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3.見捨てられた女

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 王太子の要請を受けた騎士団が総力を挙げてリカルダの捜索を行ったが、ようとして彼女の行方は判明しなかった。
 もちろん、ルシエンテス公爵邸には帰っていない。公爵はリカルダが誘拐されたとの知らせを受け、護衛だけではなく下働きの男衆まで動員してリカルダを探させたがやはり発見には至らなかった。
 犯人と目されるフアニートの実家、アルモンテ伯爵邸の捜索を王が許可したため、深夜にもかかわらず騎士団による大規模な捜索が行われたが、リカルダもフアニートも見つからない。
 アルマの養家であるパスクアル伯爵邸だけではなく、生家のプレシアド男爵家も捜索されたが、やはりリカルダの姿はどこにもなかった。
 
 ただし、パスクアル伯爵邸では隠し部屋が発見され、そこには多額の金品や書類が隠されていた。発見された帳簿によると、領地での税収を偽り、国に納めるべき税をかなり少なく申請していた。そうして浮かせた多額の資金を裏工作に使い、アルマを王太子妃にしようとしていたらしい。

 そのような報告を受け、王太子は悔しそうに歯を食いしばっていた。王太子としての重圧に潰されそうになっている時、癒されたと思っていたアルマの笑顔や優しい言葉は、自分を落とすための策略に過ぎなかったのだ。その裏には醜い野心が隠されていた。
 そういえば、偶然アルマと会う機会が多かったと王太子は思い出す。侍従の何人かはパスクアル伯爵に買収されていて、王太子の行動を漏らしていたのかもしれない。

「リカルダをどこに連れ去った! お前がフアニートに命じて誘拐させたことはわかっている」
 優雅な調度品が置かれた豪華な休憩室には似つかわしくない、王太子の苛立った怒声が響く。
 リカルダ誘拐のことは知らないと言い張るアルマの言葉を信じ、王太子は彼女をとりあえず東館の休憩室に閉じ込めておいた。しかし、もう彼女の言葉を何一つ信じることはできない。
「殿下、何度も言いましたが、私は何も知りません。信じてください」
 アルマは目に涙を浮かべて小首を傾げて王太子に訴えるものの、王太子の怒りは治まるどころか、更に増したようだ。
「嘘をつくな! リカルダをフアニートに襲わせるのだと、お前自身が告白したではないか。おぞましいことに、私はその手伝いをさせられたのだな」
 王太子は歯を食いしばるようにしてアルマを睨んでいる。あれほど魅力的だと思っていたアルマの赤い唇も、今となっては毒々しいと感じるようになっていた。

「自分が王太子妃になりたいがため、殿下の婚約者を情夫に攫わせるとはね。とんだ毒婦ですね。殿下は最低の女に引っかかってしまいましたね」
 薔薇の花が描かれたドアが開き、あきれ顔を浮かべた王太子の側近が、そんな不敬になりそうなことを呟きながら部屋に入ってきた。それを聞いた王太子は更に不機嫌そうに眉を寄せたが、言い訳は口にしなかった。
「違うわ! フアニートにはリカルダ様を誘惑してと頼んだだけ。殿下がリカルダ様と結婚するのが嫌だとおっしゃったからよ。殿下のためにお願いしたの。もし、フアニートがリカルダ様を誘拐したのなら、それはフアニートが勝手にしたことよ! 私は関係ない!」
 誘惑と誘拐では天と地ほども違う。公爵令嬢を誘拐してただで済むとは、いくらアルマでも思っていない。
「フアニートはそうは言っていなかったけどね。君に命じられた侍女が勝手にリカルダを連れ出したと言い張っている」
 見え透いた嘘をつくアルマに、側近はあきれたような薄笑いを向けた。
「フアニートが見つかったのか!」
 王太子は側近の言葉に驚いた。
「たった今、騎士団から報告がありました。アルマがリカルダを誘拐した、自分は悪くないと叫びながら、フアニートが騎士の詰め所までやって来たらしいのです。その女に唆(そそのか)されてリカルダ様を誘拐してしまったものの、怖くなったのでしょうね。リカルダ様が囚われているという古い館の捜索も始まっています。おそらくリカルダ様は本日中には保護されるでしょう。ご無事ならば宜しいのですが」
 リカルダは男に誘拐された。しかも、その男は遊び人と名高いフアニートなのだ。少なくとも純潔は守られているはずはないと側近は思っていた。その思いは王太子も同じだった。

 王太子が窓の方に目を向ける。既に空は白み始めていた。リカルダ誘拐事件は間もなく解決しそうだ。しかし、アルマに誘惑され誘拐事件に関わってしまった王太子の問題は、すんなりとは片付くはずはない。
「はぁ」
 王太子は大きなため息をついた。
「私は本当に何も知らないわ。王太子殿下に捨てられるリカルダ様が哀れだから、フアニートを紹介しようとしただけよ。ほら、フアニートって、見かけだけは極上なのよ。リカルダ様もきっと気に入ると思ったのよ」
 王太子の冷たい眼差しに怯むことなく、アルマは自分の無実を何度も訴えていた。しかし、王太子の心が動くようなことはない。
「私を将来の王妃にしてくれると約束したでしょう? だから、殿下の憂いを取り除こうとしただけなの」
 色仕掛けで許してもらおうと思ったのか、側近がいるにも拘わらず、アルマは王太子にしな垂れかかろうとした。
「黙れ! 自分の幸福のために他人を陥れるような者が王妃になれるはずないだろう。その前に、お前は犯罪者だからな。王妃になるなどと二度と口にするな」
 王太子は近づくアルマを払いのける。その衝撃で倒れたアルマは、顔を床に打ち付けた拍子に唇を歯で傷つけたらしく、顔を上げた彼女の唇から真っ赤な血が一筋流れた。その様子は男の生き血を吸って生きるという吸血鬼のようで、側近は背筋が寒くなる気がした。

「なぜこんな女に夢中だったのか、自分でも理解できない」
 恋人として過ごしたアルマとの甘い日々を払うように、何度も頭を振る王太子。
「殿下、ようやく目を覚ましてくださいましたね」
 王太子の呟きを聞き、半ば呆れ、半ば安心した側近だった。


 その日の夕方になって王都の外れにある古い館が発見された。
 リカルダは無事に保護されたが、彼女の着ていたドレスは無残にも切り裂かれ、コルセットまで外されていた。
 発見した騎士たちは彼女のあまりの哀れな状態に、犯人への憎悪を募らせ、もっと早く発見できなかったのかと悔しさ噛みしめていた。
 その古い館にいたのはリカルダ一人で、リカルダ誘拐の実行犯の一人であるアルマの侍女はどこにもいない。
 リカルダは弱々しく泣き続けるだけで、詳細を語ることができなかった。騎士たちも無理に聞き出すことはできない。
 こうして、リカルダは速やかにルシエンテス公爵邸へ送り届けられた。
 行方をくらませたままの侍女は、騎士団が大々的に捜索したのにも拘らず見つけることができなかった。
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