叢説竜神世界噺

三郎吉央

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8.ラトック・ドワイトの困惑とマルシアの功績

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「楽になされよ。」

ダルディオス禅譲皇はそう前置きしてから、
「ラトック殿、マルシア殿、此度のはたらき、誠に見事であった。マルシア殿は若いと言え、何をは言わんや。誠に優れた医術師だ。ラトック殿もさぞかし誇らしく思っておられる事だろう。」
と、非常に嬉しそうな表情でラトックを見る。

『とは言われても……』

戸惑いつつも、正直、ラトックはビビっていた。

豪奢な衣服に身を包んだ目前の老貴人、ダルディオス禅譲皇は齡60廻年を過ぎているはずだ。

だが、顔付きはともかく魔力は膨大でラトックには計りかねる程の魔力圧力を感じる。

ダルディオス禅譲皇は『真なる竜皇』『竜神に最も近い竜皇』などと言われる偉大な竜皇であるが、竜皇とはコレほどの力を持つ存在なのかと、ラトックは驚愕、恐怖してしまったのだ。

主君であるギュネー侯爵は『大侯爵』と呼ばれるほどの家柄、格を持つ貴族だが、魔力量においてはダルディオスとは比べるべくも無い。

「は?ハハっ!まことに有り難きお言葉にございます。」

畏まって応えたものの、ラトックはダルディオスが何を言いたいのかさっぱりわからない。

数日前、ラトックの娘マルシアはアルスナート皇子に面会し、その直後からソワソワしたりウットリとしたりと様子がおかしくなってしまった。

マルシアは頭も良く人付き合いが上手い。

プ・ル・サンテ地方のギュネー領ファーンの宮殿ではその美貌も相まって『ファーンの黒蘭』と呼ばれて人気も高い。

だが、父であるラトックの目から見ても娘のマルシアはプライドが高い。

誰にも靡かず、選り好みしているのか元服してからも婚約者を選ぶ素振りもない。

そんなプライドが高くて誰にも靡かなかった娘が先日のアルスナート皇子との面会以降、アルスナート皇子の事ばかり話している。

謁見直後は異常な興奮状態でまともに会話すら出来ない状態であった。

宮廷の魔法医術師とラトックの治療により症状はかなり改善されたが、それでもアルスナート皇子の話題になると発作の様にアルスナート皇子の『カワイさ』を語りだす。

マルシアは、
「アルスナート皇子サマはカワイイ!」
とか
「アルスナート皇子サマは尊い!」
などと宣う始末。

「皇子とは一回しか会っていないではないか!オマエにアルスナート皇子の何がわかるというのか!」

ラトックがそんな事を言うと、子供の様に憮然となり、
「もういい!」
と怒り出して黙ってしまう。

まるで幼い子供の様な態度である。

それでアルスナート皇子はどれほど凄い存在なのかと恐れていたのだが、今日アルスナート皇子を見たラトックの感想としては、
『とるにたらない存在だ』
という感じであった。

先ず魔力が全く感じられない。

目の前、そこに居る。

だが、まるで世界に薄く漂う環境魔力にさえかき消されてしまったかの様に魔力が希薄。

というより、幻では無いのかというほどに魔力を感じられない。

『どんな種族のどんな存在であろうともあれほど魔力を感じ取れない存在など無…い……?』

そこまで考えた時、ラトックの頭に疑問が浮かんだ。

『うん?そんなコト………あり得るのだろうか……?』

彼の属する医術派閥、ドワイト派のみならず、どんな学派においてもどんな物にでも固有の魔力が有るというのは当たり前以前の問題である。

世界には魔力が満ちており『どんなモノにも魔力は有る』、そして物体が違えばその魔力は位相としてだったり量の違いとしてであったり『差異が有る』のは当然なことなのだ。

しかも、面会時の診断でマルシアはアルスナート皇子の巨大な魔力に『当てられて』おかしくなったのであり、そんな皇子の魔力が感じ取れないほど小さいハズが……。

「ハハハッ!そうであろう!なればこそ、其方達に感謝と褒美を与えねばなるまい。」

だが、ラトックの頭を過ぎった疑問はダルディオスの声が聞こえると同時に頭から消え去ってしまった。

「は?褒美、でございますか?」

ほんの少しの戸惑いと大きな喜びの感情がラトックの脳裏を駆け巡った。

「左様、我が宮廷のどんな学者も医術師も成し得なかったコトを成したのだ。マルシア殿は賞されるべきであろう。」

その言葉を聞いてラトックの表情が明るくなる。

ラトックは会談後はマルシアの治療を優先して居たため、何があったのか聞きだすことが出来ていなかった。

その為、ラトックはマルシアの様子から失態だったのだと考えて早々にギュネー領に帰ろうとしていたのだが、どうやらマルシアは診断時に治療行為を行い何らかの成果を上げて居たらしい。

ラトックは誇らしい気持ちでマルシアの方を見たが、当のマルシアは怪訝なというか戸惑った様な顔をしている。

そういえばマルシアは当時のことをよく覚えておらず、魔力探査を行ったとだけしか言っていなかった。

マルシアは自分が何をしたのかわかっていない、もしくは覚えて居ない。

マルシアの顔を見てその事に思い至ったラトックは、
『マズイ、治療した内容を説明できない……』
と頭から血の気が引いた。

「マルシア殿はこれほどの偉業を成したのだ。アズダード竜皇の了解を得ねばならぬが、マルシア殿にはこれからも世話になりたい。ついては将来、マルシア殿には領地を治めて一翼を担って貰いたいと考えておる。」

だが、そのダルディオスの言葉を聞いてラトックの表情が明るくなった。

「ま、まことでございますか!?その様な御言葉をいただけるとは歓喜の極みにございます。」

『こ、これは!将来、我が家がエストリア貴族の諸侯となるということではないか!』
と、今度は喜びに震えて興奮した。

現在、ドワイト家は領地を持たない子爵家で法的な貴族、いわゆる宮廷貴族である。

だがダルディオスの言葉を信じるならば、領地を持つ『諸侯』と呼ばれる貴族となれる。

確かに『宮廷貴族』も地位が保証された『貴族』ではあるが、領地を持たない『身分』としての貴族であり、領地を持ち自らの兵も持つことが出来る『諸侯』よりはどうしても軽く見られてしまう。

加えて、今ドワイト家はプ・ル・サンテの大貴族ギュネー侯爵家に仕えているが、その立場はエストリア皇国内では『ギュネー侯爵家家臣』という扱いであり、エストリア白竜皇国の貴族としては格が低い。

貴族家として繁栄栄達を望むなら領封貴族、しかもより上位の格を持つエストリア貴族となるのは願っても至り得ぬ栄誉である。

ただ、唯一の懸念は、ギュネー侯爵家だろう。

「されど私を含め、我がドワイト家はプ・ル・サンテのギュネー侯爵閣下に御恩を受けておる身にございますれば、……。」

ラトックもドワイト家が無位無爵の家であれば、いや、少なくともギュネー侯爵家の家臣になって居なければ二つ返事で受けていたことだろう。

だが、ドワイト家は既にギュネー侯爵の家臣であり侯爵家の御殿医術師も務めている『由緒ある貴族』という自負もある。

その為、いくら功名心の強いラトックでも簡単にダルディオスの申し出に飛びつく訳にはいかない。

「良い良い、フィリップ殿には余が了解を取ろう。それに建前上はマルシア殿に対する褒賞であるしな。ギュネー侯爵も難は言わぬであろうよ。」

だが辞退しようとしたラトックにダルディオスはそう言って和かに笑った。

つまり、ダルディオス皇自らがギュネー侯爵家当主のフィリップ・ギュネー侯爵へ口添えしてくれるというのだ。

そんなダルディオスの言葉に、
「おお、その様な……そこまで言って頂けるとは光栄至極にございます。」
と言ってラトックは頭を下げた。

「おお、受けてくれるか。感謝するぞ。ドワイト子爵。」

ダルディオス禅譲皇はそう言って満足気に笑った。

『しまった!』

ラトックがそう思ってももう遅かった。

ラトックとしてはダルディオスが口添えしてまで褒美をと言ってくれた事への感謝の礼を言ったつもりだったのだが、禅譲皇には『褒美を貰うことを了承した』と、受けとられてしまったのだ。

「あ、いえ、それは……。」

「それでは早速アルスナートの離宮に部屋を用意させよう。マルシア殿、アルスナートの事、これからよろしく頼んだぞ。」

ラトックの焦りも虚しく、ダルディオスのその言葉で謁見は終わったのだった。

ラトックとマルシアの二人は謁見が行われた館を出て馬車に乗り、ここ数日宿泊している部屋へと戻った。

『しまった、しまった、しまった!マズイ、マズイ、マズイ!』

部屋へ戻ってからラトックは落ち着き無く部屋の中をウロウロと歩き回っていた。

「父上、その様に忙しなく歩き回らず落ち着いてくださいませ。」

そんなラトックの様子を見てマルシアが声をかける。

焦るラトックに対してマルシアは落ち着いてお茶を飲んでいる。

「その様に落ち着いている場合か!ダルディオスッ!……陛下から褒美を受ける約束をしてしまったのだぞっ!この事をギュネー侯爵、フィリップ様が知れば……。」

アルスナート皇子の診察を行う様にと命じたのはギュネー侯爵の長子であるシャルム公子だが、シャルム公子から当主であるフィリップ・ギュネー侯爵の意向については聞いていない。

しかも、ギュネー侯爵家家臣であるにも関わらず、侯爵に無断でエストリア皇家から領地を拝領するなど、御殿医術師の職を解かれて放逐、いや、それで済むかどうかもわからない。

だが、慌てるラトックの姿を見てマルシアはフウとため息を吐くと、
「良いですか?父上。ダルディオス陛下はギュネー侯爵には否とは言わせないと仰ったのです。それはダルディオス陛下が我がドワイト家を庇護してくれると明言なさったという事です。おそらく、陛下は我が家に何か利用価値があると考えておられるのでしょう。」

「うん?だから褒美を与えて自分の陣営に引き入れようというのだろう?」

「いえ、それだけならばあれほど急いでワタクシをアルスナート皇子の側に付けようとする必要は有りません。アルスナート皇子への謁見の前はあれほど暢気な様子だったのに、あの様子ではまるでこれから起こる事態に備えようとしているかの様です。アルスナート皇子の身に何かあったのかも知れません。」

そう言ってマルシアは考え込む。

『それはお前が何かしたからでは無いのか?』

ラトックはアルスナート皇子との謁見後、治療のため皇宮に足留めされてから何度もマルシアに投げかけた言葉を飲み込んだ。

マルシアはアルスナート皇子と面会した時に行った治療の事を覚えていない。

謁見後のマルシアの興奮の度合いは異常なもので、魔力の輪郭をなぞるだけの通常の魔力探診ではあの様に『当てられる』など有りえない状態だった。

だが、ラトックはダルディオス禅譲皇に謁見してその凄まじい魔力量と圧力を感じて納得がいった。

面会時、ラトックはアルスナート皇子を『取るに足らない』と思ったのだが、考えてみればそんなはずはない。

あの子供は『竜皇の子』なのだ。

ダルディオスの魔力程とは言わないまでも、あの力に育つ素養があるはずだということに思い至ったのだ。

現にマルシアは魔力探診しただけで魔力に『当てられた』のであり、ラトックはそれによって精神になんらかの影響が出たと診断した。

それなのに、ラトックは今日見たアルスナート皇子に何の魔力的圧力を感じることが出来なかった。

『今日のアルスナート皇子はなんらかの術によって魔力を封じられていたのかもしれない』

そう考えれば世界には魔力が普遍的に存在するというドワイト派の魔力普遍論の筋が通るし、マルシアに異常が発生したことにも納得ができる。

しかし、そこでふと頭を過ったのは、
『エリオルド皇子もダルディオス陛下程の魔力を有しているのだろうか?』
という疑問だった。

ギュネー侯爵家出身のルイーネ妃とアズダード竜皇との間に生まれたエリオルド皇子は紛れもなく最上位の竜属なのだが、次期ギュネー侯爵であるシャルム公子からエリオルド皇子について強大な魔力を持っているなどの話を聞いた事は無かった。

もちろん、次期ギュネー侯爵であるシャルム公子の魔力量も巨大では有る。

だが、ギュネー侯爵公子シャルムの魔力量はラトックの様な一般的な魔術貴族と比較出来るレベルの『差』であり、山とかどこまでも続く壁の様なダルディオス禅譲皇のそれとは比較することは出来ない。

今日のアルスナート皇子はどんな術でどの程度魔力を隠されていたのかわからないが、竜皇家という家系や竜皇という存在がそれほどの力を持ち、それほどの力を必要とする存在なのだとしたら、頭が良いとか政治的に優れているとかの要素よりもそちらを優先すべきなのかも知れないとラトックは考えた。

『我が家の在り方も考えねばならぬか……』

「今日もアルスナート殿下、カワイかった~。」

始めは真面目に考えている様子だったマルシアが途中からニヤけているのを見て、ラトックは『自分がしっかりせねば!』と気を引き締めるのだった。
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