壺の中にはご馳走を

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くじらの一生

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 雪が降っている。


「こんにちは。今日は寒いですねぇ。って茉美さん薄着じゃないですか! いくら暖房が効いてるからって、季節感がないですよ~」

「この前まで暑いとぼやいていたくせに」

 ホカホカのたい焼きを片手にした真也が、客の来店を今か今かと待っている。


 たい焼きが冷める前に、客が訪れた。

 洒落着の中年男性。

 丸眼鏡も相まって、前時代的な印象を受ける。


「ああ、これはどうも。たい焼きに緑茶なんて、ご馳走ですね。うんうん、体の芯から温まる」

 男が食べる姿を見て、真也も満足そうである。


 たい焼きを平らげた男は、1冊の本を見せた。

 革表紙で何百ページにも及ぶ分厚い本。


「これの相談をしようと思いまして……。

 この本のタイトルは『くじらの一生』

 そして私の名前も――。


 申し遅れました。

 私は興津くじらといいます。


 私がこの本を手に取ったのは小学3年生の頃。

 本の虫だった私は、学校の図書室で見つけた重厚感あるこの本にたちまち興味を持ちました。

 そしてタイトルに自分の名前が使われているではありませんか!

 くじら、なんて名前は珍しいですから、これは運命か何かだと思ってすぐに借りました。


 読んでいくと、どうやら1人の少年の生涯を描いているようで。

 誕生してからのことが事細かに書かれている。

 
 そうして気づいたんですよ。

 これは私が生まれてからの出来事が書き綴られていると。


 例えばね、ここにある、『就寝中、祖母の霊に会う』という部分。

 小学1年生の時、寝ていると急に金縛りにあったんです。

 胸の上に何か乗っかっている感覚で目を開けると、そこにはゲッソリやせ細った老婆が座っていました。


 当時は何だこのババアは! と恐怖で両親にも話せませんでしたよ。

 でもよく考えたら、あれは祖母の顔でした。

 幼い私はふくよかで笑顔の柔らかい祖母しか記憶に留めておりませんでしたが、死の直前、祖母は病気で体重がかなり落ちていましたから。

 あの日、私に乗っかったのは、孫に会いたかったのかもしれませんね。


 他にもね、25歳のこの記述。

『彼女にフラれる』

 いやあ、この時は悲しかったですね。

 初めてできた彼女に突然別れを告げられた時の気持ちったら……!



 この本は私の身に起きる全てを書き綴った預言書なんですよ」
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