壺の中にはご馳走を

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もの言う花②

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「観光客がない朝4時。

 外は明るくて、滝まで迷わずたどり着けた。

 ざあざあと音を立てる滝をしばらく見つめていると、真ん中が割けた。

 水が一滴もかからないほどパックリ!

 常連が言っていた鍾乳洞を見つけたの。


 ひんやりと肌寒い洞窟内を進むと、とりわけ色鮮やかな空間に出た。

 キラキラして見えたのは、エメラルドグリーンの水溜まりの反射だった。

 永遠の若さを与える水溜まり。



 同時に若い女も見た。

 私は昔から霊感があって、そういうのは初めてじゃなかったから見えないフリをしたの。

 女は平安時代みたいなメイクで、ニチャアと笑った口はお歯黒だった。

 霊を怖がることより、時代錯誤のメイクが気になって、我ながら職業病に呆れた。


 女を無視して水溜まりの前に屈んだ。

『お前、見えてるだろ?』

 接近し私を見下ろす女を、視界の端の捉えた。



 正直、馴れ馴れしい、友達かよってうざったく思えた。

 問いかけには答えないで、顔に水をバシャバシャかけた。

 女は

『あーやっちゃったねぇ』

 と嬉しそうに言った。


『フフフフフ……』

 不快な笑い声を背中で聞きながら、鍾乳洞を後にした。


 滝からの帰り道、何人もの人とすれ違ったの。

 まだ早い時間だったから観光客は数人。

 残りは死んだ人間。

 鍾乳洞にいた女と同じようにお歯黒をしていた。


 少女から老婆まで、すれ違う時にブツブツ唱えていた。

『お前は綺麗だね、いいねぇ』

 って。


 それだけで何もされなかったから、今日まで私は平穏に過ごしてるわ。

 肌の調子はすごく良くて、機械で計測したら肌年齢が若返ってた!

 肌荒れもしなくなったし、疲れが顔に出なくなったからメイクが楽なの。


 顔そのものは変わっていないのに、滝に行ってから3社も芸能事務所からスカウトされた。

 自意識過剰みたいだけど、この容姿は不思議と人を惹きつけるの。

 永遠の若さも本当かもしれない。


 不満があるとすれば、あの日からずっと視界の端にあの女が立ってる。

 まぁ、そのおかげでストーカーからの嫌がらせにも耐えられるんだけどね。

 だって付きまとってくる男より、禍々しいオーラを出してるんだもん。


 でも私がここへ来たのは、女が怖いからじゃない。

 作られた美しさや若さに、退屈してきたからよ。

 あれは魔法の水じゃなくて呪いね。

 ずっーとピチピチでいなくちゃいけないっていう。


 私はこれからも年をとって、時には抗いながら、でも最終的には全てを受け入れたい。

 この心に宿る美しさは、見た目とは比にならないほどかけがえないものだから。

 フフッ、革だってエイジングあってこそじゃない?

 人間もそれと同じよ!」
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