39 / 77
本物との遭遇
しおりを挟む
パラスリリーを出航して4日目――。
嵐になることもなく、食糧や水の備蓄も十分過ぎるくらいだ。
これが冒険なら退屈してしまうが、この先に待つ目的を思うと少しでも長くのんびりしていたい。
「いや~それにしてもドクターが来てくれて助かるッス」
オリヴァーは数日で未経験だった船の扱いを習得した。
これまで研究にのみ使っていた脳の領域が、船乗りとしての才能を開花させた。
「薬も持ってきたから安心してね」
非日常的な海での暮らしも、オリヴァーがいると研究所にいるような安心感がある。
が、それもすぐに崩れ去る。
「イワンさん、アレ何ですか?」
骸骨の旗をなびかせた巨大な船が近づいてくるではないか!
(まさか、これが海賊ってヤツ!?)
元海軍のイワンは海賊など見慣れているはずだ。
一方でオリヴァーは私と同じように初遭遇だろう。
オリヴァーの恐怖で引きつったレアな顔を拝もうと見上げると、予想に反して落ち着いている。
「な、なんで2人ともリラックスしてるんですかー!」
私だけが間抜けに船上をウロウロする。
そうしている間にも海賊船(仮)は距離を詰めている。
オリヴァーはクスッと笑った。
「前にも言ったじゃないか。パラスリリーの船は絶対に襲われないよ。香水を載せた商船なんか襲ったら貴族から恨まれる。世界を敵に回すことに等しいからね」
言われてみれば警戒しすぎたかもしれない。
パラスリリーの安全が保障されているのは、これまでの長い貿易で裏付けられている。
小っ恥ずかしくなり、気を取り直してお茶でも淹れようと船内に向かう。
しかしイワンの一言で状況は深刻さを増した。
「お二人は船内に入ってくださいッス」
私とオリヴァーはイワンを見た。
「あれはただの海賊船じゃないッス。死神海賊団に世界のルールは通用しないッス」
イワンは決して落ち着いていたわけではなかった。
刻一刻と迫る脅威にどう対抗しようか思案していたのだ。
オリヴァーに腕を引かれ、船内へと走る。
が、船がグラリと大きく揺れるせいで思うように動けない。
海賊船が大砲を撃ち込みながら近づいているからだ。
「自分の命に代えても守るッス」
幸運なことに大砲の直撃は免れたが、海賊船はついに船の針路に立ちふさがった。
「どうしよう! イワンさんを助けなきゃ」
「危険だ。今は彼に任せよう」
イワンの元へ駆け寄ろうとするが、オリヴァーに羽交い締めにされ動けない。
武器を持たずに最前線にいるイワンと、後方から見ていることしかできない私たち。
海賊船からはワラワラと海賊たちが顔を覗かせ、無力としか言いようのない構図を嘲笑する。
「お頭の言う通り、パラスリリーの船に護衛はいないぜェ!」
「あそこには女もいるなあ!?」
オリヴァーが前に出て私を隠す。
海賊たちを押しのけて奥から中年の大男が現れた。
「ガーハッハッハー! パラスリリーの商人たちよご機嫌よう。命が惜しければ全ての食糧と金、そして香水を渡してもらおう」
この男はきっと船長だ。
命が助かるならと、船室に保管してある香水を取りに行く。
背中で動きを察知したイワンの声が響く。
「ダメっす! それはパラスリリーの宝ッス。死神海賊団は、死神のように目を付けた人間の命を刈り取るッス。こいつらは船を沈めるつもりッス」
命乞いができないと知り、絶望の淵に落とされる。
オリヴァーはあまりにも外の世界を見てこなかったため、このような状況すら楽観的に考えていた。
「大丈夫。何か方法があるはずだ。きっと分かってくれる」
世の中には話し合いが通じない人間がいる。
そんな人間には関わらないのが一番だ。
もし遭ってしまったら?
戦うか、泣き寝入りするかだろう。
戦わなければこのまま船は沈み、戦ってもこの戦力差では惨たらしく命を落とすだけだ。
パラスリリーの商船がこんな危険と隣り合わせだったとは……。
いやむしろ、私たちは今まさにパラスリリーの歴史に刻まれる大不運に見舞われているのではないだろうか。
船長はイワンに対し、さらに大きな声で威嚇する。
「ガーハッハッハー! 俺たちのことをよーく分かってるじゃないか! それでおめぇはどうするんだァ?」
イワンは懐からナイフを取り出し構えた。
「自分がこの船を守るッス」
それまで静かに船長の声に耳を傾けていた海賊たちが一斉に笑いだした。
「ギャーハハハ! そんなナイフ1つでどう戦うってぇ?」
「見ててくだせぇお頭! 俺が一人であいつを殺って来ますゼ」
屈辱を受けたイワンは、なおも前を見続けている。
そして大声で叫んだ。
「戦いで――――ッ、大切なのは――――ッ、前に進み続けることだ――――ッ!!!! オルロフ中将の――――ッ、教えは――――ッ、悪に屈しない――――ッ!!!!」
勇敢で気高い軍人の言葉だった。
しかし気概だけで戦いに勝てるとは思えない。
イワンの最期を見届けることになると覚悟した。
少しの沈黙の後、まさに火蓋が切られようとする空気の中、船長が動いた。
嵐になることもなく、食糧や水の備蓄も十分過ぎるくらいだ。
これが冒険なら退屈してしまうが、この先に待つ目的を思うと少しでも長くのんびりしていたい。
「いや~それにしてもドクターが来てくれて助かるッス」
オリヴァーは数日で未経験だった船の扱いを習得した。
これまで研究にのみ使っていた脳の領域が、船乗りとしての才能を開花させた。
「薬も持ってきたから安心してね」
非日常的な海での暮らしも、オリヴァーがいると研究所にいるような安心感がある。
が、それもすぐに崩れ去る。
「イワンさん、アレ何ですか?」
骸骨の旗をなびかせた巨大な船が近づいてくるではないか!
(まさか、これが海賊ってヤツ!?)
元海軍のイワンは海賊など見慣れているはずだ。
一方でオリヴァーは私と同じように初遭遇だろう。
オリヴァーの恐怖で引きつったレアな顔を拝もうと見上げると、予想に反して落ち着いている。
「な、なんで2人ともリラックスしてるんですかー!」
私だけが間抜けに船上をウロウロする。
そうしている間にも海賊船(仮)は距離を詰めている。
オリヴァーはクスッと笑った。
「前にも言ったじゃないか。パラスリリーの船は絶対に襲われないよ。香水を載せた商船なんか襲ったら貴族から恨まれる。世界を敵に回すことに等しいからね」
言われてみれば警戒しすぎたかもしれない。
パラスリリーの安全が保障されているのは、これまでの長い貿易で裏付けられている。
小っ恥ずかしくなり、気を取り直してお茶でも淹れようと船内に向かう。
しかしイワンの一言で状況は深刻さを増した。
「お二人は船内に入ってくださいッス」
私とオリヴァーはイワンを見た。
「あれはただの海賊船じゃないッス。死神海賊団に世界のルールは通用しないッス」
イワンは決して落ち着いていたわけではなかった。
刻一刻と迫る脅威にどう対抗しようか思案していたのだ。
オリヴァーに腕を引かれ、船内へと走る。
が、船がグラリと大きく揺れるせいで思うように動けない。
海賊船が大砲を撃ち込みながら近づいているからだ。
「自分の命に代えても守るッス」
幸運なことに大砲の直撃は免れたが、海賊船はついに船の針路に立ちふさがった。
「どうしよう! イワンさんを助けなきゃ」
「危険だ。今は彼に任せよう」
イワンの元へ駆け寄ろうとするが、オリヴァーに羽交い締めにされ動けない。
武器を持たずに最前線にいるイワンと、後方から見ていることしかできない私たち。
海賊船からはワラワラと海賊たちが顔を覗かせ、無力としか言いようのない構図を嘲笑する。
「お頭の言う通り、パラスリリーの船に護衛はいないぜェ!」
「あそこには女もいるなあ!?」
オリヴァーが前に出て私を隠す。
海賊たちを押しのけて奥から中年の大男が現れた。
「ガーハッハッハー! パラスリリーの商人たちよご機嫌よう。命が惜しければ全ての食糧と金、そして香水を渡してもらおう」
この男はきっと船長だ。
命が助かるならと、船室に保管してある香水を取りに行く。
背中で動きを察知したイワンの声が響く。
「ダメっす! それはパラスリリーの宝ッス。死神海賊団は、死神のように目を付けた人間の命を刈り取るッス。こいつらは船を沈めるつもりッス」
命乞いができないと知り、絶望の淵に落とされる。
オリヴァーはあまりにも外の世界を見てこなかったため、このような状況すら楽観的に考えていた。
「大丈夫。何か方法があるはずだ。きっと分かってくれる」
世の中には話し合いが通じない人間がいる。
そんな人間には関わらないのが一番だ。
もし遭ってしまったら?
戦うか、泣き寝入りするかだろう。
戦わなければこのまま船は沈み、戦ってもこの戦力差では惨たらしく命を落とすだけだ。
パラスリリーの商船がこんな危険と隣り合わせだったとは……。
いやむしろ、私たちは今まさにパラスリリーの歴史に刻まれる大不運に見舞われているのではないだろうか。
船長はイワンに対し、さらに大きな声で威嚇する。
「ガーハッハッハー! 俺たちのことをよーく分かってるじゃないか! それでおめぇはどうするんだァ?」
イワンは懐からナイフを取り出し構えた。
「自分がこの船を守るッス」
それまで静かに船長の声に耳を傾けていた海賊たちが一斉に笑いだした。
「ギャーハハハ! そんなナイフ1つでどう戦うってぇ?」
「見ててくだせぇお頭! 俺が一人であいつを殺って来ますゼ」
屈辱を受けたイワンは、なおも前を見続けている。
そして大声で叫んだ。
「戦いで――――ッ、大切なのは――――ッ、前に進み続けることだ――――ッ!!!! オルロフ中将の――――ッ、教えは――――ッ、悪に屈しない――――ッ!!!!」
勇敢で気高い軍人の言葉だった。
しかし気概だけで戦いに勝てるとは思えない。
イワンの最期を見届けることになると覚悟した。
少しの沈黙の後、まさに火蓋が切られようとする空気の中、船長が動いた。
0
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
アルバのたからもの
ぼっち飯
児童書・童話
おじいちゃんと2人、幸せだったアルバの暮らしはある日を境に壊れてしまう。精霊が見えるアルバはしばらく精霊の世界に匿われているが、そこは人間の大人は暮らしてはいけない場所だった。育ててくれた精霊・ウーゴのもとを離れて、人間の国で独り立ちしたアルバだったが…。
※主人公のアルバは男の子でも女の子でも、お好きなように想像してお読みください。小学校高学年向けくらいのつもりで書いた童話です。大人向けに長編で書き直すか、迷ってます。
※小説家になろう様で掲載したものを短編に直したものです。カクヨム様にも掲載中です。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる