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謝罪

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 パーティーから1週間が経った。

 今だにオリヴァーとの関係は修復されず、リチャードにも心配される始末だ。

 私が一方的に避けているのだから、オリヴァーが頑張ってどうにかできることでもない。

 淀んだ空気の原因である私がこの状況に文句を言う資格はない。

 ただ、オリヴァーを見るとどうしてもクロエを思い出してしまう。
 それが辛くて現実逃避の真っ最中なのだ。


 今日も花畑で時間を浪費している。

「本当にきれいに育ったね。色んな人の役に立つなんて、私にも分けて欲しい……」

 アリアに勇気が出なかったことを話したら

「意気地なし!」

 と怒られた。

 アリアは私が思いつめるのではないかと心配し、研究の合間を縫って花畑に顔を出してくれる。

 返さなければならない恩がどんどん積み上がっていく。

 オリヴァーに婚約のことを聞こう、アリアに食事を奢ろう、リチャードに「心配は要らない」と言おう。

 やりたいこともやるべきことも分かっていて動くことができないのは、今の私がかつての私と地続きの存在だからだ。

 (異世界で変われた気がしたけど、繰り返してただけなんだなぁ)


 慰めも叱責もしない花に囲まれてぼんやり空を見上げる。

「ご機嫌よう。今よろしいかしら?」

 花畑で声をかけられると、オリヴァーと初めて会った時のことを思い出す。

 しかし目の前に立っているのはクロエだ。

 最も会いたくない人物だ。

「サクラさん?」

「……あー、こんにちは。オリヴァーなら街に出て薬を配ってると思いますよ」

 クロエは今日もパラスリリーで一番上質なドレスを着ている。
 上手く目を合わせられないのは、クロエの後ろで燦々と煌く太陽のせいだけではない。


「今日はあなたに謝りたくて伺ったのです」

 クロエは白い手袋をはめた右手を胸に当て、伏し目がちに言った。

「この前はごめんなさい。わたくしの失礼をお許しください」

「どうして謝るんですか?」

(これ以上惨めな気分になりたくない!)

 こういう時は放っておくのが一番だと、パラスリリーでは教えていないのか?

 今の状態では謝罪すらまともに受け取ることができない。

「あの時サクラさんはとても傷ついたお顔でしたわ。自室ではわたくしの話ばかりで、サクラさんへの配慮が欠けていたと反省しております」

 クロエは座り込んでいる私の横に腰を下ろした。

「あっ、素敵なドレスが汚れちゃいます」

「構いませんわ。あなたと同じ風景を見ながらお話したいのです」

 物理的にも心情的にも目線を合わせようとするのはオリヴァーに似ている。

(……やっぱりお似合いだな)

 抑え込んでいた気持ちは臨界点を超え、よりにもよってクロエに吐露してしまう。

「私、今とっても恵まれてるんです。よく寝て決まった時間に食事ができて、友人もいる。最近は簡単なものだけど薬も作れるようになって、人の役に立てるかもって希望が見えてきました」

 ポツリポツリと話すのをクロエは黙って聞いている。

「でもそれだけじゃ物足りなくて、分不相応な願いまで持っちゃったんです。欲張りな自分を心底軽蔑しています」

 言葉にすればするほど自業自得としか言いようがない。

 傷付く覚悟もないのに欲しがった罪だ。
 足るを知ることができなかった人間は報われない。

 
 クロエは静かに、今までで一番凛とした声色で言った。

「わたくしは商船で様々な国を訪れました。ロームシュタットでバレエを鑑賞した時、全身をビリビリと稲妻が走ったの。自分が舞台の主人公であるかのような高揚感で胸が高鳴りましたわ!」

 クロエは恍惚な表情を浮かべている。

「今もわたくしはあの舞台の上にいるのよ。時には国を動かす為政者と。時には物乞いする浮浪者と」

 リズミカルに指を踊らせている指先が色っぽい。

「観客がいなくてもいいじゃない! 一人でグルグルと踊ってもいいじゃない! 人生は思うがままに踊ってこそ高潔で尊いものになるのよ!!」

 まるで別人のような情熱的な言葉の数々。
 大人数の聴衆に向けたスピーチのように、視線は遠くの方へ伸びている。
 お人形のようなクロエから想像できないほど生き生きとしている。

 
 クロエは意識を私に戻す。

「あら、またわたしくだけが話してしまいましたね」

 私の両手をガシッと握って、

「でもね、サクラさん。これだけは忘れて欲しくないわ。わたくしたちは皆、強欲でいつも何かを追いかけてるの。わたくしだって世界の全てを手に入れたいのです。それは決して悪いことじゃありませんわ。本当に悪いのは舞台で踊る自分を恥じること。失敗を恐れて踊りを止めてしまうことです!!」

 私はクロエを勘違いしていたようだ。
 美しさや地位、お金、全てを持ち合わせて、その上オリヴァーの心まで掴んでいるズルい女性だと思っていた。

 しかし実際は心に情熱を秘めた芯の強い女性だった。

 誰もが知る「クロエ嬢」という呼称にばかり気を取られて、勝手なレッテルを貼ったことが申し訳ない。

「クロエさん、ありがとうございます。私、もっと自分の生き方を見直そうって思いました!」

 この人にはきっと敵わないだろう。

 私よりも多くのことを経験し、それに裏付けられた自信は何よりも気高い。
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