上 下
29 / 77

衝撃③

しおりを挟む
「クロエは何だって?」

「やはりサクラに宝石を渡したのはクロエだった。ルイスとクロエの自供を得て、2人とも処刑した。すまない事後報告になって」

 その言葉を聞き、思わず扉を開けてしまった。

「処刑ってどういうことですか!!」

 リチャードとオリヴァーはバッと私の方へ体を向ける。


「お前盗み聞きしてたのか!」

「まだ寝てなきゃ駄目だよ」

 私をベッドに戻そうとするが、動くつもりはない。

「もう元気だから大丈夫です!! それより処刑って何ですか」

 2人は顔を見合わせると、ため息を吐いてリチャードから許可が出た。

「分かった。確かに被害者のお前が何も知らされないのは納得できないだろう。ここに座れ」

 
 入室し椅子に座る。
 本当はベッドで横になりながら聞きたいほど体には重だるさがあったが、こちらの都合を押し付けるのも気が引けるくらい2人の表情は険しい。

「いいか? これからお前にも分かるように説明する。これは俺とオリヴァーにとっても大事な話だ」

 オリヴァーをちらっと見たが、リチャード一点を見つめている。

「サクラを暗殺しようとしたのはクロエだ。今日までの取り調べて父親のルイスが自供している。今回の件はクロエだけではなくキャボット親子が関わっていた」

(だからっていきなり処刑なんて)

 
 不服そうな私の表情を見たオリヴァーにたしなめられる。

「キャボット家が暗殺に関与したことが知れ渡れば、その衝撃で皆の心は傷付き荒む。国の大事な産業である薬が作れなくなったら、パラスリリーは立ち行かなくなる。だから罪人が裁かれるのは当然のことなんだよ」

 オリヴァーの苦しそうな心情が伝わる。

 薬が作れなくなるほどのストレスを抱えるリチャードにも申し訳なくなった。

「ごめんなさい」

「お前は何も間違ってない。処刑なんて誰だって目を背けたくなるものだ。だから俺がいる」

 
 リチャードはひと呼吸置いて話しを続けた。

「キャボット親子は貿易で外部と接触を図る機会に恵まれていた。そこでウォルトンと手を組んだようだ」

 オリヴァーが椅子をガタリと鳴らして反応する。

「ウォルトン!?」

「ああ、ウォルトンだ。サクラに紹介することになるとは思わなかったな。ウォルトンは俺たちの幼馴染だった」

 クロエが見せた写真にいたもう1人の子供だろうか?


「ウォルトンは訳あって国外追放された男だが、ひそかに毒物の研究を進めていた。クロエが持っていたのは試作品だ。ウォルトンとキャボット親子は毒を完成させ、世界を支配しようとしていた」

「じゃあ、あの毒はまさか『スイレンのトゲ』だったのか?」

 オリヴァーの顔は真っ青だった。

「ああ、そうだ。国外追放のどさくさに紛れて、持って行ったらしい」

 
 いつかのアリアの話を思い出す。

「それってパラスリリーの怖い話のアレですか?」

「今はそうなってるな。だが、『スイレンのトゲ』は実際に存在する」

 リチャードはオリヴァーに目配せをする。


「それなら僕の方が詳しいから説明するね。サクラもスイレンは知ってるよね?『スイレンのトゲ』はスイレンであってそうでない。全く別の植物で、トゲには猛毒が含まれる。ウォルトンはそれを発見して、悪いことをしようとしたから国外追放されたんだよ」

 あれは都市伝説ではなかったようだ。
 失踪した共同研究者はウォルトン?

「その当時、自警団長はリチャードのお父様ルディさんがやってて、『スイレンのトゲ』に関する情報は皆を動揺させる危険なものだから、発見自体を無かったことにしたんだ。幸い、存在を知っていたのはリチャードと僕、そしてウォルトンとクロエだけだったから」

 彼らはそれぞれ異なる道を選んだのだ。
 奉仕する側と暗躍する側に。

「どうしてネックレスをもらったのが私だったんですか」

 リチャードはあまり多くを語りたくないような素振りを見せる。

「新入りのお前で試してみようと思ったんだろ」

 未だにクロエの意志だと信じたくなかったが、現実クロエの贈り物によって私は殺されかけたのだ。


「とにかく自警団としては『ナリスバーグ』にいるウォルトンを連行し、直ちに処刑する方針だ。俺はもう腹を括った。こんなことまで仕出かして、もはや情状酌量の余地はない」

「ナリスバーグってどこにあるんですか?」

 オリヴァーが答える。

「ここからずっと西にある国だよ」

「事件の性質上、大っぴらにはできず俺はパラスリリーを離れるわけにはいかない。周りに勘付かれないように、信頼できる優秀な部下を任命しようと思う。明後日には出航させる予定だ」

 難しい顔をしているリチャードに、思い切って提案する。

「あの、私も行きたいです! ナリスバーグ!」
しおりを挟む

処理中です...