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アツモリ、見知らぬ世界に立つ

第5話 こっちが聞きたいぞ!

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「・・・以上が経典に書かれた予言の概要です」

 ルシーダはそう言ってから敦盛あつもりをジッと見てるけど、その敦盛はあごが外れそうなほどに口をアングリと開けてるし、それはエミーナも同じだ。
「いやー、ボクもバレンティノ経典の全部を知ってる訳ではないから、ルシーダの話を全部信じてもいいのか・・・」
 エミーナも半信半疑だ。というよりエミーナはバレンティノ教徒ではなく太陽の守護者ヴェルサーチェの教徒だ。ヴェルサーチェは知識の神でもあるから、魔術師にはヴェルサーチェ教徒が多いけど、バレンティノ経典は魔術師学校での知識程度しかないのだ。
「・・・ですから、あなた様はバレンティノ教徒なら誰もが知ってる『終末の聖騎士パラディン』、正義の至高神が予言した聖騎士せいきしなのです。この混乱した世界を唯一、救う事が出来る人物、言い換えれば『勇者様』であり、『世界の希望』『救世主』でもあるのです」
「あのさあ、どうして俺が勇者や救世主なのか、こっちが聞きたいぞ!俺を勝手にこの世界に連れてきて『勇者様、どうか世界を救ってください』とか言われて、ハイハイ分かりましたって答えれる訳がないだろ!」
「お気持ちは重々察しています。ですが、これ位しか、あなた様がここに立っているというのを説明できる物がないのです。お願いです、私の話を信じて下さい」
 敦盛は半ばキレかかっているが、ルシーダは必死になって説得している。現在の世界情勢から見たら、バレンティノ神を信仰する者として敦盛の存在は救世主以外の何者でもないのだ。

「はーーー・・・あのなあ!俺はパラ・・パラ・・どうでもいいけど、そのパラなんとかじゃあねえ!!俺はさむらいだ!!」
「「 サムライ? 」」

 敦盛は殆どブチギレモードでエミーナとルシーダに怒鳴ったけど、二人の頭の上には『?』が3つも4つもあるかのように首を傾げてるから、敦盛も『ありゃ?』となって、ある程度の冷静さを取り戻した。
「あのー・・・侍という言葉を知らない?」
「「うん」」
「侍でなければ武士ぶしでもいいけど、それも知らない?」
「「うん」」
「おいおいー、たしかに明治維新で武士の時代は終わったとはいえ、まだ100年ちょっとしか経ってないぞー。俺は正確には800年以上も続く武士の家系の37代目だから、言い換えれば侍の末裔だ。侍が分からないだけならイザ知らず、千年以上も昔に書かれた本の予言って事は、俺の家の成立よりも古い本の予言を信じろって事だぞ。俺の頭じゃあ全然理解出来ねえ、勘弁してくれよなあ・・・」
 敦盛は「はーーー」とため息をついたけど、エミーナもルシーダも敦盛がため息をついている理由が理解できなかった。ただ、『サムライ』という言葉も、敦盛が持ってる武器も全く知識に無い物だから、『神が失ったもう1つの世界』からやってきた人間だとしか思えないのだ。
 敦盛は再び「はーー」とため息をつきながら
「とりあえず、一度その『終末のナントカ』の話はやめにしてくれないか?だいたい、俺はこの世界の事がちんぷんかんぷんだ。それに、これは嘘でも何でもないのだが、俺のいた世界では魔法などという物は空想上の力であって、そんな物は存在しない」
「「 ええええええええええええーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!! 」」

 エミーナとルシーダは敦盛の言葉に耳を疑った!この世界の常識が通用しない、という事は互いの意思疎通や価値観の違いが相当あるという事だ。これでは敦盛が混乱するのも無理ないのかもしれない、とエミーナもルシーダも思わざるを得なかった。
「とーにーかーく、君たちのような可愛い子の話を疑う訳ではないけど、信用おける人物と話をさせてくれ!それと、そのお宝とやらを早くゲットして、あんたらも借金を返す必要があるんだろ?早くしないと、後から来た別の連中にお宝を横取りされるかもしれないから、さっさとやるべき事を済ませるべきだ」
 たしかに敦盛の言ってる事は正論だ。ルシーダもエミーナも本来の目的を忘れて、経典の話に夢中になり過ぎてたのも事実だ。

「・・・とりあえず、名前を名乗っておこう。俺は阿佐あさ敦盛あつもりだ」
 そう言って敦盛はルシーダに右手を差し出した。
「アサ・アツモリ?アサ様で御座いますか?」
「あー、いや、アサは苗字だ。だから敦盛でいい」
「では、アツモリ様と呼ばせて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。マジな話、『敦盛様』は勘弁してくれ!」
 そう、敦盛は自分の事を『様』付けで呼ばれる事に相当抵抗を感じている。全ての原因が満里奈まりなにある事も分かっているから、余計に『様』を付けられるを嫌がっているのだ。
 ルシーダはなおも『アツモリ様』に拘っていたけど、エミーナが「本人が『様』を付けなくてもいいと言ってるんだから、『様』はやめよう」と説得したので、ルシーダも不承不承ふしょうぶしょうではあるが引き下がった。
「・・・私はルシーダです」
「えーと、ルシーダさんと呼べばいいのかな?」
「アツモリが自分の事を『アツモリ』でいいと仰いましたから、私の事も『ルシーダ』で構いません」
「分かった、じゃあ俺もルシーダと呼ぶ事にするよ」
 そう言って敦盛は右手を差し出したから、ルシーダも右手を差し出した。
「ヨロシク頼むぜ」
「神官見習いの身でありながら、先ほどの無礼な振舞い、何卒お許し下さい」
「神官見習い?」
「詳しい説明は省きますけど、簡単に言えば神官課程の最終試験直前に修道院が閉鎖されてしまったので、公式には神官見習いなのです」
「分かった。俺も形の上では37代目当主だけど、まだ継承の儀をしてないから次期当主というだけだ。いわば互いに見習い同士という事でヨロシク!」
 そう言うと敦盛とルシーダは互いの手を握って握手をしたが、ルシーダの顔は手を握った途端、真っ赤になった。
「・・・私にとって、最も信頼できる方といえば、王都ファウナの街にあるバレンティノ教団のコペン高司祭です。私の母の兄にあたるお方で、ファウナ教会の責任者ですので、きっと力になってくれると思います」
「分かった。その人に会って話を聞いてみよう」
 そう言って敦盛はルシーダの手を離したけど、ルシーダの顔は最後まで真っ赤だった。そのルシーダと手を離した敦盛は、もう一人の子に右手を差し出しながら向き合った。すなわちエミーナだ。
「ボクはエミーナ。『導師の杖』を持ってるけど、本当は魔術師学校の卒業試験直前に、魔王ウーノの軍団に魔術師学校そのものがぶっ壊されたし、学校を運営していた帝国そのものが無くなったから、公式には魔術師見習いさ」
「魔術師?何だそりゃあ?『魔法使い』ではないのか?」
 敦盛は『魔術師』の意味が全然分からないからエミーナに聞いたけど、エミーナはニコッとしながら話を続けた。
「この世界では、一般的に『魔法使い』と呼ばれている人が使う魔法は3つに分類される。1つはルシーダのように神の奇跡をつかさどる『神聖魔法』を使う神官しんかんと、その上位の司祭しさい。世界のことわりをなす精霊せいれいたちを使役する『精霊魔法』の使い手である精霊使い、それとボクのように、神々が残した遺産と言われるマナのエネルギーを色々な物に変えて使う『古代語こだいご魔法』の使い手の魔術師まじゅつしと、その上位の導師どうしだ。最初の2つは魔法の行使に道具は使わないけど、魔術師はこのスタッフが無ければ、呪文を唱えても魔法は使えないんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「ん?どうした?」
「俺の感覚で言えば、魔法使いは宝石を散りばめた可愛いステッキを持って『マハラジャマハリク』とか唱えたり、コンパクトに向かって『テフテフママチャリ』とか言って呪文を唱えるんだけど、だいたい『古代語』とかスタッフとか言われてもサッパリ分からねえぞ」
「はあ!?さっきアツモリの世界では『魔法は存在しない』って言ったばかりなのに、その意味不明の道具といいヘンテコリンな呪文はなんだあ?」
「だってさあ、魔法は空想上の力だけど、アニメの世界では定番だぜ」
「あにめ?何だそりゃあ?」
「あー、ゴメンゴメン。ま、その説明は今は省くけど、ようするに現実ではありえない事を綴った空想の世界だ。だから他にも色々な呪文が出てくるぜ。しかも殆ど女の子と相場が決まってるけど」
「あのさあ、悪いけど古代語魔法の使い手は7:3くらいで男が多いし、神聖魔法も精霊魔法も半々だぞ。だいたいさあ、なんだその『女の子と相場が決まってる』とは、偏見もいいところだぞ!」
「スマン、何度も言うが空想の世界だから許してくれ」
 敦盛はそう言って謝ったけど、本当は「どうして俺が謝らなければいけないんだあ!」と関係者に文句を言いたい気分だった。エミーナはエミーナで魔術師を馬鹿にされたような気分で内心は腹が立っていたが、敦盛の態度からして嘘を言ってるとは思えず『神が失った世界から来たのだから仕方ない』と割り切る事にした。
「まあ、という訳だからヨロシク!」
 そう言ってエミーナは真面目な顔をしながら敦盛の手を握ったから、敦盛も「頼むぜ!」と言って握り返した。

「それじゃあ、お宝を持ってサッサとトンズラしようぜ」

 敦盛がそう言うと、エミーナも力強く頷いたし、ルシーダも同調して頷いた。
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