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スパイ疑惑
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「これは、月のお給金なの?」
セロンがくれたお金は、サイラスが渡してくれるお金と同じ。だから、サイラスの週給の半分になる。
「いや、週給だ」
「こんなに貰えないよ。もっと少なくていい。その分を復興に使ってよ」
「駄目だ。必要なお金は使いつつ、復興しなければ意味がない。セシィが低給で仕事をしたら、他の者も正当な報酬を受け取りにくい。だから、ちゃんと受け取れ」
「でも、セロンはお金を受け取っていないじゃない」
帳簿付けを手伝って分かった。たから、セロンは我が家で只飯を食べて行くんだ。
「私は、領主代理だからな」
「わかった。夕飯代込みと言うことにしておく」
「それは、有難い」
セロンの笑顔を初めて見たかもしれない。
いつもの様に、仕事が終わってセロンと一緒にお買い物に行く。
「今日は私のお金があるので、ちょっと贅沢する」
「いいね、私の方が大きい肉だな」
「小さい方に決まっているじゃない」
ちょっと贅沢な買い物を済ませ、セロンと馬に乗って家に帰る。
そして、セロンに手伝ってもらって夕飯の用意をする。
「まだ、サイラスを庇うのか?」
「当然」
「私は、あいつをこの手で殺すまで、諦めないからな」
私は、ため息を付く。
そうしているうちに、サイラスが帰って来た。
「今日、お給金を貰ったの」
サイラスに報告する。
「ちゃんと、貰えたのか?」
「うん、サイラスの半分ぐらい」
「それは、事務官と同じぐらいだ。良かったな」
サイラスが頭を撫でてくれる。褒められてうれしい。
夕食の後片付けが終わった後、セロンが家へ帰って行った。
「セシィ、ちょっと話がある」
サイラスが呼ぶ。私たちは食事室の椅子に座って向かい合う。
「サイラス、何?」
「セシィがちゃんと給金を貰えることを確認したし、俺は、セロンの気が済むようにしたい。セシィは、領主館に住め。セロンも悪い様にはしないだろう」
「嫌よ! 私はここにいる」
「俺は、セシィが一人で生きて行けるようになるまでの命だと決めていた。だから」
「駄目よ、セロンは信用できないわ。サイラスがいなくなると、私は用無しになって、放り出されるかも。サイラス、お願い。私の側にいて」
「ブレイスフォード子爵は、清廉な人柄だと聞いている。息子のセロンもおまえを放り出すような男だとは思えない」
「私を誘拐するような男よ? 本当に信用できると思う?」
考え込むサイラス。
翌日も夕食を三人でとる。
「相変わらず、セシィの飯は美味いな」
セロンが褒めてくれる。
「お世辞を言っても、お代りはありませんからね」
「こいつには、追加するのにか?」
サイラスの皿を指差して言うセロンは、相変わらずせこい。
「セロンにもやったらどうだ?」
サイラスは優しすぎます。
「只飯食らいに、贅沢は必要ありません」
「相変わらず、セシィは私に厳しくないか?」
「当然です。サイラスの命を狙っている奴に、追加するご飯はありません!」
いつものような夕食を終え、セロンが玄関から出て行った。
追いかけるサイラス。
一階の部屋の窓を少し開けて、外を見る。
薄暗い庭に二人が見えた。話し声が聞こえてくる。
「セロン、私を殺した後、セシィを変わらず雇ってもらえるか?」
「それはどうかな? セシィは隣国の女なんだろう。スパイではないとは言い切れない」
「セシィがスパイなどと、そんなはずない!」
「あの時も、そう言ったよな。あの女に騙されているのではないかと問うた私に、『あの人は、騙すようなことはしない。おまえの妹が悪い』と。しかし、貴様は見事に騙されていた。信用ならん」
「セシィをどうするつもりだ?」
「貴様を殺すことに納得してもらわなくてはな。私は罪人と呼ばれてもかまわないが、妹まで罪人呼ばわりさせるわけにはいかない」
「セシィに求婚をしていた。冗談か? 騙すためか?」
「セシィが結婚を了承してくれたら、大切にはするつもりはある。スパイでは無かったらな」
「スパイかもしれない女を嫁にするつもりか?」
「貴様に嫁がせるよりは、安全だろう」
「今の俺を騙す価値はない。昔ならともかく」
「貴様は、戦争を終わらせた英雄だ。価値はあるだろう。敵国の女に騙されて、貴様がこの国に敵対するようなことになれば、この国は終わるな」
話しが終わり、セロンが斜向かいの家に帰って行った。
家の中に入って来たサイラスに問う。
「サイラス、セロンは私を疑っているの?」
「セシィ、聞いていたのか? 俺がおまえの国の女に騙されたから、おまえも疑われている。俺のせいだ」
「セロンの妹さんと何があったの?」
「あれは、五年前、貴族が通う学園の卒業パーティの時だった。王太子が突然、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を言い渡した。侯爵令嬢は、ふらふらと王太子に近寄ってきた。俺は、卒業生であったけれど、王太子の護衛騎士でもあったので、公爵令嬢の肩を持って、膝を床に付けさせて拘束した。それを助けようとしたセロンの妹が走って来た。俺は、蹴りを入れて止めた」
「セロンの妹さんは、酷い怪我をしたの?」
「腹に痣ができていたと、セロンが言っていた」
「なぜ、死んでしまったの?」
「俺たちは、男爵の娘となっていた女スパイに騙されていて、侯爵令嬢とセロンの妹がぐるになって、男爵令嬢を苛めていたと思い込まされていた。そして、セロンの妹が、男爵令嬢を階段から突き落として殺そうとしたと思っていた。だから、セロンの妹に『おまえなど、生きる価値はない』と言ってしまった」
それだけで、セロンの妹さんは死んでしまったの?
「女スパイはどうなったの?」
「隣国へ逃げた」
辛そうなサイラス。
翌日、セロンの執務室で帳簿付けを手伝う。
「隣国のスパイだと疑っているのでしょう?」
「サイラスに聞いたのか? 口の軽い男だ」
「違うわよ。部屋にいたら聞こえたのよ。疑っているのに、帳簿なんて見せていいの?」
「我が領地が貧乏なのは、帳簿なんて見なくてもわかる。見せても大差ない。スパイだろうと、使えるやつは使う。我が家の家訓だ」
「もし、私がスパイならどうするつもり」
「逃げたあの女の代わりに、見せしめに殺すかな。楽には殺さんが」
微笑みながら、物騒なことを言うのは止めて欲しい。
「なぜ、妹さんは、自ら死んでしまったの?」
辛い思い出だとは思うけど、こんな奴に配慮は必要ない。
「妹は、サイラスに憧れていた。本を読んで歩いていて、崖から落ちそうになったところをサイラスに助けられたそうだ。助けられたことも気付かずに、抱きしめられたことに驚き、サイラスの頬をぶってしまったらしい。それを見ていた級友に指摘されて、謝りに行ったら、サイラスは微笑んで許してくれたと」
サイラスらしい。昔から優しかったんだ。
「妹は、子爵の娘である自分が、侯爵子息のサイラスに相手にされるとは思っていなかった。ただ、卒業パーティの日、一曲だけでいいからサイラスとダンスを踊りたい、そんなささやかな願いを書いた手紙を私によこした。しかし、あの日サイラスからは貰ったのは、『おまえなど、生きる価値など無い』という残酷な言葉だけだった」
なんてこと。憧れていた人に、そんな残酷なことを言われたなんて。私がサイラスにそんなことを言われるところを想像しただけで、涙が出そう。
「サイラスは、妹さんが自分に憧れていたことを知っているの?」
「いや、私が伝える訳がないだろう」
「妹さん、辛かったでしょうね」
「当然だ。死ぬぐらいだから。あいつだけは許さない」
セロンが握り締めた手から、血が滴る。強く握りすぎて、爪が掌の皮膚を破ったらしい。
「血が出ているよ」
セロンの掌をゆっくりと開く。
「私が結婚してほしいと言えば、本当に結婚するつもりだった?」
「本当だ」
「なぜ? ドレスや宝石を欲しがる女性だけではないでしょうに」
「妹は、生きる価値がないと言われて、死んでしまった。私も同じようなことを言ってしまって、妻に死なれたらと思うと怖かった。セシィならば、そんなことでは死なんだろうし、死んだとしても、スパイだったと諦められる」
「か弱い女性になんてことを」
「セシィがか弱いならば、この世にか弱くない女などいない」
失礼にも程がある。
「セロンは、今夜の夕食はいらないのね。さっさと、自分の家に帰ってね」
「いや、セシィほどか弱い女はいない。夕飯は食う」
何て変わり身の早いやつ。
セロンがくれたお金は、サイラスが渡してくれるお金と同じ。だから、サイラスの週給の半分になる。
「いや、週給だ」
「こんなに貰えないよ。もっと少なくていい。その分を復興に使ってよ」
「駄目だ。必要なお金は使いつつ、復興しなければ意味がない。セシィが低給で仕事をしたら、他の者も正当な報酬を受け取りにくい。だから、ちゃんと受け取れ」
「でも、セロンはお金を受け取っていないじゃない」
帳簿付けを手伝って分かった。たから、セロンは我が家で只飯を食べて行くんだ。
「私は、領主代理だからな」
「わかった。夕飯代込みと言うことにしておく」
「それは、有難い」
セロンの笑顔を初めて見たかもしれない。
いつもの様に、仕事が終わってセロンと一緒にお買い物に行く。
「今日は私のお金があるので、ちょっと贅沢する」
「いいね、私の方が大きい肉だな」
「小さい方に決まっているじゃない」
ちょっと贅沢な買い物を済ませ、セロンと馬に乗って家に帰る。
そして、セロンに手伝ってもらって夕飯の用意をする。
「まだ、サイラスを庇うのか?」
「当然」
「私は、あいつをこの手で殺すまで、諦めないからな」
私は、ため息を付く。
そうしているうちに、サイラスが帰って来た。
「今日、お給金を貰ったの」
サイラスに報告する。
「ちゃんと、貰えたのか?」
「うん、サイラスの半分ぐらい」
「それは、事務官と同じぐらいだ。良かったな」
サイラスが頭を撫でてくれる。褒められてうれしい。
夕食の後片付けが終わった後、セロンが家へ帰って行った。
「セシィ、ちょっと話がある」
サイラスが呼ぶ。私たちは食事室の椅子に座って向かい合う。
「サイラス、何?」
「セシィがちゃんと給金を貰えることを確認したし、俺は、セロンの気が済むようにしたい。セシィは、領主館に住め。セロンも悪い様にはしないだろう」
「嫌よ! 私はここにいる」
「俺は、セシィが一人で生きて行けるようになるまでの命だと決めていた。だから」
「駄目よ、セロンは信用できないわ。サイラスがいなくなると、私は用無しになって、放り出されるかも。サイラス、お願い。私の側にいて」
「ブレイスフォード子爵は、清廉な人柄だと聞いている。息子のセロンもおまえを放り出すような男だとは思えない」
「私を誘拐するような男よ? 本当に信用できると思う?」
考え込むサイラス。
翌日も夕食を三人でとる。
「相変わらず、セシィの飯は美味いな」
セロンが褒めてくれる。
「お世辞を言っても、お代りはありませんからね」
「こいつには、追加するのにか?」
サイラスの皿を指差して言うセロンは、相変わらずせこい。
「セロンにもやったらどうだ?」
サイラスは優しすぎます。
「只飯食らいに、贅沢は必要ありません」
「相変わらず、セシィは私に厳しくないか?」
「当然です。サイラスの命を狙っている奴に、追加するご飯はありません!」
いつものような夕食を終え、セロンが玄関から出て行った。
追いかけるサイラス。
一階の部屋の窓を少し開けて、外を見る。
薄暗い庭に二人が見えた。話し声が聞こえてくる。
「セロン、私を殺した後、セシィを変わらず雇ってもらえるか?」
「それはどうかな? セシィは隣国の女なんだろう。スパイではないとは言い切れない」
「セシィがスパイなどと、そんなはずない!」
「あの時も、そう言ったよな。あの女に騙されているのではないかと問うた私に、『あの人は、騙すようなことはしない。おまえの妹が悪い』と。しかし、貴様は見事に騙されていた。信用ならん」
「セシィをどうするつもりだ?」
「貴様を殺すことに納得してもらわなくてはな。私は罪人と呼ばれてもかまわないが、妹まで罪人呼ばわりさせるわけにはいかない」
「セシィに求婚をしていた。冗談か? 騙すためか?」
「セシィが結婚を了承してくれたら、大切にはするつもりはある。スパイでは無かったらな」
「スパイかもしれない女を嫁にするつもりか?」
「貴様に嫁がせるよりは、安全だろう」
「今の俺を騙す価値はない。昔ならともかく」
「貴様は、戦争を終わらせた英雄だ。価値はあるだろう。敵国の女に騙されて、貴様がこの国に敵対するようなことになれば、この国は終わるな」
話しが終わり、セロンが斜向かいの家に帰って行った。
家の中に入って来たサイラスに問う。
「サイラス、セロンは私を疑っているの?」
「セシィ、聞いていたのか? 俺がおまえの国の女に騙されたから、おまえも疑われている。俺のせいだ」
「セロンの妹さんと何があったの?」
「あれは、五年前、貴族が通う学園の卒業パーティの時だった。王太子が突然、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を言い渡した。侯爵令嬢は、ふらふらと王太子に近寄ってきた。俺は、卒業生であったけれど、王太子の護衛騎士でもあったので、公爵令嬢の肩を持って、膝を床に付けさせて拘束した。それを助けようとしたセロンの妹が走って来た。俺は、蹴りを入れて止めた」
「セロンの妹さんは、酷い怪我をしたの?」
「腹に痣ができていたと、セロンが言っていた」
「なぜ、死んでしまったの?」
「俺たちは、男爵の娘となっていた女スパイに騙されていて、侯爵令嬢とセロンの妹がぐるになって、男爵令嬢を苛めていたと思い込まされていた。そして、セロンの妹が、男爵令嬢を階段から突き落として殺そうとしたと思っていた。だから、セロンの妹に『おまえなど、生きる価値はない』と言ってしまった」
それだけで、セロンの妹さんは死んでしまったの?
「女スパイはどうなったの?」
「隣国へ逃げた」
辛そうなサイラス。
翌日、セロンの執務室で帳簿付けを手伝う。
「隣国のスパイだと疑っているのでしょう?」
「サイラスに聞いたのか? 口の軽い男だ」
「違うわよ。部屋にいたら聞こえたのよ。疑っているのに、帳簿なんて見せていいの?」
「我が領地が貧乏なのは、帳簿なんて見なくてもわかる。見せても大差ない。スパイだろうと、使えるやつは使う。我が家の家訓だ」
「もし、私がスパイならどうするつもり」
「逃げたあの女の代わりに、見せしめに殺すかな。楽には殺さんが」
微笑みながら、物騒なことを言うのは止めて欲しい。
「なぜ、妹さんは、自ら死んでしまったの?」
辛い思い出だとは思うけど、こんな奴に配慮は必要ない。
「妹は、サイラスに憧れていた。本を読んで歩いていて、崖から落ちそうになったところをサイラスに助けられたそうだ。助けられたことも気付かずに、抱きしめられたことに驚き、サイラスの頬をぶってしまったらしい。それを見ていた級友に指摘されて、謝りに行ったら、サイラスは微笑んで許してくれたと」
サイラスらしい。昔から優しかったんだ。
「妹は、子爵の娘である自分が、侯爵子息のサイラスに相手にされるとは思っていなかった。ただ、卒業パーティの日、一曲だけでいいからサイラスとダンスを踊りたい、そんなささやかな願いを書いた手紙を私によこした。しかし、あの日サイラスからは貰ったのは、『おまえなど、生きる価値など無い』という残酷な言葉だけだった」
なんてこと。憧れていた人に、そんな残酷なことを言われたなんて。私がサイラスにそんなことを言われるところを想像しただけで、涙が出そう。
「サイラスは、妹さんが自分に憧れていたことを知っているの?」
「いや、私が伝える訳がないだろう」
「妹さん、辛かったでしょうね」
「当然だ。死ぬぐらいだから。あいつだけは許さない」
セロンが握り締めた手から、血が滴る。強く握りすぎて、爪が掌の皮膚を破ったらしい。
「血が出ているよ」
セロンの掌をゆっくりと開く。
「私が結婚してほしいと言えば、本当に結婚するつもりだった?」
「本当だ」
「なぜ? ドレスや宝石を欲しがる女性だけではないでしょうに」
「妹は、生きる価値がないと言われて、死んでしまった。私も同じようなことを言ってしまって、妻に死なれたらと思うと怖かった。セシィならば、そんなことでは死なんだろうし、死んだとしても、スパイだったと諦められる」
「か弱い女性になんてことを」
「セシィがか弱いならば、この世にか弱くない女などいない」
失礼にも程がある。
「セロンは、今夜の夕食はいらないのね。さっさと、自分の家に帰ってね」
「いや、セシィほどか弱い女はいない。夕飯は食う」
何て変わり身の早いやつ。
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