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贈り物は気持ちを込めて②

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 リチャードの執務室をノックし、入れの合図でドアを開ける。

「リチャードさーん。失礼しまーす。『讃歌の日』で――」

 室内には大量の贈り物があった。

「わあ!? こんなにもらったんですか?」

「ああ、今日はそういう日だからな。来年も祝ってもらえるように、俺たちは平和を守るだけだ」

 リチャードは来客の対応で疲れていたが、迷惑そうではなかった。

 
 チラリと私たちの荷物に視線を移したのを感じる。

「あの~リチャードさんにこれを……」

 クッションが入った包みを渡す。

「ありがとう」

 包みを開けてクッションだと確認した上で付け加える。

「お仕事が大変だと思うので――」

 なぜかリチャードは顔を真っ赤にして慌て始める。

「おっお前、もしかしてオリヴァーから聞いて! 俺が、薬をもらってると!?」

 予想していない反応に私も慌ててしまう。

「どどど、どうしたんですか?」

(喜んでもらうどころか、まさか怒ってる!?)

 なおも顔を真っ赤にして冷静さを失うリチャード。

「勤務中にこんな物を敷くなど、団員に知られたら――」

「えっ!? これは自宅で少しでも疲れをとってもらおうと……」

 リチャードは一瞬顔をハッとさせ、咳払いをして何事もなかったかのように振舞う。

「そ、そうだな。そうしようと思っていた。ありがたくもらっておく」

 態度を急変させ、場を収めようとするのがそこはかとなく怪しい。

 
 長時間のデスクワークに、オリヴァーの薬……。

(ははーん。さてはリチャードさんですねぇ)

 取り繕っても無駄だと表情で訴える。

「あとこれは自警団の皆さんで食べてください」

(もうバレてますよ? アリアに言ってもいいんですよ?)

「か、感謝する。サクラは本当にな」

 リチャードを前に緊張するアリアにこの攻防は気づかれていないが、リチャードの戦意喪失により私の圧勝で終わった。

(アリアもそんなに緊張しなくていいのに)


「リチャードさん。今日は私じゃなくてアリアがここに来ようって提案したんですよ」

 勝者の余裕で友人の援護も完璧だ。

「リチャード様、これお気に召すといいんですけど……」

 ステッキを手に取ると、リチャードは弾んだ声で言った。

「これはカーチス社のステッキじゃないか! 鷹が彫刻されたものは希少性が高いと聞く。こんな高価な物を送られるなんて俺は幸運だな!」

 誠実を絵に描いたような眼差しは、アリアの心を確実に打ち抜いた。

 アリアは「きゃっ」と言って口を両手で覆ったかと思えば、私のドレスの袖を掴んで一目散に屯所の外へ出た。


「ねえ、見た?? リチャード様があたしに、あたしに……!!」

 会話どころか呼吸すらままならない。

「良かったじゃない。一生懸命選んだ甲斐があったね。あの反応なら他の贈り物に埋もれないはず!」

「サクラぁ~。ありがとう~」

(ちょっとは恩返しできたかな)

 リチャードへの贈り物を済ませ、それぞれの帰る場所へと歩いて行く。

(さて、あとはオリヴァーだけね)



 研究所の扉を開けると、出迎えたのは山積みの贈り物たちだった。

(さっき見た光景……)

 万事屋のような品揃えで、当分は買い物しなくて良さそうだ。

 あの超高級そうな懐中時計はクロエからだろうか。
 マーケットで見た物より上質で、お金が不足していたのは結果オーライだ。


 贈り物の山をマジマジと見ていると、奥の部屋からオリヴァーが顔を出す。

「おかえり! ああ、これは毎年のことなんだ……アハハ」

 いつも奉仕する立場にあるオリヴァーにとって、受け取る側になるのは慣れていないのかもしれない。

「知ってますよ。私もオリヴァーに『讃歌の日』の贈り物があるんです。奥の部屋に行きましょう」

 
 テレビもラジオもない世界、部屋は静寂に包まれている。

 改まって贈るというのは緊張するもので、アリアの緊張までもらってきたようだ。

「私からの贈り物です」

「ふふ、何かなあ」

 オリヴァーは丁寧にラッピングを外し箱から万年筆を取り出す。

「オリヴァーはいつも研究を頑張っているので、仕事道具がいいかなと思って……」

 食べ物の方が無難だっただろうか。
 まさか今日おしゃれデビューを果たして、衣服に興味を持っているなんてことはないだろうか。

(ちょっと地味だったかな)

 贈り物の数々と比較したせいで苦い表情をしてしまう私にオリヴァーは言った。

「ありがとう。とっても嬉しいよ! これを使うたびにサクラと研究してる気分になれるね!」

「なっ」

 アリアの言葉が頭の中を駆け巡る。
――見るたびにあたしを思い出してくれる――

「そんなつもりはっ!」

 オリヴァーの笑顔を見ると調子が狂ってしまう。
 胸がキュッと苦しくなる。

 手放して無くなったはずの恋心が戻って来そうで、服の上からネックレスをギュッと掴んだ。

「サクラ、今後のことで大事な話があるんだ」

 今の心情では自分の都合の良いように期待してしまう。

「オリヴァー……ちょっと……まっ、て……」

 恋はこんなにも酸素を欠乏させるものだったか?
 呼吸ができなくなるほどの胸の苦しさと、ぼんやりとした視界。

「サクラ、どうしたの!?」

 オリヴァーに大丈夫だと伝えたいが、体の感覚が鈍くなり始め、口をパクパクさせるのでやっとだ。

(――助けてオリヴァー!)

 もはや椅子にもたれ掛かることすらできず、バタンと床に倒れこむ。

「サクラ!? サクラ!!」

 私の体を抱き上げ名前を呼ぶオリヴァーの声を遠くに感じながら意識を失った。
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