【R18】放逐された娼婦の再就職先

鈴元 香奈

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妻の遺言

 ノエリアは彼女の部屋の前で急に泣き出した。勇気を出してスランを誘ったが、彼は何も答えなかったので拒否されたと思ったのだ。
「そんなに泣くと、涙が傷にしみるだろう?」
 ノエリアの目から溢れ出た涙が腫れた頬にかかる前に、スランは指で拭い取った。
「スラン……」
 ノエリアはスランの暖かさを素肌で直接感じたかった。心も体もスランで満たされたい。そして、スランの欲望を満たしたい。
 しかし、ノエリアはこれ以上誘う言葉を知らない。涙を湛えた目でスランを見上げることしかできなかった。

「一つ確認なんだが、それは俺を誘っているのか?」
 目を細めてノエリアを見つめるスラン。ノエリアが何を求めているのか測りかねていた。
 スランの言葉を聞いて、嬉しそうに頷くノエリア。
 
「しかし、こんなに痣があるから触れるだけで痛そうだ。今日はおとなしく休んどけ」
 スランがノエリアの頭を軽く叩くと、いつもは喜ぶノエリアの顔が少し曇る。
「痣があるから嫌なだけで、スランは私を抱きたいと思っているの? それとも、商売女なんかに欲情しない?」
「俺も男だから、ノエリアみたいな女に誘われたら普通に欲情するが、今日は駄目だろう」
 店にやって来た時のノエリアは、行き届かない栄養と不健康な生活のため、肌は荒れ髪の艶は失われていた。それを隠すために濃い化粧をしてたので、二十代後半とは思えない草臥れた雰囲気になっていた。
 しかし、スランの店で栄養のある美味しいものを食べて、広くて清潔な部屋でぐっすりと眠り、『愚痴を聞いてくれてありがとう』と客に感謝されるような毎日を送っているうちに、ノエリアは本来の美しさを取り戻していた。
 今ならば認可娼館に採用を断られることはないだろう。

「今日がいいの。お願い。乱暴にしてもいいから。スランになら何をされてもいいから」
 明日になれば誘う勇気が出なくなるかもしれない。スランの気が変わっているのも怖い。そう思ったノエリアはスランの胸にしがみついた。
「ノエリア。本当にいいのか? 乱暴にするつもりはなくても、肌が触れるだけで痛い思いをするぞ。体格だってかなり違うし。男女が肌を重ねるというのは本来とても幸せなことなんだ。だけど、今日のエリアにとっては辛いだけだ」
 確かに辛いだけの仕事だったけれど、相手がスランならば幸せかもしれないとノエリアは思う。

「奥さんとした時は幸せだった?」
「ああ。天国にいるみたいに幸せだった」
「奥さんに悪いから、私を抱きたくない?」
「いや、俺の嫁は本当にできた女でな。病気になって辛い時に俺の心配をしていた。自分が病気で相手できないから他に女を作れと。だから、ノエリアを抱いてもあいつは怒ったりしない。ノエリアにここまで言わせて抱かなかった方が怒りそうだな。女に恥をかかせるなって」
 スランの妻に対する想いの深さを知り、絶対に勝てないとノエリアは思う。それでも、スランが欲しい。

「俺も風呂へ入ってくるから部屋で待っていろ」
 階段を下りようとするスランをノエリアが止めた。
「あっ、避妊をしなければ。毛糸を丸めて蜂蜜に浸けたものを入れておくのよ。そうすれば赤ちゃんができないんだって。いつもは姐さんが入れてくれるのだけど、一人でできるかな」
 年齢を重ねて客がつかなくなった娼婦は、若い娼婦の世話をして過ごしていた。蜂蜜は殺菌作用があると信じられていたので、避妊と病気予防のため使われていた。また、潤滑油代わりにもなる。そんな蜂蜜浸けの毛糸を予め入れておくのも、事後に取り出すのも客のつかない娼婦の仕事だ。
 しかし、そのような年齢まで長生きする娼婦は、場末の娼館では珍しい。病気で夭折するのが普通だった。ノエリアもあのまま娼館にいたら、とても長生きできなかっただろう。

「ノエリアは子どもは欲しくないのか?」
「スランとの子ども? 欲しい! でも、私には子育てなんて無理だし……」
 本当に嬉しそうな顔をしたノエリアだったが、すぐに辛そうな顔になる。
 貧しい家と娼館しか知らないノエリアは、幸せな子どもを見たことはない。
「それは大丈夫だな。俺には娘がいたので子育てには慣れている」
 ノエリアはスランがいなければ生きていけないと言った。それは正しいとスランは思う。生活するために必要な常識が欠落しているからだ。しかし、十歳以上も年上のスランが一生ノエリアを守ることは不可能だ。
 自分たちの子どもならばノエリアを託せるかもしれないとスランは思う。

「でも、娼婦の子どもだもの。幸せになれない」
 避妊に失敗して子どもを産む娼婦はいる。そうして産まれた子どもは女の子ならば娼婦として、男の子は下働きとして娼館で一生を終える。
「ノエリアは俺が妻と子を不幸せにすると思うか? それに、お前はもう娼婦ではないからな」
「妻? 誰が?」
「『他に女を作ってもいいけれど、その女とはちゃんと結婚して幸せにしてあげて』と言うのが俺の嫁の遺言だからな。ノエリアは俺と結婚するのは嫌か?」
「私は十年以上娼婦をしていて、数知れない男と寝た女だから、結婚する資格なんてない。私と寝てくれるだけでいいの。結婚してくなんて贅沢は言わない」
 貧しい父母が幸せだったとはノエリアにはとても思えない。それでも彼女は幸せな結婚には夢を持っている。それは絶対に手に入らない蜃気楼のようなもの。

「結婚に資格などいらない。俺たちの意思だけだ。とにかく、抱く以上お前は俺の妻になる。それが嫌なら俺は抱かないからな」
「うっ!」
 ノエリアはスランのシャツを握ったまま俯いてしまう。結婚まで望んでも許されるのだろうかと思案していた。
「どうする? 止めるか?」
「本当に奥さんにしてもらえるの?」
 ノエリアが顔を上げると、いつもは不機嫌なスランが微かに笑った。

「俺はもう四十歳だから、お前を一生守ってやれない。だけど、子どもが産まれたら成人するまで絶対生き抜いて子どもを守るからな」
「私はスランより絶対に長生きするから。スランを置いて死なないよ」
 そして、スランと一緒に死ねることができるのなら、それはとても幸せなことだとノエリアは感じていた。




 スランの言葉通りノエリアが部屋のベッドに腰掛けて待っていると、風呂上がりのスランがやってきた。普段はノエリアが部屋に行ってからスランは風呂に入る。
 いつもは短めの髪を後ろに流しているが、今は少し湿った髪が乱れて所々太い眉にかかっている。スランの見慣れない姿にノエリアの動悸が激しくなる。
 まだ太陽は落ちきっていないがかなり暗くなってきていた。スランは薄暗い室内にランプを灯した。
 
 
 ベッド際までやってきたスランは、ノエリアの腫れた頬にそっと指を置く。
「痛くないか?」
「大丈夫」
 安心して頷いたスランはゆっくりとノエリアのシャツのボタンを外していく。
 ランプの光にノエリアの白い肢体が浮かび上がる。所々についた痣は痛々しいが、小ぶりな胸も腰のくびれもスラン好みの体だ。
「ノエリア、綺麗だ」
「スランも脱いで」
 そうノエリアが頼むと、スランは着ていた白いシャツとズボンを脱ぎ去った。

「スランも綺麗」
 騎士を辞めた後も毎日体を鍛えているスランは、四十歳とは思えないほどの引き締まった張りのある筋肉を誇っていた。
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