

普段だと反撃の1つや2つ来てもおかしくないのだが、今日は珍しく攻撃をしてこなかった。流石のヒッポちゃんも初めて魔界に渡る緊張の方が上回っているらしく、ハジメに何と呼ばれていたのか気付いていないのだろう。

「【大型転移陣(ビッグゲート)】起動!」

魔族の担当が係に指示を与えると【大型転移陣(ビッグゲート)】の中央に紫色の光を放ちながら螺旋状の渦が発生した。膨大な魔力を消費する事でシスティーナと魔界を一時的に繋げる仕組みとなっている。ゆっくりと渦に入ると衝撃を受ける事も無くすんなりと中へと進めた。ゲートの内部は薄明るい紫の光で包まれており暗闇では無かったので安心して進む事が出来た。そして馬車で進む事およそ5分、目の前に白い光が見えてきた。

「あれがゲートの出口でもあり魔界の入り口よ」

魔界に足を踏み入れる瞬間が徐々に近づいてくる。緊張しながら白い光に飛び込んだ瞬間、強い光に包まれたかと思うとハジメ達を乗せた馬車は小高い丘の上に立つ【大型転移陣(ビッグゲート)】の前に居た。

「これが魔界?」

初めて見る魔界は一言では言い表せない雰囲気だった、空には真紅と深青に光る2つの月が昇り闇を照らしている。そして丘を下った先には広大な森が広がっており少し離れた所からは虫の鳴き声がする。

「まずはキングブラウンスライムが繁殖している地域に向かいましょう、こっちよ」

アーシュラさんの案内でカルーラさんが待つ魔族軍の駐屯地へ向け、ハジメは再び馬車を進ませるのだった。




一方その頃、ルピナスでは不穏な影が動き始めていた。

(ハジメの奴はどんどん強くなっているのに、俺は未だにブラウンスライムさえ命がけの下級冒険者に過ぎない。ソニアやキャシーにも負担を掛けっぱなしだし、いい加減愛想を尽かされて他のパーティーに逃げられてしまうかもしれないな。こんな駄目なお兄ちゃんが妹のアンナをずっと守ろうと考えるのはお門違いなのだろうか?)

ミシェルは1人自室で思い悩んでいた、いつまで経っても上がらないレベルと腕前。反対に目の前で一足飛びに強くなっていく異世界からやって来たという新しい友人と次々と増えていく彼の美人妻達。その妻の中にはギルド長として恐れられてきたミリンダまで含まれているのだから更に驚きだ。

そんなハジメとの差が大きく開くにつれミシェルの心の中で長年過ごしてきたソニアとキャシーだけでなく妹のアンナまでハジメに心奪われて自分の元から去ってしまうのではないか?そんな焦りと嫉妬が大きく渦巻き始めていた。

「止めよう、こんな事を考える様ではハジメの友人失格だ。あいつが魔界から帰ってくるまでに少しでも強くなっておかないとな」

後ろ向きな思考に陥りかけていたのを振り払おうと、新たな決意をミシェルが口にすると背後から何者かの声が聞こえてきた。

『その願い、私が叶えてあげましょうか?』

「誰だ!?」

驚いて振り返るとそこには半透明の美しい女性が立っていた。

「お、お前は何者だ?」

『私の名は女神システィナ、この世界を統べる者。あなたのその願い、この私が叶えてさしあげましょう。その代わり、私の頼みも聞いて頂きたいのです』

システィナが右手を差し出す、ミシェルは底知れない恐怖を感じるが己の意思に反して手が勝手に動き出し女神の手を掴んだ。

『これであなたの心と身体は私の思いのまま、心の奥底の欲望に従いこの世界で自由に振舞うのです』

システィナの声が頭の中に響いたかと思うと、視界が暗転しミシェルはその場で倒れた。数分後、目を覚ますとミシェルの瞳は赤く光り先程言っていた決意とは程遠い言葉を口にする。

【ソニアもキャシーもアンナも俺の所有物だ、ハジメの奴に渡してなるものか。異世界から来た者にこの世界で生きる資格など無い、根絶やしにしなければいけない】

その晩ミシェルはソニアとキャシー、更には妹のアンナを拉致すると消息を絶った。そして実家の宿には父親の変わり果てた姿が残されていたのだった・・・。
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