壺の中にはご馳走を

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バンギャ?

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 本日のティサでは音楽が流れている。

「この曲知ってますよ、百昌夫! この前テレビでやってました」

 レコードから流れる重厚感のある音は、スマートフォンで聴くのとは違う良さがある。


「チーッス!」

 軽い挨拶と共にやってきたのは、大きめの白Tシャツに黒いスキニーパンツの若い男性。

「園川翔です。SHOって名前でバンドのベースやってます」


 茉美はレコードを止めると、壺を机の上に置いた。

 話し始めろの合図だ。


「さっきも言った通り、俺、バンドやってるんですよ。

 高校の時の同級生と『マジカルグラッシーイズ』ってバンド組んでて。

 インディーズでCD出したこともあって、駆け出しバンドとしてはまずまずって感じです。


 定期的に小さい箱でライブもしてます。

 知ってます?

 ライヴ会場って、人がたくさん集まって楽しそうな場所でしょ?

 加えて防音の関係で地下にあることが多いんですよ。

 そういう場所は霊が寄ってきやすいらしく、メンバーの横井ってヤツはよく見たって話をするんです。


 俺も含めて他のメンバーは霊感ゼロなんで、霊感持ちは大変だなくらいにしか思っていませんでした。

 あの女を見るまでは……。


 初めて見たのは、ステージ上でした。

 ステージの真ん中にボーカル、上手にギター、下手がベース、後方にドラムが陣取っています。

 俺はベースなんで、下手側の客がよく見えるんですよ。


 その日は後ろの方がやけに白くて、ドアが開いているか、照明の不具合を疑いました。

 でもよく見ると、光の中に女が立っていた。

 顔が隠れるほどの長い黒髪で、服は確認できなかったんで白い服が光で飛ばされてるのかなと。


 髪の毛が長くて、白いワンピースのような服。

 バンギャっぽくないんですよ。

 髪の毛にメッシュを入れて派手にしたり、黒で一色でコーデしたりする子が多いんで。

 これはヤバイ物を見たなと、じんわりとした恐怖に襲われました。


 ライブ終わりに横井に

『なぁ、ヨコ。変な女いたよな?』

『女? 白いモヤはかかってたよ。多分そんなに心配しなくていい奴』

 ドラムの位置からははっきり見えなかったようです。

 横井より俺がビビってて、メンバーたちにからかわれたくなくて、それ以降この話はしませんでした。


 でもその箱でまたライブする日はあるわけで。

 内心ビビってたけど、女が姿を現すことはありませんでした」
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