戦場で拾われた少女は薬師を目指す

鈴元 香奈

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仕事が増えました

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 仕事が終わり、セロンと一緒に家の帰ると、斜向かいのセロンの家に『診療所』と書かれた看板が掲げられている。
「何を始めるつもり?」
 セロンに問う。
「書いてある通りだ。我がブレイスフォード領では、平民でも入学できる医師養成所がある。そこの卒業生が、こちらの領地に来てくれることになった。あの家が診療所になる」
 セロンが住んでいる家を指差す。
「セロンは、どこに住むの?」
「ここだな。部屋が余ってもったいないから、私が住んでやる」
 セロンが指さしたのは、我が家。絶対に嫌だ。
「お断りよ!」
「セシィは断っても、サイラスはどうかな。私の頼みを無下にはできないだろう」
「汚い。サイラスの弱みに付け込むつもり?」
「使えるものは仇でも使え。我が家の家訓だ」
 セロンの家には、どんだけ家訓があるのよ!
 
「という訳で、今夜から世話になる」
 説明があっさりなセロン。
「わかった」
 サイラスは、あっさり了承した。
「ただし、セシィの部屋には近づくな。破ったら追い出す」
 何時になく強気なサイラス。
「了承しよう」
 当然です。
「ブレイスフォード領って、平民でも医師になれるんだ」
 私の国では、貴族や貴族子弟の医師しかいなかった。当然、平民は診てもらえない。
「父は、貴族の医師に頼み込んで、養成所の教官になってもらった。私が産まれる前の事だ。今では、教官も平民が務めるようになって、領地内の医師が増えた。辺境に村にも医師を派遣できるようになり、病気や怪我で死ぬ者が減った。そうすると、働き手が増えて、徐々に豊かになってきている」
「セロンの父親って、凄いのね」
「私の自慢だからな。私もこの領地に医師養成所を作りたい。セシィが教えている子たちが、将来医師養成所に入ってくれたらと思う。勉強に興味を持つ入口が大切なんだ。セシィの役割は大きいぞ」
「あの子たちが、将来医師になる。そのお手伝いをしているの?」
「そうだ、しっかり文字と計算を教えてやれ」
「うん、頑張る」
 私が教えているのは、五歳ぐらいから十歳ぐらいまでの小さい子。それより年上の子は、セロンが雇った事務官が教えている。だから、遊びでいいと思っていた。ちゃんとした勉強は事務官が教えるからと。でも、セロンは入口が大切だと言う。頑張ろうと思う。医師が増えたら、それだけ助かる命も増えるから。
 
 翌日の夕方。元セロンの家だった診療所から、若い男性が出てくる。
「アンドルー、こっちだ。夕飯を食うぞ」
「なんですって! また、只飯食らいが増えるの?」
「遠くからわざわざこの領地に来てくれた医師に、夕飯も食わさない気か? セシィは酷いな」
「食べさせないとは言っていないわよ!」
 セロンはお金を持っていないものね。お医者様のためだから、仕方ない。
 
 四人でも余裕の食卓を囲む。一人分の食事量は予定より少し減ったけれど、量は十分だと思う。
「アンドルーは、王都の医師養成所で最新の医療を学んできた、とても優秀な医師なんだ」
「アンドルーさんって、とても凄い人なんですね」
「そんなことないです。ブレイスフォード子爵様が、王都へ勉強に行く費用を出してくれました。子爵様のおかげで医師になれたのです。本当に凄いのは、僕のような平民に王都で勉強するような道を用意してくださった、子爵様です」
「ブレイスフォード子爵様は、とても尊敬されているのね?」
「はい。僕の村は貧しくて、子爵様が領主でなかったら、病弱な僕は生きていなかったかもしれません。だから、僕の知識で多くの人を助けて、子爵様にお礼がしたいと思います」
「アンドルーさんは、何歳なの?」
「僕は二十一歳になりました」
 若い。私より五歳上なだけ。その年で、王都で勉強した立派なお医者様なんだ。
「私の父は、町で薬師見習いをしていたの。薬を卸していた店のお嬢さんと駆け落ちして村に戻ったので、正規の薬師にはなれなかったけれど、私に薬草の採取や薬の作り方を教えてくれた。もし、お役にたてることがあったら言ってね」
「何だと? セシィはどこまで使えるやつなんだ。明日、診療所で薬の事について話し合おう」
 身を乗り出さんばかりにして、セロンが言う。
「わかった。でも、その前に夕飯の事と、セロンがここに住むことについて話し合いましょう。私のお給料には、セロンの夕飯は含むと言ったけれど、この家に住んだり、他の人の夕飯まで含んでいるとは言ってないわよ」
「すいません。夕飯をご馳走になってしまって。養成所を出て、見習い医師をしていたのですが、給金を貰っていなくて、持ち合わせがないのです。少しずつ返しますので、待ってもらえますか?」
 アンドルーさんが、申し訳なさそうに言う。
「サイラスが払ってくれるから、気にするな。慰謝料ぐらい出すよな」
 相変わらずセロンはせこい。そして、汚い。
 サイラスの勤めている国境近くの砦は、王宮直轄地になるため、サイラスは王宮騎士。給金は王宮から出ている。
「わかった。セシィ、俺の給金からセロンたちの費用を出してやってくれるか?」
「アンドルーもここに住むから、よろしく。アンドルー、セシィの部屋には近づくなよ」
 はぁ……。また、人が増える。
「もちろんです。僕は、そんなこと……」
 セロンのせいで、アンドルーさんが困っているではないですか!
 こうして、私たちの家には、居候が二人も増えてしまった。
 
 翌朝、サイラスに勉学所まで送って貰う。
 セロンとアンドルーも馬でついて来ている。
「十歳より上の子で、医師になりたい子がいたら、アンドルーに勉強を見てもらうことになった。アンドルーは昼をここで食べてから診療所へ行く。その時セシィも一緒に行ってくれ」
 セロンに頼まれる。
「帳簿の方はいいの?」
「今日は私が何とかする」
「わかった」
 昼からは、診療所へ行くことになった。昼食の用意の手伝いもあるので、小さい子に教えられるのは、三時間ほど。頑張らなくては。
 小さい子の教室には、子どもたちが二十人いる。孤児院から十人、町から通っている子が十人。
 カードに数字を書いて、裏向けて置いておく。そして、カードを二枚めくり子どもたちに見せる。 子どもたちが二枚のカードに書かれた数を足した数字と、大きい方から小さい数を引いた数字を石板に書く。計算が合っていたら、小石を渡す。
 一文字書いたカードを見せる。子どもたちには、その文字で始まる言葉を石板に書いてもらう。ちゃんと書けていたら、また、小石を渡す。
 そして、最後にみんなの小石を合わせて数える。それから、みんな同じ数になるように小石を分ける。余った小石は明日に貯めておく。お昼の時に、小石とおやつを交換することができるので、みんな真剣に勉強している。少しでも計算や文字に興味を持って欲しい。そして、望む職業に就いて欲しい。
 
 お昼を勉学所で食べて、アンドルーとセロンと一緒に診療所へ行く。
 アンドルーはあまり馬に慣れていないと言うことで、セロンの馬に乗せてもらう。
「これが、お腹の調子を整える薬草。これを傷に塗ると痛みが和らぐ。熱冷ましはこれとこれを混ぜて作る」
 診療所で、アンドルーから、いくつかの薬草を見せられ、薬効を問われた。
「完璧だ。セシィさんのお父さんは、いい薬師の弟子だったんだな。それでは、薬の調合を見せてほしい」
 父を褒められたみたいでうれしい。でも、お父さんの薬では流行病を止められなかった。
「セシィでいい。みんなそう呼んでいるし」
「それでは、僕の事も、アンドルーと呼んで」
「お医者様を呼び捨てなんてできません」
「僕はただの平民だし。気にしないで」
「いえいえ。気にするでしょう」
 乾燥させた薬草から薬を作る。父に教えられた通りに天秤を使い、乳鉢で粉にして、薬匙で混ぜていく。
「合格だ」
 三種類の薬を作ったところで、アンドルーが言った。
「僕は、薬師の勉強もしたけれど、セシィの方が作り方が上手だ。薬草の採取も出来るのだな。薬はセシィに任せてもいいか?」
「わかった。セシィの仕事は、午前中は勉学所で勤務。昼食の手伝いの後、週に二日は帳簿付け、週に四日はアンドルーの補佐と薬作成。一日は休日だ」
 相変わらず、セロンは人使いが荒い雇い主だった。
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