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アツモリ、見知らぬ世界に立つ

第6話 「冒険者だろ?経験値も知らないのかあ?」 「だーかーら、経験値って何?まさかとは思うけど・・・」

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「ちょ、ちょっと待ってくれ!これって何だあ?・・・」
「これがお宝?俺から見たらゴミの山だぞ!」
「こんな物の為に500年もの間に数千人の人々が命を落としていたなんて、私は信じたくありません・・・」

 鉄人形アイアンゴーレムが守っていた部屋の扉を開けた途端、エミーナは絶句したし、敦盛もルシーダも絶句した。
 敦盛の感覚からしたら、剣道場くらいの大きさの部屋の床には、壁の棚だけでなく床一面に壊れた道具や武器、木箱や布袋が散乱していて、足の踏み場も無いほどだった。誰もが金銀財宝があると思っていたから落胆の表情を隠せなかった。

 だが・・・

 エミーナはその時、何かに気付いた!

「も、もしかして!」
 そう言うとエミーナは右手に持ったスタッフを掲げた。
 そのまま古代語の詠唱を始めたが、それを聞いていた敦盛はエミーナが何を言ってるのかサッパリ分からず、隣にいたルシーダに「あいつは何をやってるんだ?」と聞いたくらいだ。
「・・・私だってエミーナが何を唱えているのか全然分かりませんよ」
「マジ!?」
「そうです。でも、どの呪文を唱えるにしても1つの1つの古代語魔法は全て別の言葉を使います。同じ物が無いから、魔術師は相当な知力と古代語を正確に発音できる語学力が無いと無理です。私のように神に祈りを捧げるだけで使える神聖魔法とは、根本的に違ってます」
「そうなんだ・・・」
 敦盛は落胆したけど、逆に自分が全く別の世界に来てしまったというのを痛感せざるを得ず、「はーー」と短くため息をついて肩を落とした。それをルシーダは「まあまあ」と言って慰めていた。

【・・・永遠の魔力を与えられし物よ、我が言葉に従い自らの存在を示せ!】

 エミーナの呪文は完成し、その途端、ガラクタの山の一部が青白く光った。

「やっぱりそうだ!」
 そう言ってエミーナは歓喜の表情になって大声を上げたけど、敦盛とルシーダはエミーナがなぜ歓喜しているのか全然分からなかった。
「・・・この別荘は魔法工房だったんだ!」
「「魔法工房?」」
「そう、魔法工房。付与魔法エンチャントと呼ばれる古代語魔法の系統の1つだけど、簡単に言えば剣や槍、盾や鎧と言った武器や防具だけでなく、指輪リング腕輪ブレスレッドなどを魔法のアイテムに変える場所だったんだ!誰もがそうだけど、自分の作った新発明を自分の留守中に盗まれたら困るだろ?だから盗まれないように、色々な仕掛けを作ってあったんだよ!」
 そう言うとエミーナは歩き出し、青白く光る物だけを取り出して、それを部屋の片隅にあったテーブルの上に並べて行った。もちろん、ルシーダも手伝ったが・・・敦盛はやりたくても出来なかった!なぜならば・・・
「おーい、エミーナ。何でもいいからがないか?」
「はあ!?アツモリは何を言いたんだ?」
「だーかーら、俺は自宅にいる時にこの世界に強制的に連れてこられたんだぞ!裸足はだしなんだから、こんな中を歩かせるのは勘弁してくれ!」
 そう言ってアツモリは自分の右足を前に突き出して「これを見ろ!」と言わんばかりにエミーナに文句を言った。それを見たエミーナもルシーダも目が点になっている。
「うっそー、アツモリの世界にはシューズが無いのかよ!」
「だーかーら、靴が無いのではなくて、家の中では靴を脱ぐのが俺の世界、いや、俺の住んでいた国では常識なんだよ。丁度靴を脱いで裸足でいた時に靴を履いてないんだよ!」
「あー、スマンスマン。魔法が付与されてる、されてないに関わらず、使えるシューズがあるか探してみる」
「頼むぞ!最悪、サンダルでもスリッパでもいいから早くしてくれ!俺は他の連中が来ないか外を見てるから、とにかく早くお宝を集めてくれ!」
「りょーかい」
 敦盛はそう言ってエミーナたちに背中を向けたけど・・・室内ではエミーナとルシーダが「うわっ、これってもしかして・・・」「こ、これは伝説の・・・」などと大騒ぎしている。どうやら相当な収穫があったようだ。

 結局・・・敦盛が心配していた他のパーティは誰も来なかった。

「・・・おーいアツモリ、終わったよー」

 エミーナに声を掛けられたから敦盛は後ろを振り向いたけど、そこにはニコニコ顔で巾着きんちゃくのような物を持ったエミーナと、同じくニコニコ顔で靴を持ったルシーダがいた。
「あれっ?お宝は?」
 敦盛は素朴な疑問を言った。なぜなら、先ほどまでエミーナとルシーダの歓喜の声が騒々しいほどに響いてたから、かなりの収穫があった筈なのに、それらしい物を持ってないのだ。
「いやー、ボクも最初は『これをどうやって持ち帰ればいいんだ?』って真面目に心配してたけど、伝説の魔法道具マジックアイテム魔法の巾着袋マジックポーチ』があったんだよ!」
「はあ?何だあ、その『魔法の巾着袋マジックポーチ』とは?」
「信じられない位の量の物を詰め込む事が出来る袋の事だよ!今の時代では作れない、失われた魔法遺産の1つで、これは魔法王国時代の終盤に量産されていた物より型が古いから間違いなく初期型だけど、これを普通にギルドや古道具屋で買うには庶民が5年くらい飲まず食わずで働かないと無理だぞ!」
「マジ!?それって、もしかして『ネコえもん』の五次元ポケットの事?」
「ネコえもん?ごじげんポケット?何だそれは?」
「あー、スマンスマン、これも俺の世界にある空想上の道具の名前だけど、信じられないくらいに道具を入れられるポケットなんだけど、当たり前だけど実在しないやつだ。でも、そんな道具を手に入れたという事は、それだけでも超掘り出し物じゃあないか!」
「うん!他にも結構な数の魔晶石ましょうせきも手に入った。魔王が出現してからは魔晶石の値段が急騰してるから、魔王出現の前だったら借金が返せる程の金額にならなかっただろうけど、恐らく魔晶石だけで借金が返せるよ」
「ほおー、ある意味、魔王様に感謝だな」
「その1点に関しては魔王ウーノに感謝してもいいけど、それ以外の事に感謝する気はないと言っておくよ」
「ま、そりゃあそうだ」
「それ以外にも長剣ロングソード短剣ショートソードのような武器も盾もあったし、指輪リングリング腕輪ブレスレッドもゴロゴロ出てきたんだよ。これでボクもルシーダも借金を返せるし、新しい装備を揃える事が出来る!」
 エミーナはニコニコ顔で敦盛に話しながら『魔法の巾着袋マジックポーチ』を腰に当てたけど、その途端に『魔法の巾着袋マジックポーチ』が勝手にエミーナの腰ベルトに自分のロープを結び付けてぶら下がったから、敦盛は「嘘だろ!」と目を丸くしたほどだ。
「アツモリ、これを履いてみて!」
 ルシーダはニコニコ顔でそう言って靴をアツモリの目の高さにまで上げたけど、その靴は明らかに敦盛の足のサイズより小さい!
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺には小さすぎるぞー」
 敦盛は極々普通の感想を言ったけど、ルシーダはニコニコ顔だ。
「大丈夫大丈夫!このシューズは使い手の体に合わせてサイズが勝手に変わるから、絶対にアツモリでも履けるよ」
 そう言うとルシーダは敦盛の前にその小さな靴を置いたけど、敦盛は「本当に大丈夫かよ!?」と呟いてしまったほどだ。
「まあ、騙されたと思って『幸せの靴ハピネスシューズ』を履いてみてよ」
 そう言ってルシーダは「ささっ、どうぞ」と言って右手を差し出しながら敦盛を促している。
 最初、敦盛は「勘弁してくれよなあ」とボヤいてたけど、突然、『ハッ!』という表情に変わった!
「お、おいルシーダ!もしかして『しあわせのくつ』の事かあ?」
「えっ?」
「だーかーら、この靴は『しあわせのくつ』なのか?」
「えーと、たしかにアツモリの言う通りで、『幸せの靴ハピネスシューズ』を『しあわせのくつ』と呼ぶ事もあるけど、それがどうかしたの?」
「うっそー、ドナクエスリーの幻のアイテム『しあわせのくつ』が本当に履けるとは、これで俺は歩くだけでレベルアップだあ!」
 そう言うと敦盛は喜び勇んで『幸せの靴ハピネスシューズ』を履いてニコニコ顔だ。でも、エミーナもルシーダも首を傾げている。
「いやー、俺もゲームブックの挿絵しか見た事が無かったからなあ。あの本では、先端がくるっと丸まった可愛らしいデザインだったし、金色で優雅な装飾が施されていて、履き心地も文句なしに良く、踵に着けられた鈴が歩くたびに鳴って、なんとも幸せな気分にしてくれると書いてあったけど、本物は大違いだよなあ。まさに俺の為に作られたようなカッコいい靴で、俺、一目惚れしたぜ!」
 敦盛はニコニコ顔でホールの中をグルグルと走り回って絶叫しているから、エミーナもルシーダも互いの顔を見合わせながら首を傾げているくらいだ。
 でもその時、エミーナが『ハッ!』という表情をした。
「おいアツモリ!まさかとは思うけど、君のいた世界にある『しあわせのくつ』とは・・・」
「おー、そのまさかだ!ゲーム『DKQドラゴンナイトクエストⅢ』で『きまぐれメタル』が持ってる超レアアイテムだ!何しろ、これを履いて歩くだけで経験値が増えてレベルアップし放題の、まさに幸せ一杯になれるアイテムなのだあ!」
 敦盛は走りながら右手をグーにして突き上げて絶叫してるけど、それを見たエミーナとルシーダは顔を見わせて「はーー」とため息をついた。
「あ、あのさあアツモリ・・・」
「ん?エミーナ、何か言いたいのか?」
 敦盛はニコニコ顔でエミーナの方を向いたけど、そのエミーナはもう1回「はーー」とため息をついた。
「だいたいさあ、その経験値って何だあ?レベルアップって何だあ?」
「はあ!?エミーナもルシーダも冒険者だろ?経験値も知らないのかあ?」
「だーかーら、経験値って何?まさかとは思うけど、ギルドや商人からの依頼クエストをしたりとか、魔王をやっつけたりしたら技能や知識がどんどん向上するとか言い出さないよねえ」
「あれっ?違うの?」
「当たり前だあ!そんな便利なシステムがあるなら誰も苦労しない!冒険者クラスだって、ある一定以上の実績を上げたのをギルドが認めない限りランクアップしないし、だいたい、技能や知識レベルを何らかの形で数値化できるなら、ボクだって純粋な古代語魔法の実力だけなら、今より1つ上の『青銅ブロンズ』いや、2段階上の『シルバー』クラスに認定されても全然おかしくないけど、実際には一番下の『ペーパー』クラスなんだからさあ」
「マジ!?」
「結局、アツモリの『この世界の常識』とやらは、さっき言ってた『あにめ』だか『げえむ』だか知らないけど、いわゆるを、この世界の常識だと勘違いしてないか?」
「・・・・・」
 敦盛はエミーナの鋭い指摘に足を止めざるを得なかった・・・いや、それっきり何も言えなくなった。エミーナに一番痛いところを突かれて沈黙せざるを得なかったのだ・・・
「・・・この『幸せの靴ハピネスシューズ』は、普段の2、3倍以上も高く跳ね上がる事が出来るんだよ。だから結婚式で新郎新婦が互いに相手に履かせる靴として定番なのさ」
「えーっ!俺、結婚どころか、この世界から自分の世界に戻れるかどうかも分からないんだぞ!」
「まあまあ、もし戻れないと分かったら、その靴を履いてやるよ」
「「へっ?」」

 いきなりのエミーナの発言に敦盛もルシーダも固まった・・・

 最初、エミーナは何故二人が固まっているのか全然分かってなかったが・・・その意味を理解した!
「ちょ、ちょーっと待ってくれ!冗談に決まってる!冗談だよ」
 エミーナは顔を真っ赤にして慌てて弁解したけど、その額からは汗が出ていて、明らかにアセアセだ!
「・・・ったくー、まさかとは思うけど『終末の聖騎士パラディン』様を自分一人の願望の為に使うのかと本気で思っちゃったわよー」
「わりーわりー、調子に乗っちゃいましたあ!」
「だいたい、エミーナのように自分の部屋もロクに片付けられない人に『終末の聖騎士パラディン』様を任せられません!!」
「「へっ?」」
 今度は敦盛とエミーナがその発言に固まった・・・

 ルシーダが顔を真っ赤にしながら「冗談にしては言い過ぎました!すみませんでした!!」と平謝りしたのは言うまでもなかった。

「・・・ま、まあ、話を元に戻すけど、魔晶石を売った金でボクとルシーダの借金を返しても、それ以外にも剣や魔法道具マジックアイテムが幾つかあるから、それを売った金でアツモリの服や靴も買ってあげるよ。ボクだって、今でも魔術師学校の制服を着ているのはお金が無かったからだからね」
「私もよ。さすがに修道院の制服を着ている冒険者は私だけだからね」
「はーーー・・・靴の正体が分かって逆に悲しくなってきたけど、無いよりマシかあ」
「「アツモリー、元気だしてよー」」
「はあああーーー・・・」
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