【R18】嘘がバレたら別れが待っている

鈴元 香奈

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SS:こじれた兄弟

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「俺一人でもベッドの移動は可能なんだ。でも、凪が俺一人で移動させると床に傷がつくから、自分が手伝うって言うから。このベッドは結構重いし、凪に無理されられないからな」
 ベッドの通り道を確保するため、章は半田ごてや電子部品が載ったテーブルを移動させている。尊は雑然とした章の部屋を見渡し、少し不満そうにしていた。
「だからって、僕を呼ばなくてもいいじゃないか。業者に頼めよ」
「もったいないから自分が手伝うって、凪が」
「ちっ!」
 尊が盛大に舌打ちをしたが、章は気づかない振りをした。
 
 文句を言いながらも尊はベッドを持ち上げる手伝いをする。マットレスは取り外しているし、ヘッドボードの方は章が持っているので、尊の方はそれほど重くない。
 部屋のドアは大きく廊下も広いので、ベッドを運び出すことはそれほど大変ではなかった。
「これから凪の部屋に入るけど、そこら辺を触るな。それから、あんまりじろじろ見るなよ。とりあえずベッドを置いたらすぐに部屋を出ろ」
 凪の部屋の前で一旦ベッドを置いて、章は凪の部屋のドアを開けた。
「それが手伝いを頼む者の態度なのか。まるで僕を変質者扱いするんだな」
 首を振って呆れている尊だったが、それでもベッド移動の手伝いを止めるつもりはないらしい。章がベッドをを持ち上げると、尊も同じようにベッドを持ち上げた。


 凪のベッドから二メートルほど間を開け、二台が並ぶようにベッドを置く。ようやく重労働から解放された尊は肩で息をした。そして、章の言葉を無視して部屋を見渡してみる。そこには以前から何一つ増えていなかった。マンションの家具や備品を選んだのが皐月と尊なので、尊にはそのことがよくわかる。二台のベッドを離して置いても、部屋はまだがらんとしていた。
「ドレッサーもチェストもないじゃないか。おまけにテレビもパソコンもない。なぜそれぐらい買ってやらないんだ」
 これでは凪から給料を搾取していた以前の同棲相手と変わらないと、尊は憤慨していた。過度に金を渡す必要はないかもしれないが、必要なものを買い与えないのは虐待だと尊は思っている。
 章がこの部屋に住み始めた時、家具や家電などには全く興味を示さなかった。そんな男が凪の部屋の家具などに気が回るはずがないことに思い至った尊は、放置していたことを悔やんでいた。

「凪が必要ないって言うんだ。鏡は洗面所にあるし、テレビはリビングにある。スマホを持っているからパソコンは使わないし、服はあまり持ってないから作り付けのクローゼットで十分だって。押し入れ用の収納ケースをいくつか買ってきて、その中に入れているらしい。って、クローゼットを開けるなよ」
 クローゼットに近づこうとした尊を章は無理やり部屋の外に連れ出した。

「思った以上に質素に暮らしているんだな。母さんが凪を洗脳しているから、少しは贅沢をしているかと思っていたが。今度、僕がこの部屋の家具を贈ろうか?」
 この部屋のベッドや机を選んだのは尊だった。他の家具を選んでも問題ないだろうと尊は考えた。しかし、章は歯噛みしながら首を振っている。
「余計なお世話だ。これ以上凪に何かを与えないでくれ。凪に必要なものは俺が買うから」
 兄とはいえ、他の男が選んだ家具など凪に使わせる訳がないと章は思う。
「まぁ、章が買いたいというのなら、僕は手を出さないけど」
 それでも、あの部屋は寂しすぎると尊は思っていた。

 
「お前が今幸せなのも、お前には絶対に凪が必要であることも、十分に理解した。しかし、凪はどうなんだ? 凪は今幸せか?」
 リビングに戻った尊は、ソファに座りながら章に訊いてみた。それはとても残酷な問いかもしれないと尊は思いながら。
 尊の向かいのソファに座った章は泣きそうな顔をしていた。章と再会して以来こんな情けない顔を見たことがないと、尊は少し後ろめたさを感じていた。

 章の人生に比べれば、尊の育った環境など平穏で温いと誰もが言うだろう。精々幸せになることに罪悪感を抱いていた程度だ。
 だから、尊は過度な愛情を親に求めなかったし、親からの愛情も制限されていたと感じていた。しかし、それは無関心とは違う。確かに父親も母親も尊に愛情を注いでいた。それを素直に喜べなかったのは、自分の罪悪感のせいだと尊はわかっていた。

 正真正銘の不幸だった章が、こんな風に幸せになることは喜ばしいと尊は思っている。しかし、凪を犠牲にするのは違う。本当に凪は今の生活に満足しているのか? 章を哀れに思っているだけではないのか。そんな理由で結婚して、二人は本当に幸せになることができるのだろうか? そんな疑問が尊の胸に渦巻いていた。
「凪は、今の生活が幸せだって言ってくれている。俺がいれば他に何もいらないって。俺だけが欲しいって言うんだ」
 自分でも自信がないのか、弱々しく章が呟いた。
「そうか……」
 あまりの惚気の言葉に、尊は呆れ気味に答えた。


「なぁ、感謝の念と愛情って、どうしたら見分けられると思う?」
 暫くの沈黙の後、尊が呟いた。尊は女性恐怖症の章に答えを期待した訳ではい。ただ、疑問に思っただけだ。
「やっぱり凪は俺に感謝しているだけかな。行くところのなかった凪をここへ連れてきたから。俺、凪に好きになってもらうようなこと、何もしていない」
 いつもは弟と思えないほど尊に対して不遜な態度をとっている章だったが、今は縋るような目で尊を見ている。本当に凪から愛されているのか不安で、尊に自らの言葉を否定してももらいたくて仕方がないのだ。

「お前が欲しいとまで言うのであれば、それは愛情なんじゃないのか?」
 『僕とは違う』その言葉を尊は飲み込んだ。環は尊の誘いを拒否はしない。ホテルにも素直についてくる。しかし、環から尊を誘ったことは一度もない。
「そうだよな。凪は俺のことを愛している」
 章が顔を上げて嬉しそうに笑った。尊はその笑顔を少し苦々しく思っていた。
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