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初めての贈り物
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町の商店街へ買い物に来た。サイラスも一緒。
私が育った村にはない店が並ぶ。本屋もあった。
「文字が読めるのか?」
本屋を眺めていると、サイラスが訊いてきた。
「私の母は、町の商家のお嬢さんだったんだ。文字は母が教えてくれた。村から働きに出ていた父と恋に落ちて、母の親の反対を押し切って結婚したらしい。父の村へ帰って貧しい暮らしをしていたので、母が幸せだったかは知らない」
私に文字を教えてくれた優しい母。でも、結婚したことは後悔していたと思う。
「文字が読めるなら、本を買え。何冊でも買っていいぞ」
「そんなにお金を持っているの? 騎士隊って、お給金がいいの?」
「命をかける仕事だからな。本を選ばないのであれば、全部買うぞ」
「そんなの駄目に決まっているじゃない。無駄遣いは駄目よ!」
私は、じっくり時間をかけて一冊を選んだ。初めての私だけのもの。サイラスからの贈り物。大切な宝物だった。
「夕飯、食っていくか?」
高級そうなレストランを指差す。村で一軒の食堂だって高かった。そんなもったいないことはできない。
「ううん、自分で作りたい」
「そうか。肉でも買って帰るか」
やたら高級そうな食材を選ぶサイラスをけん制しつつ、店員と交渉して安くして貰ったり、おまけを付けて貰ったりして、何とか買い物が済んだ。
「サイラスに任せていたら、我が家は破産よ」
「そうかもな。俺一人なら騎士隊の食堂で食えるから金はなくてもいいが、今はセシィがいるから、破産は避けなければな」
サイラスは笑う。随分買い込んだと思ったけれど、大きなサイラスが持つと、小さな荷物に見えた。
サイラスが借りた家は、五部屋に台所と食事室があった。それにお風呂もついている。洗濯は専門業者さんが取りに来てくれる。掃除はサイラスが手早く済ませてしまう。私の仕事は食事を作ること。絶対に胃袋を掴んで、泣いて嫁に来てくれと言わせてみせる。
「微妙だ」
頑張って作ったけれど、なんだかこれじゃない感じがする。高級食材を使ったのに、なぜ?
「どうした。結構美味いぞ」
サイラスは、すごい勢いで食べている。本当に美味しいと思っているのか、私に気を使っているのか、味音痴なのか。最後が正解のような気がする。胃袋掴み作戦、駄目かもしれない。
「私は敵国の女だけど、このままでいいの?」
隣国の軍隊に売られた時、敵に捕まると酷い目に合う。だから、逃げ出さない方が身のためだと、何度も言い聞かされた。
「別にいいんじゃないか。セシィさえ良ければ」
「酷いことをしないの?」
「セシィは、酷い目に合ったんだろう。これから幸せになることだけを考えたらいい」
「違う。私はあの日、あの場所に連れて来られて、そしてサイラスたちがやって来たの。私は酷い目に合っていない。サイラスが助けてくれたから」
「そうか。それでも、幸せになれ」
「サイラスは?」
「俺は、生き残ってしまったからな。後はおまえのために生きるのも悪くない」
酷い人。勘違いしては駄目だと思っても、期待してしまう。
「サイラスの人生を私にくれるの?」
「そうだな、おまえの持参金をたんと貯めないとな」
「持参金なんてなくても、結婚できるもの」
「ないより、あった方がいいだろう。心配するな」
持参金なんて貯めても無駄よ。ここに居座ってやるから。どこにも行かないから。
サイラスが買ってくれた本は、貴族のお姫様が悪者に攫われたところを騎士が助けて、永遠の愛を捧げる、そんな恋愛小説だった。
私にも、大きな騎士が来てくれた。でも、永遠の愛を捧げてもらえるのは、貴族のお姫様だけで、私のような貧しい村娘では無理なのかもしれない。
私が育った村にはない店が並ぶ。本屋もあった。
「文字が読めるのか?」
本屋を眺めていると、サイラスが訊いてきた。
「私の母は、町の商家のお嬢さんだったんだ。文字は母が教えてくれた。村から働きに出ていた父と恋に落ちて、母の親の反対を押し切って結婚したらしい。父の村へ帰って貧しい暮らしをしていたので、母が幸せだったかは知らない」
私に文字を教えてくれた優しい母。でも、結婚したことは後悔していたと思う。
「文字が読めるなら、本を買え。何冊でも買っていいぞ」
「そんなにお金を持っているの? 騎士隊って、お給金がいいの?」
「命をかける仕事だからな。本を選ばないのであれば、全部買うぞ」
「そんなの駄目に決まっているじゃない。無駄遣いは駄目よ!」
私は、じっくり時間をかけて一冊を選んだ。初めての私だけのもの。サイラスからの贈り物。大切な宝物だった。
「夕飯、食っていくか?」
高級そうなレストランを指差す。村で一軒の食堂だって高かった。そんなもったいないことはできない。
「ううん、自分で作りたい」
「そうか。肉でも買って帰るか」
やたら高級そうな食材を選ぶサイラスをけん制しつつ、店員と交渉して安くして貰ったり、おまけを付けて貰ったりして、何とか買い物が済んだ。
「サイラスに任せていたら、我が家は破産よ」
「そうかもな。俺一人なら騎士隊の食堂で食えるから金はなくてもいいが、今はセシィがいるから、破産は避けなければな」
サイラスは笑う。随分買い込んだと思ったけれど、大きなサイラスが持つと、小さな荷物に見えた。
サイラスが借りた家は、五部屋に台所と食事室があった。それにお風呂もついている。洗濯は専門業者さんが取りに来てくれる。掃除はサイラスが手早く済ませてしまう。私の仕事は食事を作ること。絶対に胃袋を掴んで、泣いて嫁に来てくれと言わせてみせる。
「微妙だ」
頑張って作ったけれど、なんだかこれじゃない感じがする。高級食材を使ったのに、なぜ?
「どうした。結構美味いぞ」
サイラスは、すごい勢いで食べている。本当に美味しいと思っているのか、私に気を使っているのか、味音痴なのか。最後が正解のような気がする。胃袋掴み作戦、駄目かもしれない。
「私は敵国の女だけど、このままでいいの?」
隣国の軍隊に売られた時、敵に捕まると酷い目に合う。だから、逃げ出さない方が身のためだと、何度も言い聞かされた。
「別にいいんじゃないか。セシィさえ良ければ」
「酷いことをしないの?」
「セシィは、酷い目に合ったんだろう。これから幸せになることだけを考えたらいい」
「違う。私はあの日、あの場所に連れて来られて、そしてサイラスたちがやって来たの。私は酷い目に合っていない。サイラスが助けてくれたから」
「そうか。それでも、幸せになれ」
「サイラスは?」
「俺は、生き残ってしまったからな。後はおまえのために生きるのも悪くない」
酷い人。勘違いしては駄目だと思っても、期待してしまう。
「サイラスの人生を私にくれるの?」
「そうだな、おまえの持参金をたんと貯めないとな」
「持参金なんてなくても、結婚できるもの」
「ないより、あった方がいいだろう。心配するな」
持参金なんて貯めても無駄よ。ここに居座ってやるから。どこにも行かないから。
サイラスが買ってくれた本は、貴族のお姫様が悪者に攫われたところを騎士が助けて、永遠の愛を捧げる、そんな恋愛小説だった。
私にも、大きな騎士が来てくれた。でも、永遠の愛を捧げてもらえるのは、貴族のお姫様だけで、私のような貧しい村娘では無理なのかもしれない。
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