不人気乙女ゲームに転生した聖女は最強の卑屈騎士を救いたい

鈴元 香奈

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合間の話1

4.義兄は私を馬鹿にしている(アンナリーナ)

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「治療院には重い火傷を負った少年がいたんだ。皮膚が破れて、体液が流れ出ているような酷い状態なのに、ライザ様はそこに直接手を触れて、懸命に治療をされていた。本当に頭が下がる思いだ。ライザ様のお姿もお心も神々しいほどに美しく気高い。彼女を手助けすることができて、騎士になって本当に良かったと思う。これからもライザ様をお守りしたい」
 私より少し遅く帰宅した義兄は、熱に浮かされたように治療院でのライザ様のことを語っていた。そして、それは夕食が始まっても終わらない。

「その話はもう何回も伺いました。倒れるまで魔力を使って兄様を治療してくださったライザ様のことはとても尊敬していますし、本当にお美しい方だというのも知っております。だけど、そんな話をするのに、時と場合を考えてください。私たちは夕食をいただいている最中ですよ。重い火傷や病気の方の話は、食事時に適切とは思えません。夕食を作ってくれたパルミラにも失礼でしょう」
 私は右手を前に突き出し、掌を立てて義兄の話を止めようとした。
「食事中だったな。本当に悪かった。って、その包帯はどうした?」
 兄は慌てて立ち上がり、私の右手首を掴み袖をたくし上げた。そこには真新しい包帯が巻かれている。手を前に出した時に少し包帯が見えたらしい。ライザ様の話に夢中になっていた割には、義兄は目ざとい。

「栄養価が高くて美味しい実をたくさんつける果物の木を王立植物研究所の温室で育てているのだけれど、その枝には鋭い棘があるの。それで、少し肌を擦ってしまって。たいした傷じゃないのだけれど、副所長が治療してくれたから」
 私が収穫すると果物はより美味しくなり、その上長持ちすると副所長に褒められて、それが嬉しかったものだから、収穫に夢中になってしまい腕に棘が刺さってしまった。傷は浅いし血はすぐに止まったのだけど、副所長が心配して包帯を巻いてくれた。副所長に心配をかけてしまったのは失敗だったな。もっと慎重に収穫するべきだった。

「何だって! 宮廷医師団のところへは行ったのか?」
 義兄は私の手を引いて、今からでも医師団本部へ行きそうな勢いだった。
「兄様、本当にちょっとかすっただけです。この程度の傷で宮廷医師団の方々のお手を煩わせることなんてできません。心配しなくてもすぐに治りますから。とりあえず食事を続けましょう」
 相変わらず義兄は心配性だ。農作業をしているんだから、こんなかすり傷なんて普通なことなのに。
「しかし、子爵令嬢であるアンナリーナにそんな危険な仕事をさせるなんて、王立植物研究所とはどういうところなんだ? このまま勤めていてはもっと酷い怪我をしてしまうかもしれない。そんな危険なところは辞めてかまわないからな」
「私は今の職場がとても好きなんです。植物好きの私に合っているし、やりがいを感じているの。辞めるつもりなんてありませんから」
「しかし、アンナリーナに何かあったら、義父母に申し訳が立たない。それに、四人くらいなら俺の給金で楽に暮らせる。アンナリーナは何も心配しないで花嫁修業でもしていればいい。持参金だって貯めておくから」

 義兄に悪意がないのはわかっている。それでも私は我慢できなくて、両手を勢いよくテーブルにつけた。思った以上の音がして、椅子に座ろうとしていた義兄が眉をしかめる。
「兄様は私のことを馬鹿にしているのでしょう? 私は大した仕事もしていないから、植物研究所を辞めてもどうってことないと思っているのよね」
 私が睨みつけると、義兄はさすがに狼狽うろたえた。
「馬鹿にしているわけではない。俺はアンナリーナのことが心配だから」
「嘘! お義兄様は私を軽く見ているのよ。だって、ライザ様はとても過酷な勤務をされているけれど、彼女には辛ければ辞めればいいなんて言わないでしょう?」
 私がそう言うと、義兄は驚いたように私を見た。

「そ、それは、ライザ様は聖女であって、この国には必要不可欠の存在の方で、俺が辞めろなんて言えるような方ではないから」
 義兄は更に狼狽うろたえながら言い訳をしていた。だけど、やはり許せない。
「兄様は、ライザ様と違って私なんて国には必要ないと思っているのよね。でもね、副所長は一所懸命に仕事をすれば褒めてくれるのよ。そして、仕事はきついかもしれないが、頑張ればいつか私がこの国にとって必要不可欠な植物を開発するかもしれないって応援してくれるの。もちろん、失敗すれば怒られるけれどね。確かに私にはライザ様のような能力はなのいかもしれない。でもね、私は頑張りたいの。たくさん勉強して、いっぱい植物を育てて、そして、国の人々に役に立つような植物を見つけるの。それが私の夢。それを邪魔するなら、私はこの家を出て王宮の寮に入ります!」
 全ての貴族子女は、十五歳になれば結婚まで王都に住まなければならないが、タウンハウスを用意できない貴族もいる。そのため、王宮は寮を用意してくれているのだった。寮といっても使用人を一人連れて行ってもいいことになっている。それほど不自由はしないはずだ。


 私は立ち上がって二階の自室に駆け込んだ。食事の途中で席を立つのは、作ってくれたパルミラに申し訳ない。だけど我慢がならなかった。

 義兄には本当に感謝している。こんな家に住めるのも、自由に外出できるのも、すべて義兄のおかげだ。
 『王立植物研究所を辞めろ』というのも私を心配しての発言だと理解はしている。 
 それでも、義兄は全く私の仕事を認めてくれていないと感じて、とても悲しかった。

 そして、副所長は私が貴族令嬢であることなど全く考慮せず、私を一人の所員として育てようとしてくれていることがとても嬉しいと感じていた。


 しばらく部屋にこもっていると、二階にある私の部屋のドアがノックされた。そして、義兄の声がする。
「本当に済まない。アンナリーナを馬鹿にするつもりなんてなかったけれど、君のことはまだ幼い少女だと感じていた。俺が王都へ出てきた三年前から意識が変わっていなかったんだ。アンナリーナは植物が大好きで、君が植えた種は他の誰が植えたものより大きくて味も良く育つことは知っている。そんな野菜が俺を救ってくれた。これからもアンナリーナは多くの人を救うことになるだろう。俺も君の夢を応援するから、どうか、許してくれ」
 義兄の声には後悔が滲んでいた。
「もう、仕事を辞めろとは言わない?」
 私はドア越しに義兄に質問をする。
「約束する。だけど、怪我だけは気をつけてくれ。それに、君をあまり酷く扱うようならば、ガイオ殿に抗議はする。それだけは譲れない。とにかく部屋を出てこい。食事を続けるよう」

「うん」
 私は涙を拭いて部屋を出て行くことにした。
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