壺の中にはご馳走を

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選ばれた②

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「…………。


『おい雅人、起きんか!』

 父の声で目が覚めた。

 外から入る赤い光が、隙間だらけの小屋を明るくした。


『おい雅人、起きんか!』

 また父の声がする。

 しかし事前に言われていたように、戸を開けることはなかった。

『約束を忘れたの?』

 と言いたかったが、口をパクパクするだけで声が出なかった。


 沈黙が流れた。

『雅人、出ておいで』

 今度は母の声だった。

 返事だけはしたいが、またもや声が出ない。


『雅人、出ておいで』

 しばらくすると、赤い光がなくなり小屋は再び真っ暗になった。


 小屋に灯りが戻った時、兄の声が響いた。

『父ちゃんと母ちゃんが呼んどる。はよ、こっち来い』

『父ちゃんと母ちゃんが呼んどる。はよ、こっち来い』

『父ちゃんと母ちゃんが呼んどる。はよ、こっち来い』

 呼吸を置かず繰り返された。


 俺は声の主が兄ではないと気づいた。

 兄はお父さん、お母さんと言っていたからだ。

 偽物の兄は長い時間そこにいて、俺は体が硬くなるのを感じた。


 そして緊張と寒さからトイレに行きたくなった。

 偽物の兄という奇妙な存在は気になったが、真っ暗な小屋ではトイレも碌にできない。

 だから、小屋の外に立っているのが誰であっても、それが小屋の中を照らしている間にトイレを済ませる必要があった。


 壁沿いに設置されたボットン便所で用を足した。

 嫌な視線を感じて壁を方を見ると、隙間からギョロリと目玉がこちらを見ていた。

『父ちゃんと母ちゃんが呼んどる。はよ、こっち来い』

 その目玉から聞こえたのは兄の声だった。


 俺は恐怖し、急いで毛布にくるまって目玉から隠れた。

 帰りたいと声に出せないまま、泣きじゃくった。

 泣き疲れたのだろう、次に目を覚ました時、小屋の中は明るかった。


 ついに朝を迎えたのだ。

 明るいというだけで、夜中に遭遇した目玉への恐怖心が和らぐ。


 外から婆さんが

『終わったから出てこい』

 と言った。

 やった!、と声を出そうとしたが、まだ声は出せなかった。


『終わったから出てこい』

 戸を開けようとした時、父との約束を思い出した。

 父は婆さんが戸を開けると言った。

 この声の主は、俺に戸を開けさせようとしている。


『開けないよ』

 喉に張り付いた何かが取れたように、すんなりと声が出た。


 地響きするほど低い男の声で

『おかしいなぁ。知っていたなぁ』

 きっと目玉の本当の声だと思い、再び視界を毛布で覆った。


 しばらくしてから婆さんが戸を開けた。

 婆さんは白装束を脱がせながら、ボソリとつぶやいた。

『クソガキが』


 父と母、兄が待つ家に帰れたのは、昼過ぎのことだった。

 父と母は大号泣、事情が分からぬ兄もつられて泣いた。


 数ヶ月後、俺たち家族は都会へと引っ越した。

 父は転職し、母は慌てて荷造りをし、逃げるように出て行ったんだ。

 引越しの理由は、あの夜の出来事と深い関係があるのだろう。


 中学の時にさり気なく訊ねたことがある。

 あの日、俺は何に選ばれて、戸を開けていたらどうなっていたのか、と。

 しかしはぐらかすだけで、語られることはなかった。


 父と母は他界してしまった。

 だから、俺はこれからも真相を知らぬまま生きていくんだ」 
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