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アツモリ、強敵と戦う

第35話 参加して欲しい

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 ボンゴと支店長はアクシオの命令で駆け付けた街の警備隊に逮捕され、支店の幹部や土産店の店長、その他、関係会社の社長も逮捕もしくは自主的な同行を促され、次々と警備隊の建物に連れて来られた。

 ルークス商会の倉庫には、ジイが機転を利かせて既にアルファード卿に命じて伯爵直属の騎士団を緊急出動させ周囲を取り囲んでいる状態だったから、警備隊からの連絡でそのまま倉庫に入り、中にいた全員を拘束すると同時に倉庫にあった物を次々と運び出した。アクシオ伯爵の凄いところは、その様子を隠す事なく市民に堂々と見せつけるよう命じたから、倉庫から鍵がゴロゴロ出てきた事と、運び出される大量の贅沢品や魔晶石を見た市民が唖然としていた程だ。これではグロリア大公やティーダ宰相が強権を発動したくても、噂が先に広まってしまって手遅れだ。

 ルークス商会が経営する土産物店は、あっという間に警備隊に接収されたが、真銀ミスリルの鍵はソリオが次々と店の外へ放り出した。ソリオは一目で土産物店にあった全ての真銀ミスリル製品が偽物と見抜いて、腹いせとばかりに店の外へ放り投げたのだが、ここでまたアクシオは凄い事をやった。
 なんと、積みあがった鍵を「炎の呪文で焼け」とエミーナ命じたのだ。しかもアクシオは機転を利かせて他の4つの土産物店に警備隊を走らせ、1つずつ鍵を買ってきてルークス商会の土産物店で売っていた鍵と一緒に置いた。

 エミーナは大勢の人々が見守る中、静かに右手のスタッフを掲げた。

【ここは赤き世界、全てを焼き尽くすところ・・・】

 エミーナが呪文を唱え始めると、あれほどあった市民の騒めきが一瞬のうちに静まり返った。殆どの市民は魔術師の唱える上位呪文というのを初めて見るとあって、固唾をのんで見守っていた。

【・・・我が敵を包み込め!全てを焼き尽くす地獄の炎よ!!】

 エミーナが唱えた炎系の上位呪文『灼熱地獄バーニングヘル』は完成し、大勢の市民から歓声の声が上がったが、その炎がおさまった時、ドロドロに溶けて元の形を留めない金属の塊が出来上がった。でも、その中でも4つの鍵は溶ける事なく形を留めていた。これを見た市民たちは、ルークス商会の土産物店で売っていた鍵が全部偽物だと知った。

 ボンゴは訴状と共に王都へ護送された。騎士は形の上では国王の部下だから、アクシオには逮捕する事は出来ても裁く事が出来ないからだ。でも、これだけ大勢の市民が『懺悔コンフェション』の呪文に撃たれたのを見ている以上、ティーダ宰相もグロリア大公も無罪には出来ない。そうなれば自分が疑われるからだ。最低でも騎士資格剥奪は免れないし、下手をしたら即日断頭台行きだ。
 支店長は警備隊から取り調べを受ける事になる。偽物の鍵をどこで手に入れたのか、他にも不正を働いてないかなど、厳しく追及される。裁判官はアクシオ伯爵だから有罪は確定したようなモノで、最低でも相当な罰金が科せられる。
 さすがのティーダ宰相も、これだけの大勢の市民が証人になってしまった以上、ルークス商会に対して手加減する事は出来ない。少なくとも本店とマイヤー支店に対して調査権を発動するしかなくなる。
 だが、それ以上に厄介なのは、マイヤー支店で偽物を売っていたという噂が広まると、ルークス商会に「金を返せ」とか「本物と取り替えろ」などという苦情が殺到するのが目に見えていることだ。火事場泥棒的な奴も相当いるだろうし、自業自得とはいえ相当の大騒ぎになるのは目に見えている。
 当然だが、ルークス商会は社長自らコンコルディア渓谷のドワーフ族に謝罪する必要がある。これをしないと全てのドワーフ族が取引を拒否する可能性があるから、コンコルディア渓谷のドワーフ族に支払う慰謝料も相当な額になるのは確実だ。ニセモノの鍵も『トカゲの尻尾切り』で全ての罪をマイヤーの支店長に押し付ける可能性が高いが、アクシオ伯爵の領内で不正をしたからには、少なくともルークス商会はアクシオ伯爵に謝罪する必要がある。そうでなければ次はアクシオ伯爵がルークス商会そのものを告発する可能性があるから、いくらグロリア大公の後ろ盾があるとはいえ、証拠がある以上、恥を忍んで頭を下げるしか無いのだ。
 さらには、今回の件でマイヤー支店の関係会社で働いていた無関係の人たちが失業する可能性がある。その保証については法律で本店が全責任を負う事になる。アクシオ伯爵が納得いく補償をしないと、今後、マイヤーやその周辺の商売が出来なくなるから相当上積みするしかないのだ。
 用心棒たちは全員が拘束されたが、怪我人はマイヤーの街の神官や司祭が治療してくれたけど、不幸にも亡くなった人もいる。その全てはソリオが原因だけど、非はルークス商会側だし、不正を知っていて用心棒をやっていたのだからソリオは正当防衛が適用されて無罪だ。というより、アクシオ伯爵がその場で無罪を言い渡したから、堂々と土産物店や倉庫のニセ真銀ミスリルを放り投げていたのだ。当然だけど敦盛たちも無罪を言い渡されている。
 ボンゴの家の財産は、カローラ家の当主であるアクシオが没収した。彼の妻子も結果的に甘い汁を吸っていた事になるのだから、手切れ金を渡されて即日追放処分である。侍女メイドや使用人たちはカローラ家に連なる他の家に移るか退職するかのいずれかを選ぶ事になるが、判断は本人たちに委ねられる。

 アクシオは自らの足でマイヤーの街をあちこち回って指示を出していたのだが、それらの指示を昼過ぎまで掛かって終わらせた。
「・・・おーい、アツモリ殿」
 アクシオは敦盛に右手を軽く上げなら声を掛けたけど、その敦盛はエミーナとルシーダ、サニーと共に大通りにあるカフェで寛いでいたところだ(当たり前だけどテラノは出勤して他の職員と共に管理組合の片付け(?)をやっていた)。いや、正しくはアクシオから「ここで待っていてくれ」と言われたから待っていたに過ぎない。

「・・・我が伯爵家で明日の昼、歓迎の宴をやるから、主賓として参加して欲しい」

 アクシオはニコニコ顔で敦盛たちを招待する事を伝えたのだが、その代わり・・・
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