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宰相令息編
2.馬車の中で(アンナリーナ)
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クレイヴン侯爵家を辞して、私と義兄は家令の我が家の馬車に乗った。御者席にはアルマンが座っている。来る時には乗っていなかったパルミラが馬車の扉を開けてくれた。
最強の騎士様が怪我をしているため王都の治安が悪くなっているので、一旦家に帰ったアルマンがパルミラを連れて迎えに来てくれたのだろう。
パルミラはしわが寄らないように私のドレスを整えてから隣の席に座った。義兄は対面に腰を下ろす。
「ベルトルド兄様の意気地なし。なぜあの時、私のためにライザさんをエスコートするようなことを言ったの? 『美しいライザ様をエスコートするのは私の夢でした。本当に楽しみです』くらい言えば良かったのに」
私は馬車の向かいに座る義兄にそう言ってやった。すると、義兄は少し困った顔をする。
「そんな大胆なことを俺なんかが言えば、ライザ様にエスコートを断られてしまうかもしれないから」
「はぁ」
私は人前ではできない大きなため息をついた。
義兄の良いところは謙虚で優しいところだとは思う。でも、ライザさんの好みは『強くて頼りがいのある男性』だから、今のままでは可能性がなさすぎる。
「とにかく、音楽会でライザさんをエスコートできるようになったのだから、もっと頑張らないとね」
「そうだよな。知らない間にライザ様をエスコートすることになっていた。どうしよう? 頑張るって、何をすればいいんだ?」
義兄は頭を抱えて呻くようにそんなことを言っている。もっと堂々とできないのかと怒りたい気持ちを、私はぐっと我慢した。
こんなにうろたえている義兄を怒ったりすれば、心折れてしまうかもしれない。そうなったらかなり面倒だから。
「兄様だって騎士なのだから、もっとこう、どうにかならないの?」
「どうにかって、どうすればいいんだ?」
「騎士は人気の職業だし。兄様は顔だってそんなに悪くないし。もっと自分に自信を持っていいと思うのよね」
騎士団一の美形だと名高い副団長に比べると、義兄の容姿はかなり落ちるかもしれないけれど、他の騎士様とは同程度だと思うのよ。そんなに卑下することはないのに。
「しかし、俺はごく普通の騎士だぞ。顔だって良くないし。髪も目も茶色で平凡すぎる。自分に自信を持つなんて無理に決まっているんだ」
「はぁ」
私は何度目かのため息をつくしかなかった。
「それはそうと、アンナリーナはガイオ副所長のことが好きなのか?」
頭を抱えていた義兄が突然そんなことを言い出した。予想もしていなかった私はうろたえてしまう。
「そ、そんなことは…… わ、私はガイオ副所長を尊敬しているだけで」
女だとか若いだとか、そんなことで副所長は私を差別をしない。私ができることを褒めてくれて、できないことは指導してくれる。博識で穏やかな性格。義兄のように卑屈でもなく、だからといって尊大でもない。本当に理想的な上司だと思う。尊敬するのは当たり前だ。
「今まで全く気がつかなかったけれど、それって、やっぱりガイオ殿に惚れているということじゃないのか?」
「えっ?」
義兄の言葉に驚いたのか、パルミラが変な声を上げた。義兄の勘違いにパルミラだって驚いてしまったようだ。
「ベルトルド様って、どれだけお鈍いのでしょうか? アンナリーナ様は毎日ガイオ様のことを褒めていらしたではありませんか。あれを聞いても気がつかないなんてありえません。私なんて、ずっと前からアンナリーナ様のお気持ちに気づいておりました」
パルミラの言葉は丁寧だけど、何気にとても辛辣だ。義兄は頼りなくて卑屈だけど、彼のお給金で私たちは生活をしているので、もう少し歯に衣を着せてもいいと思うの。
「僕は義妹の気持ちもわからない駄目な男なんだ」
ほら、義兄は恥ずかしそうに俯いてしまった。こうなると、結構面倒なんだから。
って、パルミラが私の気持ちに気づいているってどういうこと?
「パルミラ、それは誤解だから。私は副所長のことを本当に尊敬しているだけで、男性として好きってわけではないのよ。本当よ」
「アンナリーナ様がガイオ様を好きとは申しておりませんが。でも、顔を真っ赤にしたアンナリーナ様はとてもお可愛らしいです」
パルミナが微笑みながら私を見ていた。
「でもね、私はガイオ副所長に相応しくないもの。年だって離れているし、爵位だってずっと下だから」
「そんなことはないぞ。ガイオ殿は二十五歳でアンナリーナは十五歳。十歳差の夫婦なんてありふれている。爵位だって、ガイオ殿は伯爵だ。子爵令嬢のアンナリーナが手の届かない相手ではないだろう」
落ち込んでいた義兄が急に私を励ましてきた。やっぱり優しいのよね。少し鈍感かもしれないけれど、それなりに気遣いもできるし。
「でも、副所長のお兄様は公爵閣下なのよ。それに、頭も良くて、容姿だって本当に素敵だし、田舎者の私なんて相手にしてもらえないに違いないもの」
「いや、ガイオ殿は変わり者だと有名で、結婚相手がいないと母上の前公爵夫人が嘆いていると聞いたことがある。子爵令嬢のアンナリーナが結婚相手なら、兄上の公爵殿も喜ぶ筈だ。それに、アンナリーナはとても可愛いと思うぞ。植物にも好かれているしな。アンナリーナの作った野菜はどこのよりも美味いじゃないか」
人と植物は違うと思うけれど、こうして励ましてくれるのはとても嬉しい。
「兄様だって、とても素敵だと思うわ。ライザ様とお似合いだもの」
お礼にちょっとお世辞を言っておいた。
「見え透いたお世辞はいいから」
褒めてあげたのに義兄は素直に喜ばない。やはりちょっと面倒くさい。
こんな状態で無事にライザ様のエスコートができるのだろうか?
その前に副所長を音楽会に誘わなければならない。
日頃の感謝の気持ちだからと、普通に誘えばいいはずだけど、考えると今から緊張してしまう。
私はかなり不安に思い、その後は無言で馬車に揺られていた。
最強の騎士様が怪我をしているため王都の治安が悪くなっているので、一旦家に帰ったアルマンがパルミラを連れて迎えに来てくれたのだろう。
パルミラはしわが寄らないように私のドレスを整えてから隣の席に座った。義兄は対面に腰を下ろす。
「ベルトルド兄様の意気地なし。なぜあの時、私のためにライザさんをエスコートするようなことを言ったの? 『美しいライザ様をエスコートするのは私の夢でした。本当に楽しみです』くらい言えば良かったのに」
私は馬車の向かいに座る義兄にそう言ってやった。すると、義兄は少し困った顔をする。
「そんな大胆なことを俺なんかが言えば、ライザ様にエスコートを断られてしまうかもしれないから」
「はぁ」
私は人前ではできない大きなため息をついた。
義兄の良いところは謙虚で優しいところだとは思う。でも、ライザさんの好みは『強くて頼りがいのある男性』だから、今のままでは可能性がなさすぎる。
「とにかく、音楽会でライザさんをエスコートできるようになったのだから、もっと頑張らないとね」
「そうだよな。知らない間にライザ様をエスコートすることになっていた。どうしよう? 頑張るって、何をすればいいんだ?」
義兄は頭を抱えて呻くようにそんなことを言っている。もっと堂々とできないのかと怒りたい気持ちを、私はぐっと我慢した。
こんなにうろたえている義兄を怒ったりすれば、心折れてしまうかもしれない。そうなったらかなり面倒だから。
「兄様だって騎士なのだから、もっとこう、どうにかならないの?」
「どうにかって、どうすればいいんだ?」
「騎士は人気の職業だし。兄様は顔だってそんなに悪くないし。もっと自分に自信を持っていいと思うのよね」
騎士団一の美形だと名高い副団長に比べると、義兄の容姿はかなり落ちるかもしれないけれど、他の騎士様とは同程度だと思うのよ。そんなに卑下することはないのに。
「しかし、俺はごく普通の騎士だぞ。顔だって良くないし。髪も目も茶色で平凡すぎる。自分に自信を持つなんて無理に決まっているんだ」
「はぁ」
私は何度目かのため息をつくしかなかった。
「それはそうと、アンナリーナはガイオ副所長のことが好きなのか?」
頭を抱えていた義兄が突然そんなことを言い出した。予想もしていなかった私はうろたえてしまう。
「そ、そんなことは…… わ、私はガイオ副所長を尊敬しているだけで」
女だとか若いだとか、そんなことで副所長は私を差別をしない。私ができることを褒めてくれて、できないことは指導してくれる。博識で穏やかな性格。義兄のように卑屈でもなく、だからといって尊大でもない。本当に理想的な上司だと思う。尊敬するのは当たり前だ。
「今まで全く気がつかなかったけれど、それって、やっぱりガイオ殿に惚れているということじゃないのか?」
「えっ?」
義兄の言葉に驚いたのか、パルミラが変な声を上げた。義兄の勘違いにパルミラだって驚いてしまったようだ。
「ベルトルド様って、どれだけお鈍いのでしょうか? アンナリーナ様は毎日ガイオ様のことを褒めていらしたではありませんか。あれを聞いても気がつかないなんてありえません。私なんて、ずっと前からアンナリーナ様のお気持ちに気づいておりました」
パルミラの言葉は丁寧だけど、何気にとても辛辣だ。義兄は頼りなくて卑屈だけど、彼のお給金で私たちは生活をしているので、もう少し歯に衣を着せてもいいと思うの。
「僕は義妹の気持ちもわからない駄目な男なんだ」
ほら、義兄は恥ずかしそうに俯いてしまった。こうなると、結構面倒なんだから。
って、パルミラが私の気持ちに気づいているってどういうこと?
「パルミラ、それは誤解だから。私は副所長のことを本当に尊敬しているだけで、男性として好きってわけではないのよ。本当よ」
「アンナリーナ様がガイオ様を好きとは申しておりませんが。でも、顔を真っ赤にしたアンナリーナ様はとてもお可愛らしいです」
パルミナが微笑みながら私を見ていた。
「でもね、私はガイオ副所長に相応しくないもの。年だって離れているし、爵位だってずっと下だから」
「そんなことはないぞ。ガイオ殿は二十五歳でアンナリーナは十五歳。十歳差の夫婦なんてありふれている。爵位だって、ガイオ殿は伯爵だ。子爵令嬢のアンナリーナが手の届かない相手ではないだろう」
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「でも、副所長のお兄様は公爵閣下なのよ。それに、頭も良くて、容姿だって本当に素敵だし、田舎者の私なんて相手にしてもらえないに違いないもの」
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人と植物は違うと思うけれど、こうして励ましてくれるのはとても嬉しい。
「兄様だって、とても素敵だと思うわ。ライザ様とお似合いだもの」
お礼にちょっとお世辞を言っておいた。
「見え透いたお世辞はいいから」
褒めてあげたのに義兄は素直に喜ばない。やはりちょっと面倒くさい。
こんな状態で無事にライザ様のエスコートができるのだろうか?
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