聖なる乙女は竜騎士を選んだ

鈴元 香奈

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21.私のわがまま(ルシア視点)

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「ルシア、起きているか? 今ジャイル先輩から連絡があって、赤ちゃんが無事産まれたそうだ。男の子だって」
 私の部屋の外からカイオの声がする。時間は午後の十一時を回っていた。
「本当に!」 
 もう寝衣に着替えてベッドに入っていたけれど、私は勢いよく起き上がり、室内履きを履いて部屋の外に出る。
 カイオはまだ着替えてはいなかった。

「先輩はルシアに感謝していたぞ。そして、これからもパトリシアさんと仲良くしてやってくれって言っていた」
「パトリシアさんも無事なのね。良かった」
 陣痛が始まって半日以上が経っているのに、産まれたという報告がなかったから心配していた。パトリシアさんも赤ちゃんも無事で本当に良かった。

「明日は夜の哨戒飛行の日だから、朝のうちにお祝いに行こう。できれば、小さな銀でいいので祝福してやってくれないか? 聖なる力は魔を払うことができるから、病気にかかりにくくなるらしい」
 それは聞いたことがある。事実、聖乙女は殆ど病気にかからない。私も体力はないけれど、病気はしたことはなかった。
「それならば、銀のスプーンはどう? 私の村ではね、赤ちゃんが産まれた時にスプーンを贈るのよ。一生食べ物に困らないようにとの意味を込めているの。貧しい村なので食べていくのも大変だからね。食べ物に困らないというだけで幸せな人生なの」
 ちょっと地味な贈り物だけど、赤ちゃんの幸せを願う想いはこもっていると思う。

「わかった。明日の朝に雑貨店へ行って銀のスプーンを買おうな。ついでに食材を買って公園へ散歩に行こうぜ。だから、今日はもう寝ろ」
 朝の公園を散歩するのは大好き。カイオとベンチに並んで食べる朝食はとても美味しい。
「今日のお昼にローストチキンを作ったでしょう? あれを少し残しているの。ローストチキンをパンに挟んで調理パンを作ってみたいわ。明日の朝はそれとお茶を入れた水筒を持って、直接公園へ行かない?」
「それはいいな。今日のローストチキンはかなり美味かったから、調理パンも楽しみだ」
 頑張ってソースも自作したかいがある。
 パトリシアさんが無事に赤ちゃんを産んだことと、カイオに褒められたことが嬉しくて、私は幸せな気分で眠りについた。


 翌朝は抜けるような青空で、朝の散歩には最適だった。私が作った調理パンが入ったかごと水筒をカイオが持ってくれている。彼のパンにはたくさんのローストチキンを詰め込んだ。喜んでくれるだろうか。
「これはまた豪華だな。野菜もいっぱい挟んである。ルシアの作るソースは甘辛くて俺は大好きだ」
『大好き』をいただきました! 本当に嬉しい。テレーザさんに特訓してもらったかいがある。
 大口を開けて私の作った調理パンを美味しそうに頬ばる彼の姿が、私も大好きです。
「外で食べるのって、本当に楽しいわよね」
 こうしてカイオと過ごすのは、涙が出そうになるぐらいに幸せだ。私は本当にこの幸せを手放すことが出来るのだろうか。


 雑貨店で売っていたのは小さな銀のティースプーン。すぐさま祝福して小さな可愛い箱に入れ包装紙でくるんでもらった。
「パトリシアさん、喜んでくれるかな」
「大丈夫だ。ルシアが祝福したスプーンなら、誰だって欲しがるぞ。歴代最高の聖乙女だからな」
「乙女はちょっと恥ずかしいから。私はもう二十四歳だし」
 やっぱり乙女と名乗るのは気が引ける。
「そんなことを気にしているのか? あんたは俺の後輩の訓練生よりよほど子供っぽいから、全然大丈夫だ」
「それって、どこに大丈夫な要素があるの? 年齢の割に子供っぽいって言いたいだけじゃない。カイオの意地悪!」
 頬を膨らますとカイオに指で突かれるので、私は横を向くだけにしておいた。

「さあ。ジャイル先輩の家へ行くぞ。赤ちゃんを見せてもらおうぜ」
 カイオに誤魔化された気がするけれど、確かに早く赤ちゃんに会いたい。
「そうよ。早く行かないと」
「おい、待て。走ると転ぶから。昨日みたいに転んで泣いても知らないからな」
 たくさんの食材を持ったカイオを置き去りにしてやろうと思ったけれど、あっという間に追いつかれる。竜騎士をぶっちぎるのはやはり無理だった。ちょっと悔しい。

 一旦家に帰って、たくさん買った食材を冷蔵保管庫に入れてから、お隣のジャイルさんの家に行くことにした。
『カイオとルシアです』
 カイオが門のところから魔法で声を届けると、家の中からジャイルさんがドアを開けてくれた。
「おめでとうございます」
「ありがとう。それに昨日はパトリシアが世話になった。お陰で元気な子が産まれたよ」
 お祝いを言うと、ジャイルさんが照れながら昨日の礼を言ってくれた。転んで怪我をしてしまったけれど、走って本部棟まで行って本当に良かった。


 二階の寝室に通されると、パトリシアさんがベッドで横になっていた。
 彼女のベッドと並んで小さな天蓋付きのベッドが置かれている。そして、その小さなベッドに本当に小さな赤ちゃんが眠っていた。
「可愛い! 本当に可愛い。ジャイルさんと同じ髪の色よ。お父さんにとても似ているのね」
 ジャイルさんの髪は赤毛だけど、赤ちゃんも全く同じ色だった。
「本当だ。先輩に良く似ている」
 カイオも同意してくれた。

「やっぱりそう思うか? 俺も似ているなと思っていたんだよ」
 そう言って嬉しそうに笑うジャイルさんは本当に幸せそうだった。
「カイオさん、ルシアさん、来てくれてありがとうございます。それに昨日は夫を呼んできてくれてありがとう」
 パトリシアさんは少し疲れた様子だけど、微笑みながらそう言う様子もまた幸せそうだった。
「パトリシアさんが元気そうで良かった。出産おめでとう。これ、銀のスプーンなの。ちょっと祝福しておいたから」
 私は横になったパトリシアさんの手に小さな箱を渡した。

「まぁ、嬉しい。ルシアさんに祝福をしてもらったわ」
「良かったな。これで、この子も元気に育つな」
 パトリシアさんもジャイルさんもとても喜んでくれた。
「パトリシアさんも疲れているだろうから、これで帰りますね」
「また遊びに来てくださいね」
「絶対に来ますよ」
 私はそう約束して家に帰った。


「赤ちゃんはとっても可愛かったわね。産まれたての赤ちゃんがあんなに小さいとは思わなかった。手や足なんて、これぐらいしかないのよ」
 親指と人差指を曲げてカイオに見せる。
「本当に思った以上に小さかったな。それなのに先輩に似ていた」
「そうそう。髪の毛の色も同じだし、唇や鼻がどことなく似ているのよね」
 それがとても不思議だった。
 私もカイオと結婚すれば、カイオに似た子どもを産むことが出来るのだろうか?
 そう想像してしまうと、もう止めることができない。
 私もカイオに似た子どもが欲しいと強く思ってしまう。
 
 婚期を逃してしまったけれど、聖乙女を長年務めた報奨金はたっぷりと貰ったので、そのうちこの家を出て一人で生きていこうと思っていた。
 外へ出ると危ないというのであれば、聖なる力があるうちは基地の中で小さな家を借りて住めばいい。この基地にはお店も公園も、そして、図書館もあった。基地は産まれた村より随分と広いし、楽しいところだ。
 認識票の祝福を請け負ったら、ここに置いてもらう理由もできる。パトリシアさんとも今まで通り仲良くできるだろう。
 ここでなら一人でも生きていけると思っていた。それで、十分幸せだと感じていた。
 だけど、パトリシアさんの赤ちゃんを見て、可愛い子どもが欲しい。私も赤ちゃんを産みたいと思ってしまう。
 それは私のわがままだけど、その想いを止めることはできそうにもなかった。


「それじゃ、俺は出勤するからな。明日は昼頃帰ってくる。明後日は完全休養日だから、行きたいところを考えておけ」
「私ね、どうしても欲しいものがあるの。だから、明後日は私の話を聞いて」
「わかった。俺はこう見えても高給取りだから、ルシアの欲しいものぐらい何でも買ってやるぞ」
 でもね、私の欲しいものはどこにも売っていないの。
「気をつけて行ってきてね。あまり無茶をしないで。絶対に帰って来てね」
 本当は行かないでと叫びたい。魔物なんかと戦わないでとお願いしたい。だけど彼は竜騎士だから、私は夜の哨戒飛行へ行くカイオの無事を願うことしかできない。
「ああ、無茶はあまりしないように努力する。それに、絶対にここへ帰ってくるから安心しろ」
 カイオは軽く手を上げて家を出ていった。またカイオのいない寂しい夜が来る。
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