不人気乙女ゲームに転生した聖女は最強の卑屈騎士を救いたい

鈴元 香奈

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王太子編

4.ベルトルドが怪我をした(ライザ)

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 ベルトルドが鞘から抜いた剣の冷たい輝きが怖くて、私は目を固く閉じた。
 意図したわけではないけれど、転びそうになって王太子の方に倒れかかってしまった。護衛のベルトルドから見れば、王太子を突き飛ばそうとした不敬な行為に見えた事だろう。
 彼の腕に強く拘束された私は、目を閉じて震えることしかできないでいた。

「ベルトルド、大丈夫か!」
 焦ったような誰かの声がする。薄目を開けてみると、王太子がベルトルドの肩を見つめていた。その視線につられてベルトルドの方を見ると、剣先が彼の肩から生えている。そして、彼が着ている騎士服が見る見る赤く染まっていった。

 しばらくするとベルトルドの腕の力が弱まったので、私はその腕から抜け出して、彼の背中の方に回ってみる。予想通り彼の背中に短剣が突き刺さっていた。そして、私の足元には、ベルトルドの剣に腕を貫かれるようにして、地面に縫い留められている見知らぬ男が転がっていた。

 私には何が起こったのか、とっさには理解できない。
  
 他の騎士が走り寄ってきて、足元の男に縄をかけている。
 ベルトルドが男の腕から剣を引き抜いた。騎士の一人が男を無理やり立たせて引きずるように場を離れていく。
 それらのことを全て見ているはずなのに、私の脳は処理を放棄していた。


「ライザ様、お怪我はございませんか?」
 ベルトルドの顔には玉の汗が浮かんでいる。息も荒い。肩を短剣で貫かれているのだから当然だ。 
 って、大変! ベルトルドが怪我をしているのだった。
 私は彼を治療するために近くにいたはずなのに、何を呆けているのだろう。

「私は大丈夫です。それよりアントンソンさんの怪我がとても酷いです。すぐに治療しなければ。どなたか、飲み水を用意してください!」
 ベルトルドの騎士服からは血が滴り落ちて、短い芝が赤く染まっていく。私は慌てて持っていた小さなバッグから痛み止めを取り出した。
 給仕が水の入ったコップを持ってくる。私はそれを受け取り、背伸びしてベルトルドの口へ錠剤を持っていった。
「痛み止めです。治療前にこれを飲んでください」
 少しためらっていたベルトルドだったが、口を小さく開ける。私はその中に錠剤を押し込んだ。そして、水の入ったコップを彼の口にあてがう。
 コップを傾けると、ベルトルドは水を一口、二口と飲んでいく。痛み止めも一緒に飲み込んだはずだ。
 これで、少しは痛みが引くと思う。

「ライザ様、あ、ありがとうございます」
 血が随分と失われたはずなのに、ベルトルドの顔は赤くなっている。怪我のため発熱しているのかもしれない。
 とにかく、早く治療をしなければ。
 

「ライザ様、ベルトルドに刺さった剣を抜いてもよろしいでしょうか?」
 一人の騎士が近寄ってきて、心配そうにベルトルドを見ている。その騎士は巡回治療の護衛を務めてくれたことがあり、私は彼の顔を知っていた。
「もう少し待ってください。治療を始める直前に短剣を引き抜いていただけますか?」
 このように深く刺さった短剣を抜くと、その途端に血が多量に吹き出ることがある。それは避けなければならない。

「ライザ嬢、それではあの四阿あずまやで治療するといい。ベルトルド、あそこまで歩けるか?」
 王太子は近くにある真っ白い四阿を指差した。しっかりとしたベンチとテーブルがあるので、確かに治療しやすい。しかも壁がないため、座ったベルトルドの後ろから短剣を引き抜いてもらうことができる。
「殿下。お気遣いありがとうございます。歩くことは可能なのですが、王宮の四阿を私の血で汚してしまいます。それは申し訳なく存じます」
「ベルトルド、何を言っている。緊急事態なのだ。歩けるのならさっさと四阿のところへ行け。これは命令だ」
「御意」
 ベルトルドは小さく頭だけを下げた。体を曲げるのは辛いのだろう。
 
 痛み止めが効いてきているとしても、肩を短剣が貫いているのだから相当痛いはずなのに、ベルトルドはしっかりとした足取りで四阿へ向かっていった。
 私も慌てて後に続く。彼の歩いた後には血の痕が線になって続いていた。

 すぐに四阿に着いたベルトルドは、ベンチに腰を掛けた。彼の息は荒いが、とにかくここまで歩いてきたのだから、肺は傷ついていないようで安心する。
「アントンソンさんの騎士服を切り取って、肩を治療できるようにしていただけますか? それから、短剣をできるだけ速く引き抜いてください」
 そう騎士に頼むと、彼はベルトルドの血に濡れた騎士服を持っていたナイフで器用に切り裂き、ベルトルドの肩を露わにした。そして、短剣を一気に引き抜く。
 ベルトルドの肩から血が溢れ出した。
 私はその血を押し込めるように背中と胸側の傷を両手で塞ぐ。

 私がベルトルドの肩に触れた時、彼はかなり辛そうな顔をした。以前治療した時の激痛を思い出したのかもしれない。
 今回のように痛み止めを飲んでいても、無痛というわけにはいかない。成人男性でも泣き叫ぶくらいの痛みがある。それでも、治療を止めることはできない。早く止血しなければ命に関わってしまう。
 
 私はベルトルドの肩に触れたまま、最大出力で聖魔法を使った。
 彼の傷が早く治ってほしい。
 彼の痛みを早く鎮めたい。
 そう願いながら、私は聖魔法を使い続ける。
 ベルトルドは悲鳴を発することもなく、歯を食いしばって痛みに耐えていた。


「ライザ様、どうか無理をなさらないでください。血は止まったようですから、後は自然に治ります」
 しばらくすると、ベルトルドが私の耳元でそう言った。夢中で治療していたので、気づかないうちに私は顔を随分と彼に近づけていたらしい。
 確かに血は止まっている。荒かったベルトルドの息も通常ほどになっていた。しかし、彼の顔は赤くて辛そうにしかめられているので、もっと治療が必要だと思う。

「アントンソン殿の言う通りだ。ライザは少し休め。後は私が引き受ける」
 側に来ていた兄が私を強制的にベルトルドから引き離した。そして、肉芽が盛り上がってきているベルトルドの傷に手を置く。
「クレイヴン殿、ありがとうございます」
 ベルトルドは兄に笑顔を向ける。私を見る時はとても辛そうだったのに。やはり私は嫌われているのだろう。
「礼を言うのは私の方だ。君が身を挺して妹を庇ってくれなければ、あの短剣はライザに突き刺さっていた。妹を救ってくれて、本当にありがとう」

 ベルトルドが私を救ってくれたの? 王太子を押し倒そうとした不敬の罪で私を拘束しようとしたわけではなくて?

 ベルトルドの剣で腕を貫かれていた男は襲撃者だったのだ。本当にゲーム通りのイベントが起こってしまった。
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