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4.ゲオルグ・ローラントの苦悩
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.竜神の眷属と呼ばれる竜属の都。
その都にある館の一室で、男は悩んでいた。
男の名はゲオルグ・ローラント。
ローラント男爵家の当主である。
ローラント家は帝国以来数十代にわたって続く貴族の家系で、帝国が分解してエストリアが皇国となってからも小さな領地を代々守ってきた。
先々代の竜皇ディールダルス皇の時代には皇国名家30家にも選ばれ、名家と謳われる家柄でもある。
だがそんな男爵家の当主、ゲオルグは悩んでいた。
実は彼の第4子、二女のエリスティアに縁談が持ち上がったのだ。
相手は現在の白竜皇アズダート竜皇の第二皇子アルスナート皇子。
貴族としては非常に名誉な、いや名誉すぎる縁談である。
ならばなぜ悩む必要があるのか。
それはローラント家の家格、帝国由来の家とはいえ男爵という爵位の低さ……。
それだけではなく、竜属の性質上、彼の妻ラーナの第4子である二女エリスティアは体力的に弱い……。
いや、それだけでもなく……。
「まだ悩んでおられるのですか?。」
ゲオルグが声の方を見ると、妻のラーナが手持ちの盆上に金の杯を2つ載せて立っていた。
「ああ、飲み物を淹れてくれたのか。ありがとう。」
ゲオルグが礼を言うと、ラーナは微笑んで彼の側へと近づき、盆上の杯を彼が今まで頬杖をついていた豪奢な装飾のテーブルの上に置いた。
「娘と我が家の未来のことだよ?悩みもするさ。」
そうそう言って手に取った杯に視線を落とすと、もう夕暮れ時であることに気が付いた。
「もうこんな時間だったのか……。」
窓の外の夕焼けを見ると、立ち並ぶ宮殿の建物の間から沈みゆく夕焼けが見えた。
ここは住み慣れた彼の故郷、ローラント領の領都ロザイの館ではない。
エストリア竜皇国皇都、栄光ある白竜の住まう丘の麓の美しき都エストリアにある皇宮の一つ、春の宮にある迎賓館の館である。
室内の装飾や調度品などは、普段自領の館で見慣れている様な質素な物とは比較にならないほど豪華な物ばかりだ。
今お茶を飲んだ杯にしても、黄金で作られた杯である。
普段のゲオルグならお茶を飲むのに黄金の杯など考えられない。
「長い間考え込んでおられましたもの。居心地悪くて思案には向かないとおっしゃっておられたのに……。」
そう言ってラーナがクスクスと笑った。
「笑わないでくれよ。それだけ真剣に考えてたんだからさ。」
彼は愛妻にからかわれて首をすくめて見せる。
アズダード竜皇との会談では、かなり踏み込んだ内容の話し合いも行われ、アルスナート皇子の『病状』についても少し説明されたため、ラーナもこの部屋へ案内されたときは思い詰めた様な思案顔で考え込んでいた。
ゲオルグとしては妻が重い雰囲気にならない様に精一杯、軽い態度を取ったつもりだった。
だが、ラーナは、
「アズダート竜皇陛下のお申し出、お受けすればよろしいのではなくて?。」
と、お茶を飲みほした杯をもてあそびながらしんみりとした小さな声で夫に語り掛ける。
「あの子は、エリスティアは、長くは生きられないでしょう。」
そう言った彼女の瞳には少し涙が浮かんでいる。
先ほどのアズダート竜皇との会談を思い出しながら、娘の、エリスティアのことを考えているのだろう。
彼らは竜神の眷属と呼ばれる種族である。
竜神の眷属の寿命は70廻年~80廻年(約1008~1152年)。
『龍神の眷属』を称するだけに、長命で強靭な肉体と魔力を有する種族。
だがそんな長命な種族の竜属にも生物としての『欠点』があった。
竜属は少産。
というよりも多産すると末の子供になるにしたがって虚弱になるという特徴があるのだ。
1子目はほぼ問題なく健康で長い寿命をもって生まれてくる。
しかし、第2子第3子と末の子になるにしたがって子供はできにくくなり、同時に、生まれる子供の健康状態も悪化して寿命も短くなる傾向がある。
そのため、多くの竜属の家庭は第2子以降の子供は作らない。
というよりも普通は第1子、第2子もなかなかできないため、竜属は世代を重ねるごとにその数を急激に減らしている。
少産が当然の竜属において、ローラント家の第4子として生まれたエリスティアは出生した時点でほとんど奇跡のような子だ。
しかし、そんな奇跡のような子供であるエリスティアも、やはり健康に問題を抱えていた。
身体が弱く、しょっちゅう体調を崩している。
生まれや現在の体調などを考えると、おそらくエリスティアは平均寿命の半分、いや、大人になれるかどうかも確かではない。
「竜皇陛下はそれでも。長く生きられなくても良いから、子を産めなくても第二皇子妃を名乗って良いとおっしゃってくださいました。」
会談の席でアズダート竜皇は、代々のローラント家の忠節に礼を述べた後、婚約の条件としては破格の条件を提示した。
一つ、ローラント男爵家を陞爵し、伯爵位に封じる。
一つ、既存のローラント男爵領に加増し、新たな爵位に見合った領地を追加する。
一つ、ゲオルグには第二皇子の義父として相応しい地位を用意し、職位につける。
一つ、皇子妃となるエリスティアは妃と認め、その地位を保証する。
などなど。
「ありえないほどの条件を出していただいたが……。しかし……、相手は『あの』第二皇子だよ?とてもエリスティアが幸せになれるとは……。君はそれでも良いと言うのかい?。」
ゲオルグとしては、相手の皇子が貴族たちの間で『あの』と呼ばれるほど曰くつきで無ければ、これほど悩むことはなかっただろう。
もちろん、『あの』第二皇子でなければローラント家にこの縁談が来ることもなかったのであろうが。
「私はたとえ相手が『あの』第二皇子であっても良いと思っています。たとえ相手があの『無能皇子』であっても。」
ラーナは金の杯を強く握りしめ、ゲオルグの顔をしっかりと見ながら強い口調でそういった。
「おいおい!滅多なことをいうものではないよ!ここはローラントではなく王宮なんだよ!どこで誰が聞いているか分かったものじゃないんだ!」
妻の言葉にゲオルグは慌てて周りを見回す。
幸いというか、妙なことに王宮内という人の多い環境であるにもかかわらず部屋には使用人の一人もおらず、室内にはゲオルグとラーナの二人だけしかいなかった。
「うふふ、誰もいませんわ。ちゃんと人払いをしていただいております。このようなお話、とても人がいる場所ではできませんもの。」
そういってラーナはイタズラっぽく笑った。
だが、また表情を引き締めて、両手で持っている金の杯を見つめながら、
「私はエリスティアにはちゃんと婚約者がいて、将来結婚することができるのだという希望をもって生きてほしいのよ。
この縁談を逃したらあの娘には他の縁談は難しいでしょう?そうなったら、あの娘はただのエリスティアのまま。
だけど、この縁談が決まればあの娘は第二皇子の婚約者のエリスティアになれるのよ。
将来、皇子様のお嫁さんになれるの。
いいえ、相手が皇子様でなくたっていいのだけれど、とにかくお嫁さんになれるの。長く生きれなくたって良い。
お嫁さんになれるって約束ができるんだもの。
私はあの娘にお嫁さんになれるって、そういう未来への希望を持って生きてもらいたいのよ。」
ラーナの瞳には娘への愛情があふれているようだった。
「それに、私たちがあの子の、エリスティアのことを心配しているようにアズダート竜皇陛下も第二皇子様、アルスナート様の将来に悩まれているのではないかしら?」
たしかに、皇も父親だから息子の将来について悩んでいるだろう。
だが、皇の悩みはゲオルグ達のような単純な愛情のためというわけではないのではないかとゲオルグは考えている。
ゲオルグ達、自領を持つ貴族達が領民に責任を負っている様に、皇はエストリアという国、加えて竜属という種族全体への責任があるのだろう。
それに、第二皇子アルスナート皇子にはもっと頭が痛くなるような生母の出自という事情もある。
縁談の相手、第二皇子アルスナート皇子の母親は竜属国家ダリア青竜皇国の皇女でアズダート竜皇の正妃であるラファエナ皇妃である。
第二皇子とはいえエストリア竜皇とダリアの皇女で正妃の皇子。
血統と正妃の子という道義的な正当性から、皇はアルスナート皇子の扱いは慎重に考えているのだと推測できる。
当然、出生と同時に世継ぎとなると思われていた。
しかし、誕生してしばらく後から第二皇子の音信を聞くことはなくなった。
そしてラファエナ皇妃が皇都郊外にある離宮へと居を移したという噂が流れ、同時に第二皇子のアルスナート皇子は『阿呆』『無能』であるという噂が広まり出したのだ。
辺境の片田舎であるローラント領まで伝わってきたほどの噂なのだから、皇都でも大きな『声』を持つ者が流した噂だったのだろう。
アルスナート皇子はそんないわくつきの皇子であり、そんな皇子の将来なのだから皇が頭を痛めるのも当然だろう。
もちろん、ローラント家のような田舎の中流貴族であるゲオルグがアズダート竜皇に、
「アルスナート皇子が『阿呆』だという噂は本当ですか?。」
などと、畏れ多くて聞けるはずもないので、あくまでも真偽不明の噂でしかないのだが……。
ともかく、今のゲオルグにとっては皇族との婚約という地方貴族の男爵家とは関係がないような出来事が、自分たちのような下々の者まで降りてきた、『降って湧いた幸運』について悩むしかないのだ。
「アズダード竜皇がお悩みになられておられるのはわかるが、我が家としてはプ・ル・サンテの侯爵との付き合いもだね……。」
「あら?お付き合いだなんて……縁戚だなんて言っても30名家に選出された後もお声掛けすらなかったではございませんか。」
「それは……そうなんだけれど……。」
ローラント家は歴史だけなら神代の帝国まで遡ることができる古い家柄なので『名門』と呼ばれる家門とのつながりは多い。
ただし、『ローラント家と縁戚です』と名乗っている家門は少ない。
すべては過去のローラント家当主が何かを『やらかした』せいらしい。
『なにか』と表現しているのは、もはや『なにか』が何なのか分からないからである。
正史などに残せない『なにか』があったらしいのだが、今となっては最早何があったのか分からない。
ただ、貴族の社交界に『ローラント家に関わらない』という暗黙の取り決めのようなものがあり、何代にもわたって『無視』され続けてきた。
それがローラント家である。
それなのに、エストリアという国家や竜属という種族全体に影響する様な大問題に関わる事になろうとは……。
「ああ~、本当にどうすればよいのだ~。やっぱり、持ち帰って父さんに相談を……。」
ゲオルグは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
「もう!またそうやって!何度悩んだら気が済むのですか?。お義父様達も任せると言っておられたでは無いですか。」
そう言ってまたラーナがため息をつく。
そういうやり取りを何度も繰り返して夜が更けていくのだった。
数日後、第二皇子アルスナートの旧ユグレス王国ユリエント大公位叙爵が発表された。
また同時にローラント男爵がユリエント大公家家宰に任じられて子爵に陞爵、アルスナート皇子のユリエントへ封爵の準備を行う。
ローラント男爵家の陞爵はともかく、第二皇子アルスナート皇子のユリエント大公領封爵は貴族の間で非常に大きな話題となった。
何しろ、血筋的に優位な第二皇子が皇宮の外に出され、第一皇子エリオルド皇子の次代竜皇位継承がほぼ決定したのだから当然だろう。
それはもちろん喜ぶ者、悲しむ者、怒る者、それぞれの事情によって受け取りかたは違っていたが、市民たちは『白き竜神の眷属に幸あれ』と皇子の前途に歓呼の声を上げたのだった。
その都にある館の一室で、男は悩んでいた。
男の名はゲオルグ・ローラント。
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ローラント家は帝国以来数十代にわたって続く貴族の家系で、帝国が分解してエストリアが皇国となってからも小さな領地を代々守ってきた。
先々代の竜皇ディールダルス皇の時代には皇国名家30家にも選ばれ、名家と謳われる家柄でもある。
だがそんな男爵家の当主、ゲオルグは悩んでいた。
実は彼の第4子、二女のエリスティアに縁談が持ち上がったのだ。
相手は現在の白竜皇アズダート竜皇の第二皇子アルスナート皇子。
貴族としては非常に名誉な、いや名誉すぎる縁談である。
ならばなぜ悩む必要があるのか。
それはローラント家の家格、帝国由来の家とはいえ男爵という爵位の低さ……。
それだけではなく、竜属の性質上、彼の妻ラーナの第4子である二女エリスティアは体力的に弱い……。
いや、それだけでもなく……。
「まだ悩んでおられるのですか?。」
ゲオルグが声の方を見ると、妻のラーナが手持ちの盆上に金の杯を2つ載せて立っていた。
「ああ、飲み物を淹れてくれたのか。ありがとう。」
ゲオルグが礼を言うと、ラーナは微笑んで彼の側へと近づき、盆上の杯を彼が今まで頬杖をついていた豪奢な装飾のテーブルの上に置いた。
「娘と我が家の未来のことだよ?悩みもするさ。」
そうそう言って手に取った杯に視線を落とすと、もう夕暮れ時であることに気が付いた。
「もうこんな時間だったのか……。」
窓の外の夕焼けを見ると、立ち並ぶ宮殿の建物の間から沈みゆく夕焼けが見えた。
ここは住み慣れた彼の故郷、ローラント領の領都ロザイの館ではない。
エストリア竜皇国皇都、栄光ある白竜の住まう丘の麓の美しき都エストリアにある皇宮の一つ、春の宮にある迎賓館の館である。
室内の装飾や調度品などは、普段自領の館で見慣れている様な質素な物とは比較にならないほど豪華な物ばかりだ。
今お茶を飲んだ杯にしても、黄金で作られた杯である。
普段のゲオルグならお茶を飲むのに黄金の杯など考えられない。
「長い間考え込んでおられましたもの。居心地悪くて思案には向かないとおっしゃっておられたのに……。」
そう言ってラーナがクスクスと笑った。
「笑わないでくれよ。それだけ真剣に考えてたんだからさ。」
彼は愛妻にからかわれて首をすくめて見せる。
アズダード竜皇との会談では、かなり踏み込んだ内容の話し合いも行われ、アルスナート皇子の『病状』についても少し説明されたため、ラーナもこの部屋へ案内されたときは思い詰めた様な思案顔で考え込んでいた。
ゲオルグとしては妻が重い雰囲気にならない様に精一杯、軽い態度を取ったつもりだった。
だが、ラーナは、
「アズダート竜皇陛下のお申し出、お受けすればよろしいのではなくて?。」
と、お茶を飲みほした杯をもてあそびながらしんみりとした小さな声で夫に語り掛ける。
「あの子は、エリスティアは、長くは生きられないでしょう。」
そう言った彼女の瞳には少し涙が浮かんでいる。
先ほどのアズダート竜皇との会談を思い出しながら、娘の、エリスティアのことを考えているのだろう。
彼らは竜神の眷属と呼ばれる種族である。
竜神の眷属の寿命は70廻年~80廻年(約1008~1152年)。
『龍神の眷属』を称するだけに、長命で強靭な肉体と魔力を有する種族。
だがそんな長命な種族の竜属にも生物としての『欠点』があった。
竜属は少産。
というよりも多産すると末の子供になるにしたがって虚弱になるという特徴があるのだ。
1子目はほぼ問題なく健康で長い寿命をもって生まれてくる。
しかし、第2子第3子と末の子になるにしたがって子供はできにくくなり、同時に、生まれる子供の健康状態も悪化して寿命も短くなる傾向がある。
そのため、多くの竜属の家庭は第2子以降の子供は作らない。
というよりも普通は第1子、第2子もなかなかできないため、竜属は世代を重ねるごとにその数を急激に減らしている。
少産が当然の竜属において、ローラント家の第4子として生まれたエリスティアは出生した時点でほとんど奇跡のような子だ。
しかし、そんな奇跡のような子供であるエリスティアも、やはり健康に問題を抱えていた。
身体が弱く、しょっちゅう体調を崩している。
生まれや現在の体調などを考えると、おそらくエリスティアは平均寿命の半分、いや、大人になれるかどうかも確かではない。
「竜皇陛下はそれでも。長く生きられなくても良いから、子を産めなくても第二皇子妃を名乗って良いとおっしゃってくださいました。」
会談の席でアズダート竜皇は、代々のローラント家の忠節に礼を述べた後、婚約の条件としては破格の条件を提示した。
一つ、ローラント男爵家を陞爵し、伯爵位に封じる。
一つ、既存のローラント男爵領に加増し、新たな爵位に見合った領地を追加する。
一つ、ゲオルグには第二皇子の義父として相応しい地位を用意し、職位につける。
一つ、皇子妃となるエリスティアは妃と認め、その地位を保証する。
などなど。
「ありえないほどの条件を出していただいたが……。しかし……、相手は『あの』第二皇子だよ?とてもエリスティアが幸せになれるとは……。君はそれでも良いと言うのかい?。」
ゲオルグとしては、相手の皇子が貴族たちの間で『あの』と呼ばれるほど曰くつきで無ければ、これほど悩むことはなかっただろう。
もちろん、『あの』第二皇子でなければローラント家にこの縁談が来ることもなかったのであろうが。
「私はたとえ相手が『あの』第二皇子であっても良いと思っています。たとえ相手があの『無能皇子』であっても。」
ラーナは金の杯を強く握りしめ、ゲオルグの顔をしっかりと見ながら強い口調でそういった。
「おいおい!滅多なことをいうものではないよ!ここはローラントではなく王宮なんだよ!どこで誰が聞いているか分かったものじゃないんだ!」
妻の言葉にゲオルグは慌てて周りを見回す。
幸いというか、妙なことに王宮内という人の多い環境であるにもかかわらず部屋には使用人の一人もおらず、室内にはゲオルグとラーナの二人だけしかいなかった。
「うふふ、誰もいませんわ。ちゃんと人払いをしていただいております。このようなお話、とても人がいる場所ではできませんもの。」
そういってラーナはイタズラっぽく笑った。
だが、また表情を引き締めて、両手で持っている金の杯を見つめながら、
「私はエリスティアにはちゃんと婚約者がいて、将来結婚することができるのだという希望をもって生きてほしいのよ。
この縁談を逃したらあの娘には他の縁談は難しいでしょう?そうなったら、あの娘はただのエリスティアのまま。
だけど、この縁談が決まればあの娘は第二皇子の婚約者のエリスティアになれるのよ。
将来、皇子様のお嫁さんになれるの。
いいえ、相手が皇子様でなくたっていいのだけれど、とにかくお嫁さんになれるの。長く生きれなくたって良い。
お嫁さんになれるって約束ができるんだもの。
私はあの娘にお嫁さんになれるって、そういう未来への希望を持って生きてもらいたいのよ。」
ラーナの瞳には娘への愛情があふれているようだった。
「それに、私たちがあの子の、エリスティアのことを心配しているようにアズダート竜皇陛下も第二皇子様、アルスナート様の将来に悩まれているのではないかしら?」
たしかに、皇も父親だから息子の将来について悩んでいるだろう。
だが、皇の悩みはゲオルグ達のような単純な愛情のためというわけではないのではないかとゲオルグは考えている。
ゲオルグ達、自領を持つ貴族達が領民に責任を負っている様に、皇はエストリアという国、加えて竜属という種族全体への責任があるのだろう。
それに、第二皇子アルスナート皇子にはもっと頭が痛くなるような生母の出自という事情もある。
縁談の相手、第二皇子アルスナート皇子の母親は竜属国家ダリア青竜皇国の皇女でアズダート竜皇の正妃であるラファエナ皇妃である。
第二皇子とはいえエストリア竜皇とダリアの皇女で正妃の皇子。
血統と正妃の子という道義的な正当性から、皇はアルスナート皇子の扱いは慎重に考えているのだと推測できる。
当然、出生と同時に世継ぎとなると思われていた。
しかし、誕生してしばらく後から第二皇子の音信を聞くことはなくなった。
そしてラファエナ皇妃が皇都郊外にある離宮へと居を移したという噂が流れ、同時に第二皇子のアルスナート皇子は『阿呆』『無能』であるという噂が広まり出したのだ。
辺境の片田舎であるローラント領まで伝わってきたほどの噂なのだから、皇都でも大きな『声』を持つ者が流した噂だったのだろう。
アルスナート皇子はそんないわくつきの皇子であり、そんな皇子の将来なのだから皇が頭を痛めるのも当然だろう。
もちろん、ローラント家のような田舎の中流貴族であるゲオルグがアズダート竜皇に、
「アルスナート皇子が『阿呆』だという噂は本当ですか?。」
などと、畏れ多くて聞けるはずもないので、あくまでも真偽不明の噂でしかないのだが……。
ともかく、今のゲオルグにとっては皇族との婚約という地方貴族の男爵家とは関係がないような出来事が、自分たちのような下々の者まで降りてきた、『降って湧いた幸運』について悩むしかないのだ。
「アズダード竜皇がお悩みになられておられるのはわかるが、我が家としてはプ・ル・サンテの侯爵との付き合いもだね……。」
「あら?お付き合いだなんて……縁戚だなんて言っても30名家に選出された後もお声掛けすらなかったではございませんか。」
「それは……そうなんだけれど……。」
ローラント家は歴史だけなら神代の帝国まで遡ることができる古い家柄なので『名門』と呼ばれる家門とのつながりは多い。
ただし、『ローラント家と縁戚です』と名乗っている家門は少ない。
すべては過去のローラント家当主が何かを『やらかした』せいらしい。
『なにか』と表現しているのは、もはや『なにか』が何なのか分からないからである。
正史などに残せない『なにか』があったらしいのだが、今となっては最早何があったのか分からない。
ただ、貴族の社交界に『ローラント家に関わらない』という暗黙の取り決めのようなものがあり、何代にもわたって『無視』され続けてきた。
それがローラント家である。
それなのに、エストリアという国家や竜属という種族全体に影響する様な大問題に関わる事になろうとは……。
「ああ~、本当にどうすればよいのだ~。やっぱり、持ち帰って父さんに相談を……。」
ゲオルグは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
「もう!またそうやって!何度悩んだら気が済むのですか?。お義父様達も任せると言っておられたでは無いですか。」
そう言ってまたラーナがため息をつく。
そういうやり取りを何度も繰り返して夜が更けていくのだった。
数日後、第二皇子アルスナートの旧ユグレス王国ユリエント大公位叙爵が発表された。
また同時にローラント男爵がユリエント大公家家宰に任じられて子爵に陞爵、アルスナート皇子のユリエントへ封爵の準備を行う。
ローラント男爵家の陞爵はともかく、第二皇子アルスナート皇子のユリエント大公領封爵は貴族の間で非常に大きな話題となった。
何しろ、血筋的に優位な第二皇子が皇宮の外に出され、第一皇子エリオルド皇子の次代竜皇位継承がほぼ決定したのだから当然だろう。
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