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SS:兄弟の会話
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「俺は凪を遊びにも連れて行ってやれない。凪を幸せにしたいと思っているのに、半年一緒に暮らして山に行っただけだった」
腕を絡ませながら玄関を出ていく凪と環を見送った後、章は力なくリビングのソファに座り込んだ。
「それでいいんじゃないか? お前がさ、観光地を巡ってお洒落なレストランで食事するような、ごく普通のデートに誘えるような男になったら、凪に捨てられると思うぞ。あの手の女は自分がいなければ駄目になるような男が好きなんだから。お前が情けなければ情けない程、凪は優しくしてくれるだろう?」
章の向かいのソファに座った尊は、これでも章を慰めているつもりのようだ。
「俺は凪がいないと生きていけないといつも言っている」
凪の必要度は誰にも負けない自信がある章だった。
「胸を張って言うことではないような気がするが、情けなさはかなり出ているよな。まぁ、これからも凪に捨てられないように精々頑張るんだな」
「頑張るって、俺は何をしたらいいんだ? 俺だって凪にコートや靴を買ってやりたし、でっかいダイヤがついている婚約指輪も贈りたい。でも、凪がもったいないと言うから我慢しているのに、母親が凪に色々なものを贈っているんだ」
皐月に呼び出された凪は、新しい服や靴を身に着けて、美しく眉を整え薄化粧をし益々美しくなって帰ってくる。章はそれが不安で仕方がないし、自分が凪を美しく着飾らせたいと不満に思っている。
「親孝行だと思って、凪のコートや靴ぐらい黙ってもらっておけよ。母さんだって、章を幸せにしたいと必死なんだから。凪の舌をもっと肥えさせること、凪をもっといい女にすること、それが母さんの生きがいになっているようだしな」
「でも、凪があんまりいい女になって、他の男に取られたらどうする? 俺には勝ち目はないぞ」
その自分の言葉にショックを受けてしまった章は、頭がテーブルにつくぐらいに項垂れてしまった。
「確かに。男だけではなく、女にも凪を取られそうになっているからな」
凪と知り合う前の章は、こんな風に悩むことはなかったと尊は思う。諦めきったように何にも興味なさそうだった章が、こんなに人間らしい感情を見せるのが嬉しいと感じる尊だが、やはり素直にそんなことは言えず、からかう口調になってしまう。
「それは尊の方だろう。環が凪に取られてもいいのか?」
仲良く出かけて行った凪と環は、友人というより恋人同士のようであった。
「相手が凪なら仕方がないかな。凪は本当に美少年だよな。女子高から女子大の環は男っぽいのは苦手らしいから」
「自分の女ぐらいしっかり捕まえておけよ。凪が誘惑されたらどうするんだよ」
『興味ない』と言ってしまったせいか、章は環から敵意を向けられているように感じる。そして、凪を奪われるのではないかと不安に思っているのだった。
「それは自分のことだろう? お前こそしっかりと凪を捕まえておけ」
章のあまりの余裕のなさに、尊はあきれて首を振る。そして、この情けなさなら凪は章を捨てないのではないかと安心した。
「ところで、凪との馴れ初めは何なんだ? 母さんが気づいた時にはもう同棲していたんだろう? まさかお前が女をマンションに連れ込むなんて思ってもみなかったから、俺たちは本当に驚いたぞ」
女性が近づいただけでパニックになるぐらい女性恐怖症の章である。母親の皐月のことも章は恐れていて、皐月がこっそりと泣いていたのを尊は覚えていた。
そんな章が女と住んでいると聞いて、尊は本当に衝撃を受けたものである。
「俺は凪のことを男だと思っていたから、同棲していた訳じゃない。俺がコンビニの前で逆ナンされて困っていたら、助けてくれたのが凪だった。それで礼を言おうとよく見ると、手が腫れて変色していたんだ。殴られたんじゃないかと思って訊きだしたら、義理の父親に襲われ家を飛び出してきたって言ったから、このマンションに連れてきた」
それはほんの半年前の出来事である。しかし、凪と出会う前にどうして生きていたのか思い出せないほど、章にとっては遠い昔のことのように感じていた。
「凪は確かに美少年風だけど、いくらなんでも本気で男と思うか?」
凪の髪が今よりかなり短かったのは知っている。それでも、凪はどう見ても女だった。
「俺は安全な日本にはあんな男もいるんだろうなと思っていた。そもそも、東洋人の女を間近で見たこともなかったし」
「章は本気で凪を男だと思っていたのか。それじゃあ、男と思ったから凪を襲ったのか?」
「そんなことをするか!」
「じゃあ、凪に襲われたとか?」
尊は冗談でそう言ったが、章の顔は見る見る真っ赤になった。
「ち、違う。凪が女とできない俺を哀れに思って慰めてくれたんだ。俺は凪を男だと思ったままだった」
それは章の世界が変わるほどの経験だった。凪の中は暖かくて、うごめくように章自身を迎え入れてくれた。凪に溺れてしまいたい欲望があったが、凪が十六歳だと思っていた章は理性でその肉欲を封じ込めて、ただの同居人として過ごしていた。
「いくら何でも、そんなことをすれば女とわかるだろう? 章が童貞で舞い上がっていたとしても」
「目隠しされて、手首を縛られていたから、凪が女だってわからなかった」
「お前が縛られてレイプされたのか? それは愉快だな」
尊にとって大事な弟である章だが、とても危険な男であることには変わりない。章が本気になれば本当に殺されるのではないかと恐怖したこともある。そんな章をあの頼りなさげな凪が縛って襲ったらしい。尊は本当に愉快だと感じで声を上げて笑った。
「別に、レイプじゃないし」
章は憮然として尊を睨む。それでも尊の笑い声は止まらない。
「お前ら親子はおかしい」
章は小箱を尊に差し出した。尊が箱を開けてみると、そこには革製の手かせが入っている。
「何だ、これは?」
「母親からの卒業と誕生日の祝いらしい」
再び笑い出す尊。腹を抱えんばかりの爆笑だ。
「母さんだって章の幸せを願っているんだろう。せっかくだから使ってやれよ」
笑いのため、苦しそうにしながら尊は言う。
そんな尊を見て章は大きなため息をついた。
腕を絡ませながら玄関を出ていく凪と環を見送った後、章は力なくリビングのソファに座り込んだ。
「それでいいんじゃないか? お前がさ、観光地を巡ってお洒落なレストランで食事するような、ごく普通のデートに誘えるような男になったら、凪に捨てられると思うぞ。あの手の女は自分がいなければ駄目になるような男が好きなんだから。お前が情けなければ情けない程、凪は優しくしてくれるだろう?」
章の向かいのソファに座った尊は、これでも章を慰めているつもりのようだ。
「俺は凪がいないと生きていけないといつも言っている」
凪の必要度は誰にも負けない自信がある章だった。
「胸を張って言うことではないような気がするが、情けなさはかなり出ているよな。まぁ、これからも凪に捨てられないように精々頑張るんだな」
「頑張るって、俺は何をしたらいいんだ? 俺だって凪にコートや靴を買ってやりたし、でっかいダイヤがついている婚約指輪も贈りたい。でも、凪がもったいないと言うから我慢しているのに、母親が凪に色々なものを贈っているんだ」
皐月に呼び出された凪は、新しい服や靴を身に着けて、美しく眉を整え薄化粧をし益々美しくなって帰ってくる。章はそれが不安で仕方がないし、自分が凪を美しく着飾らせたいと不満に思っている。
「親孝行だと思って、凪のコートや靴ぐらい黙ってもらっておけよ。母さんだって、章を幸せにしたいと必死なんだから。凪の舌をもっと肥えさせること、凪をもっといい女にすること、それが母さんの生きがいになっているようだしな」
「でも、凪があんまりいい女になって、他の男に取られたらどうする? 俺には勝ち目はないぞ」
その自分の言葉にショックを受けてしまった章は、頭がテーブルにつくぐらいに項垂れてしまった。
「確かに。男だけではなく、女にも凪を取られそうになっているからな」
凪と知り合う前の章は、こんな風に悩むことはなかったと尊は思う。諦めきったように何にも興味なさそうだった章が、こんなに人間らしい感情を見せるのが嬉しいと感じる尊だが、やはり素直にそんなことは言えず、からかう口調になってしまう。
「それは尊の方だろう。環が凪に取られてもいいのか?」
仲良く出かけて行った凪と環は、友人というより恋人同士のようであった。
「相手が凪なら仕方がないかな。凪は本当に美少年だよな。女子高から女子大の環は男っぽいのは苦手らしいから」
「自分の女ぐらいしっかり捕まえておけよ。凪が誘惑されたらどうするんだよ」
『興味ない』と言ってしまったせいか、章は環から敵意を向けられているように感じる。そして、凪を奪われるのではないかと不安に思っているのだった。
「それは自分のことだろう? お前こそしっかりと凪を捕まえておけ」
章のあまりの余裕のなさに、尊はあきれて首を振る。そして、この情けなさなら凪は章を捨てないのではないかと安心した。
「ところで、凪との馴れ初めは何なんだ? 母さんが気づいた時にはもう同棲していたんだろう? まさかお前が女をマンションに連れ込むなんて思ってもみなかったから、俺たちは本当に驚いたぞ」
女性が近づいただけでパニックになるぐらい女性恐怖症の章である。母親の皐月のことも章は恐れていて、皐月がこっそりと泣いていたのを尊は覚えていた。
そんな章が女と住んでいると聞いて、尊は本当に衝撃を受けたものである。
「俺は凪のことを男だと思っていたから、同棲していた訳じゃない。俺がコンビニの前で逆ナンされて困っていたら、助けてくれたのが凪だった。それで礼を言おうとよく見ると、手が腫れて変色していたんだ。殴られたんじゃないかと思って訊きだしたら、義理の父親に襲われ家を飛び出してきたって言ったから、このマンションに連れてきた」
それはほんの半年前の出来事である。しかし、凪と出会う前にどうして生きていたのか思い出せないほど、章にとっては遠い昔のことのように感じていた。
「凪は確かに美少年風だけど、いくらなんでも本気で男と思うか?」
凪の髪が今よりかなり短かったのは知っている。それでも、凪はどう見ても女だった。
「俺は安全な日本にはあんな男もいるんだろうなと思っていた。そもそも、東洋人の女を間近で見たこともなかったし」
「章は本気で凪を男だと思っていたのか。それじゃあ、男と思ったから凪を襲ったのか?」
「そんなことをするか!」
「じゃあ、凪に襲われたとか?」
尊は冗談でそう言ったが、章の顔は見る見る真っ赤になった。
「ち、違う。凪が女とできない俺を哀れに思って慰めてくれたんだ。俺は凪を男だと思ったままだった」
それは章の世界が変わるほどの経験だった。凪の中は暖かくて、うごめくように章自身を迎え入れてくれた。凪に溺れてしまいたい欲望があったが、凪が十六歳だと思っていた章は理性でその肉欲を封じ込めて、ただの同居人として過ごしていた。
「いくら何でも、そんなことをすれば女とわかるだろう? 章が童貞で舞い上がっていたとしても」
「目隠しされて、手首を縛られていたから、凪が女だってわからなかった」
「お前が縛られてレイプされたのか? それは愉快だな」
尊にとって大事な弟である章だが、とても危険な男であることには変わりない。章が本気になれば本当に殺されるのではないかと恐怖したこともある。そんな章をあの頼りなさげな凪が縛って襲ったらしい。尊は本当に愉快だと感じで声を上げて笑った。
「別に、レイプじゃないし」
章は憮然として尊を睨む。それでも尊の笑い声は止まらない。
「お前ら親子はおかしい」
章は小箱を尊に差し出した。尊が箱を開けてみると、そこには革製の手かせが入っている。
「何だ、これは?」
「母親からの卒業と誕生日の祝いらしい」
再び笑い出す尊。腹を抱えんばかりの爆笑だ。
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