僕は聖なる乙女のために竜騎士を目指す

鈴元 香奈

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寮長の裁定

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「竜は誇り高い生き物だ。そんな竜が今のお前たちを背に乗せると思っているのか?」
 寮長は声を荒立てたりしない。静かに語っているだけだ。それでも抗えないような気迫を持っていた。
「でも、父親は竜騎士なんてずるいから」
 カルロが泣きながらそう言った。寮長が治療したので、カルロには怪我も火傷の痕もない。しかし、痛みは残っているのかもしれない。

「なぜ、父親が竜騎士ならずるいと感じるのだ? 私たちは竜騎士を育てるためにここにいる。お前たちは竜騎士になるためにここに来た。目的はただ一つ、竜に認められるためだ。父が裕福だとか、竜騎士だとか、そんなことは竜に認められるのに何一つ関係ない。他人を羨んだり貶めたりするのは、自らの誇りを失うことだぞ。誇りなき者を竜は認めたりしない」
 寮長の言葉を聞いて、カルロの泣き声は益々大きくなった。寮長の言葉を理解して悔やんでいるのか? それとも、僕がずるいと言ったことを否定されて悔しいのだろうか。
 

「僕はレアナかくれた銀の札を壊したカルロを許すことはできない!」
 僕は曲がってしまった札を握りしめた。カルロに涙を見せたくなんかなかったが、僕の頬を伝わるのは涙だろう。
 たとえ誇りを失うことになっても、僕はレアナの想いが詰まった札を壊したカルロを許せない。
「人の大切な物を故意に壊すのは罪だが、それでも、不用意に魔法を使っていい理由にはならない。竜騎士は人々を守るために存在する。だからこそ竜に認められるのだからな。力があるからといって、むやみに力を行使するような奴はただの馬鹿だ」

 僕は悔しくて手を握りしめた。
「でも、この銀の札はレアナが一年かけて買ってくれて、レアナが祝福してくれたんだ」
 この札は、この世界で唯一の僕の宝物だから。
「僕が父さんに頼んで同じものを買ってやるよ。それでいいんだろう?」
 ふてくされながらカルロは言う。僕は本当に情けなくなった。
「そんなの、この札じゃない! これにはレアナの一年の想いが詰まっているんだ。それから、レアナの聖なる力も」
 僕は思わず叫んでいた。叫ばざるを得なかったんだ。

「レアナとはルシア様の娘さんか? たった七歳で神殿へ入ったらしいな。力の強い聖乙女らしいので、今度会えるのは十年後か」
 寮長は辛そうに俺を見た。ルシアおばさんは十六年の間神殿にいたのだから、それよりましだとはいえ、十年は本当に長い。
「十年?」
 カルロは小さな声で呟く。

「聖乙女はな、力が衰えるまで一歩も神殿の外へ出ることができない。年二回の帰宅が許されていて、基地内の売店ならばいつでも自由に買い物ができる竜騎士訓練生とは違う。私物の所有は何一つ認められず、この国の人々のためにひたすら祈り続ける毎日を過ごすんだ」
 寮長の奥さんは元聖乙女なのだ。しかも元竜騎士であった寮長は聖乙女についてとても詳しい。

「それに、自分の意志で竜騎士になると決めた僕たちとは違って、レアナは聖なる力を持っているというだけで、神殿に連れて行かれた。自分の意思では神殿を出ることもできないんだ。レアナは聖なる力が強いから、聖乙女を辞めるのは十年後かもしれない。しかも、竜騎士が迎えに行かなければ神殿から出れないんだ。だから、僕は石にかじりついてでも竜騎士にならなければならない」
 そうだった。僕はレアナのために絶対に竜騎士になるんだ。そして、神殿へレアナを迎えに行く。こんなところで誇りを失ってはならない。

「すみませんでした。僕はもう二度と無駄に魔法は使いません。だから、許してください。僕はレアナのために竜騎士になって、レアナを神殿まで迎えに行かなければならない。お願いですから、ここにいさせてください」
 僕は寮長にも、そして、カルロにも謝った。悔しかったけれど、神殿で待っているレアナのことを想うと、そんなことは何でもなかった。

「カルロは、竜に選ばれるためにどうすればいいと思う?」
 寮長がカルロに訊いた。相変わらず穏やかだけど、とても迫力がある。

「僕は竜が大好きなのでいつも中央公園へ行って、公園の真ん中にある竜発着場に竜を見に行っていた。そうすると、たまに竜に子どもが乗っていることがあるんだ。竜騎士の子どもは竜に乗せてもらえっると聞いて、僕はとても羨ましかったんだ。だから、僕は……」
 カルロの語尾はだんだん小さくなって消えていく。

「竜はこの国の守り神のような存在だ。それ程に力を持っている。竜がその気になれば、国を亡ぼすことも容易いだろう。そして、竜騎士はそれを命じることができる。だから、竜騎士は親や兄弟を人質に取られ国を害するようなことを強要されても、彼らを見捨てる覚悟をしなければならない。だけど、妻と未成年の子どもだけは別だ。彼らが基地を出る時は常に竜騎士が付き添って護衛する。竜騎士の妻と子が騎竜を許されているのは、そういう訳だ。竜騎士の子どもは自由に基地の外へ行くこともできない。決して恵まれている訳ではない」

 カルロは唇を噛んだまま、じっと僕を見ていた。
 そして、意を決したように言葉を発した。
「ごめんなさい。僕は取り返しのつかないことをしてしまいました。でも、僕は竜騎士になりたい。もう二度と誇りを失うことはしません。許してください」
 あのカルロは僕に謝った。僕は意外過ぎて、カルロは病気なのではないかと配してしまう。

「今回は反省文二十枚で許してやる。二日で書き上げろ。もちろん訓練は通常通り行うから、夜に書くんだぞ。それから、二度目はない。同じ過ちを繰り返すような奴は、絶対に竜に選ばれないからな」
 俺たちは寮長から許された。
 それは嬉しかったが、手の中の曲がってしまった銀の札は、もう元には戻らない。
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