壺の中にはご馳走を

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顔を返して

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 セミの声がうるさく響く夏。
 
 今年は例年より暑いと、各所で注意喚起がなされている。

 それでも人々は海に山に川にと、アクティブに夏を満喫している。

 
 人々が心を開放的にする季節。

 顔色を悪くしてフラフラと歩く青年がいた。

 彼の名前は神楽坂真也かぐらざかしんや

 量産系男子大学生を支えているのは、流行に乗り遅れないように買い揃えた洋服たちだ。

 しかし髪の毛は流行りとは違って長く、しばらくカットしていないようだ。

 筋肉量の少ない細身の体型が、彼をより一層頼りなく見せている。

 真也は大学1年生の夏をこんな形で迎えるとは思っていなかった――。


 ――5月初旬――

 恋人がいない男女5人で、心霊スポット巡りをすることになった。

 これは彼女を作るチャンスだと真也は張り切ったが、必死な様は女子をドン引きさせるのみであった。

 追いかければ追いかけるほど、逃げるのは世の常。

 念願の初彼女ゲットを成し遂げられず、しばらくふてくされた日々を送った。

 
 そして今、真也は鏡を見ることを極端に恐れている。

 彼女ができないのは容姿のせいだと呪ったのではない。

 鏡に映る自分が恐ろしくてたまらないのだ。

 家にある鏡には全て布をかけ、浴室の鏡にはガムテープをぎっしりと貼り付けている。

 鏡を避けるため、6月からは大学に行くことさえできなくなった。

 
 引きこもり生活が続く中、しばらくぶりに外を歩いているのは、ある店を訪れるためだ。


 人生に行き詰まった時、悩みを相談する場所はいくつかある。

 例え信じてもらえないような話でも、お金さえあれば聞いてもらうことは可能だ。

 そう、お金さえあれば。


 困ったことに真也にはお金がない。

 小遣いを貯めようにも、バイト先の鏡を恐れてすぐに辞めてしまう。

 お金をかけずに相談できるのは、家族や友人くらいだろう。

 彼らを心配させたくないという優しい性格がアダとなった。



 フラフラとした足取りでようやくたどり着いた。
 
 店先には「Tisa 毎週水曜日13:00~15:00営業中」という看板がかかっている。

 たったの週1回、それも2時間だけの営業時間内を狙ったのだ。
 
 カフェ「alouette#__アルエット__#」と美容院「KI」に挟まれた小さな店。

 アラビア風でおしゃれな雰囲気を醸し出している。


「ここが、チサ……」

 真也は力なくつぶやくと、ガチャリと扉を開けようと手を伸ばした。

 
 その時、後ろを2人組の女子高生が通った。

「ねーねー、このワンピ可愛くなぁい?」

 ビクッと後ろを振り返った時、女子高生の1人が持っていたコンパクトミラーが真也の方を向いていた。

 鏡は太陽光を反射して白く光るが、彼女たちが通り過ぎる一瞬、人の顔を確認できた。

 それは映るはずの真也ではなく、恨めしそうにこちらを睨む老婆の顔だった。
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