聖なる乙女は竜騎士を選んだ

鈴元 香奈

文字の大きさ
3 / 39

3.竜に乗せてもらった(ルシア視点)

しおりを挟む
 つい結婚ぐらいできると叫んでしまった。カイオは口角を上げて私を見ている。
「これで決まったな。とにかく陛下に結婚すると申し出よう」
 カイオは私が他の竜騎士と結婚したいと言い出すと思っているようで、それを阻止するために私との結婚を決めてしまいたいようだった。見上げた自己犠牲の精神だけど、思い込みが激しすぎる。若気の至りか?
 カイオはまだ二十歳だと聞いているので、私の三歳下の弟より若い。私が村を出る時の弟はちょっと生意気な五歳児で、それでも神殿に私が連れて行かれると知って私にすがって泣いていた。
 あの弟はもう二十一歳になっているはず。元気にしているかなと物思いにふけっていると、カイオに腕を掴まれていた。

「思い悩んでいるようだけど、とにかく陛下のところへ行くぞ」
 そう言うとカイオは私の手を掴んだまま歩き出そうとする。
「ちょっと待って。結婚は一生の問題だから、考慮する時間が欲しいと言ったのは貴方でしょう?」
「竜騎士は即決が売りなんだ。うだうだ悩んでいると魔物に食われてしまうからな」
 カイオはこれ以上考えるつもりはないようだったので、私は仕方なく椅子を立った。そんな私を見てカイオは安心したのか私の手を離し、部屋の外へと歩き出す。私はため息をついて、カイオの大きな背中の後を追った。

 竜騎士は竜に乗って魔物の生息地へ飛んでいき、魔物と戦うことでこの国を守っている。魔物には普通の武器や魔法は全く通じず、私たち聖乙女が聖なる力を込めた銀の武器だけが有効だった。そのため、聖乙女の役割の一つは銀の剣ややじりを祝福することだった。そんな祝福された銀の剣をカイオは腰に佩いている。
 カイオは四つも年下だけど、当然体は私より大きい。神殿で祈ることしかしてこなかった私がカイオと歩く速度が同じだととても思えないけれど、私が普通に歩いていてもカイオに置いていかれることはなかった。


 謁見室の前に控えている侍従に話が済んだことを伝えると、再び謁見室に招き入れられた。
「ルシア、カイオ、話し合いはいかがだったかな?」
 王はそれなりに私たちのことを心配しているようではあった。 
「陛下のお言葉通り結婚することに決めました。さっそくルシアを我が家に連れ帰ることにします」
 私が返事をする前にカイオがさっさと答えてしまった。
「それはいい考えだ。ルシアは神殿以外のことを何も知らないので、普通の生活になれる必要があるが、市井で暮らすのは安全を考えると難しい。竜騎士の基地ならば王都でも一番安全であろう。ルシアの年を考えると、結婚式も急いだ方がいいので、予め一緒に住んでいても問題はない。カイオよ、国の宝であるルシアを守ってやってくれ」
「陛下の仰せのままに」
 カイオは綺麗な騎士の礼をとった。私が口を挟まない間に物事が決まっていくが、とても上機嫌な王に逆らえない。

「そして、竜騎士であるカイオもまた国の宝だ。ルシアよ、カイオに尽くしてやってくれ」
「はい。陛下の御心のままに」
 とうとう結婚を了承してしまった。しかも、カイオの家に居候することまで決まってしまっていた。




 謁見室を退室して長い廊下をカイオの後ろをついて歩いていると、カイオが大きなため息をつきながら振り返った。
「別に、俺はあんたとどうしても結婚したかった訳ではないからな。行きがかり上仕方がなかっただけだ」
「私だって知らない間に結婚が決まっていたのよ。私が結婚を望んだわけではないわ」
「夫を選べと言われて竜騎士を指名したんだろう? 望んでいるじゃないか!」
「ちょっとした冗談よ。だって、竜騎士はその魂さえ自由なんでしょう? 陛下からの要請だからといって、聖乙女を辞めた普通の村娘である私との結婚を了承するなんて思わないわ」
 カイオは盛大に舌打ちした。
「竜騎士にだって色々事情ってもんがあるんだよ。それにな、あんたは自分の価値を全くわかっていない。史上最高の聖乙女だぞ。その願いが聞き入れられない筈はないだろう」
「聖乙女がなによ。貴方だって誇り高き竜騎士なのでしょう? こんな訳のわからない結婚なんて断ればよかったのよ。我が国が誇る竜騎士にはそれぐらいの自由はあるでしょうに」
「それで、気に入らない俺ではなくて、他の竜騎士と結婚しようと思っているのか? そんなことは許さないからな」
「そんなこと思っている筈はないでしょう!」

 私たちは静かな王宮の廊下で殆ど怒鳴り合うように話をしていた。たまに行き交う人がいても思い切り避けられている。その人達の目が哀れなものを見るようだったのでかなり傷ついていた。
 私は落ち着こうと深呼吸をしながら歩いていると、王宮の外まで出てしまった。

「竜に乗せてやろうか? ただし、相棒のライムンドがあんたを乗せるのを嫌わなければな」
 馬車置き場の方へ行こうとした私をカイオが引き止めた。神殿から乗ってきた馬車を待たせているが、竜に乗ってみたい。いつも憧れていた大きな竜に。
「竜に乗ってみたいけど、馬車を待たせているの」
「ライムンドに会わせてやるよ。そして、相棒があんたを乗せるのを拒否したら馬車で帰ればいい。どうせ行き先は同じだから」
 神殿と竜騎士の基地は隣接している。最強と謳われる竜騎士に神殿の聖乙女を守ってもらえるし、竜騎士の使う武器を祝福するのにも近い方が便利だとの理由らしい。だから、私たち聖乙女には訓練をしている竜の姿がはっきりと見えた。そして空を舞う竜を自由に操っている竜騎士に憧れを抱く聖乙女は多い。
 若くて独身のカイオならば、どんな女性とでも結婚できると思う。


「ここは竜のために設けられた広場だ。こうして竜を降ろすことができる」
 王宮の庭の一角に作られた何もない広い場所に、その美しい生き物は佇んでいた。黒い鱗は日の光を受けて金属のように輝いている。その黒き翼を伸ばせば私の背の十倍ほどは優にありそうだった。
「大きくて美しい」
 私は感嘆の声を漏らす。
「だろう? ライムンドは十二頭の竜の中で一番大きくて一番美しいんだ」
 相棒の竜を褒められて嬉しいのか、カイオの機嫌はすこぶるいい。 

 カイオが私の腕を掴んでライムンドに近寄っていく。ライムンドがゆっくりと羽ばたきをすると、風が巻き起こった。それだけで倒れそうになる。
「危ない!」
 カイオは私を腕で支えてくれた。
「あ、ありがとう」
 カイオが思った以上に優しかったので、お礼を噛んでしまう。

「ライムンド、身体強化の使えないただの女なんだ。気をつけろよ。そんな彼女だけど、乗せてやってもいいか?」
 大きな竜を見上げてカイオが大声を出す。
「ききぃ」
 思った以上に高い声で竜のライムンドが返事した。
「あんた、相棒に気に入られたらしいぞ。まあ、この剣や矢にあんたの聖なる力が込められているから、なじみがあったのかもな」
 できるだけ早く聖なる力を使い果たしたかった私は、最近では竜騎士の使う武器への祝福を一手に引き受けていた。カイオが竜騎士になったのは昨年なので、彼の持つ武器を祝福したのは私に他ならない。それにしても、そんな努力をしていたのに、まだ聖なる力が残っているってどういうことなのだろう。納得がいかない。

 カイオは私を抱えて飛び上がり竜の背に乗った。彼は身体強化を行って地面を蹴ったらしい。
 思った以上の高さに私は腰が引ける。これで飛ぶなんてやっぱり無理がある。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。絶対に落としたりしないから」
 カイオは私を鞍に座らせて皮のベルトで固定した。そして、自身は立ったまま手綱を持つ。
「立っていて大丈夫なの?」
「平気に決まっているだろう。座ったままでは戦えないからな」
 竜騎士は竜に乗ったまま精密に矢を射ることができると本に書いてあったのを思い出す。確かにその本の挿絵でも竜騎士は立ったまま特殊な弓を使って矢を射っていた。

 ゆっくりと羽ばたきを繰り返すライムンド。その度に私の髪がなびく。
 押し付けられるような不思議な感覚があり、ふわっと竜が宙に浮いた。そのままゆっくりと横に移動していく。
「ルシアは俺が基地まで連れて行くから」
 途中で馬車置き場の上空に差し掛かり、カイオは下に向かって怒鳴った。御者がこちらを見上げて手を上げている。地上を見下ろすとやはり怖い。とても手を振り返すどころではなかった。

「身体強化が使えないあんたが一緒だから、あまり速度を出せない。馬車と同じぐらいの速度で進むからな」
 聖乙女は聖なる力を持っている代わりに魔法が全く使えない。もちろん私も身体強化などできるはずもなかった。
「わかったわ。これ以上速いととっても怖そうだからちょうどいい」
 竜の全速力は音を超えるらしい。神殿で読んだ本にはそう書いてあった。意味はよくわからないが物凄く速いのだと思う。そんな速さになれば、身体強化をしていないと体がばらばらになってしまうらしい。

 最初は怖いと思っていたが、初めて乗った龍の背は快適であった。頬を撫でていく風がとても気持ち良い。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...