29 / 52
29.
地下室独特のカビ臭い空気にもなれてきた。もう拘束されて十日以上経つ。殺風景な室内を眺め、鎖のついた足枷を触りながら、アルノルトはあと何日生きていられるかとため息をついた。
アルノルトが財務局の局長室である書類を見つけてしまったことから始まった。
アルノルトが書類にサインをもうため局長室へ訪れた時、ルドルフは不在であった。ふと見ると重厚な本棚の扉が開いていた。その中に見たこともない題名の小説があり、著者だけでも確かめたいと引き抜いてしまった。本の中に書類が挟まっているとも知らずに。
本の中に栞のように挟まれていた紙が下の落ちたので、紙を拾い上げたアルノルトは思わず広げてみた。
そこに書かれている内容の重大さに、とりあえず書類を持ち出してある場所に隠してから、現局長のルドルフも知らないのではないかと思い、確認に行ってそのまま拘束されたのだ。
いきなり書類を公にすれば、財務局が大荒れになるのはわかっていた。だからこそ現局長に相談しようとしたのだが、それは間違いだったとアルノルトは後悔する。
硬い音を響かせて鉄の扉が開かれ、手に乗馬用の鞭を持ったルドルフが部屋に入ってきた。
「そろそろ、あの書類の在り処をしゃべる気になったか?」
もう何度も吐いた言葉に飽きたように、アルノルトは苛ついていた。
「あれは隠蔽していいものではない」
アルノルトが頭を振る。
「所在を言わない限り殺されないとでも思っているのか? 甘い男だ。お前を殺して私は何も知らないと言い張れば、事態の収拾ぐらいできる」
冷酷そうに言い放つルドルフをアルノルトが睨みつけると、癇に障ったのか、ルドルフはアルノルトの背中に鞭を振り下ろした。幾筋も鞭の跡がついた背中に新たに赤い線が増える。
「うぅ」
呻き声を押し殺しながら、アルノルトは蹲った。
「まぁいい。お前の横領の罪でウェイランド伯爵家を潰して、ゆっくりと屋敷を探すことにする。その前に、お前の妹がやってくる。お前のかわりに鞭打ちをしても楽しそうだ」
ルドルフの言葉に驚く。確かにエックハルトが知り合いの娘を養女にしたと聞いていた。
「その娘には関係ない! あの父が私の罪の隠蔽のために無関係な娘を差し出すなんてしない」
不器用だが不正なことが嫌いな父を、アルノルトはそれなりに尊敬していた。その父が家のためとはいえ、女性を犠牲にするとは思えない。
「あの馬鹿正直者のエックハルトは了承しないだろうと思っていたが、お前の兄はそう馬鹿ではなかったようだ。新たに引き取った腹違いの妹をこの屋敷に寄越すと、先程連絡があった。明日には義妹に会えるかもしれない。楽しみにしていろ」
そう言い残して部屋を去ろうとしたルドルフを、アルノルトは絶望の目で見つめていた。
翌朝は快晴となった。
樹齢二百年を超えると言われているオリーブの大樹は、代々のハルフォーフ家の人々を見守り続けてきた。
そこに、ツェーザルとヴァルター、そして、リーナが集っていた。侍女のアリーセは少し離れて見守っている。
「アルノルトは僕たちより背が低いが、リーナよりも背が高い。身長が違うと歩幅もちがうので、広範囲に掘ってみるしかないな」
ヴァルターは庭の隅に建てられた用具倉庫から二本のスコップを持ってきている。
オリーブの西側には花壇になっており、半月前ほどに花が植え替えられていた。その作業をアルノルトが手伝っていたことは庭師に確認済みだった。
「ツェーザル兄上、十歩進んでくれ」
ヴァルターが頼むと、平地に置かれた縄の横をツェーザルが歩く。
「次はリーナだ」
リーナも十歩進むと、ツェーザルの進んが距離とリーナの進んだ距離の中間に印をした。
オリーブの木から真西に向かってローブを伸ばす。印のある付近の花を丁寧に取り除き、ツェーザルとヴァルターは地面を掘り始めた。
作業を初めて半時間ほどで、油紙で包んだ銅の箱が現れた。
慎重に蓋を開けるヴァルター。
「これは……」
そこから出てきたのは、先の戦争の相手国、新興国カラタユートの王の血判が押された密書だった。
『シュニッツラー侯爵はカラタユートの興隆のために力を尽くす。カラタユートがブランデス王家を倒した暁には、シュニッツラー侯爵を新たな王とする』
そこにはそう記載されていた。
「シュニッツラー侯爵は敵と通じていたのか!」
手に持ったスコップの柄を折ってしまいそうなほど力を込めて、ツェーザルは怒りの表情を見せている。
「密約を交わした日が十五年前になっている。ここに記載されているのは先代のシュニッツラー侯爵ですね」
周辺国を取り込んで大きくなっていったカラタユート。その影には大国の財務局局長が絡んでいた。
「戦時中物資が届かず、我軍が敗走を余儀なくされたことがあった。戦後調べてみると、財務局で書類が止まっていた。処理しなければならない事案が増えたことによる過ちだと思っていたが、故意だったのかもしれない」
苦戦を強いられた戦争のことを思って、ツェーザルは再び怒りを露わにした。
「アルノルトさんがシュニッツラー侯爵に拘束されているのなら、早く助け出さなくては危険だ。この書類に血判を押しているのは領地で隠居している先代。この文書が公になれば現シュニッツラー侯爵は知らないと言い張る筈だ。その時、この文書を持ち出したアルノルトさんを拘束していたことがばれると、無関係だとは言えなくなる」
ヴァルターにとってもアルノルトは兄のような存在であり、思った以上に危機的な状況に顔色をなくしていた。
「お義兄様を殺して、闇に葬ろうとすると?」
リーナの声も震えている。会ったこともない義兄であるが、リーナは絶対に助かって欲しいと思ている。
「大丈夫だ。兄や母を信頼してやってくれ。マリオンだって弱くはない」
ツェーザルはリーナを慰めていた。
その様子が紳士的だったので、アリーセはとりあえず安心していた。
アルノルトが財務局の局長室である書類を見つけてしまったことから始まった。
アルノルトが書類にサインをもうため局長室へ訪れた時、ルドルフは不在であった。ふと見ると重厚な本棚の扉が開いていた。その中に見たこともない題名の小説があり、著者だけでも確かめたいと引き抜いてしまった。本の中に書類が挟まっているとも知らずに。
本の中に栞のように挟まれていた紙が下の落ちたので、紙を拾い上げたアルノルトは思わず広げてみた。
そこに書かれている内容の重大さに、とりあえず書類を持ち出してある場所に隠してから、現局長のルドルフも知らないのではないかと思い、確認に行ってそのまま拘束されたのだ。
いきなり書類を公にすれば、財務局が大荒れになるのはわかっていた。だからこそ現局長に相談しようとしたのだが、それは間違いだったとアルノルトは後悔する。
硬い音を響かせて鉄の扉が開かれ、手に乗馬用の鞭を持ったルドルフが部屋に入ってきた。
「そろそろ、あの書類の在り処をしゃべる気になったか?」
もう何度も吐いた言葉に飽きたように、アルノルトは苛ついていた。
「あれは隠蔽していいものではない」
アルノルトが頭を振る。
「所在を言わない限り殺されないとでも思っているのか? 甘い男だ。お前を殺して私は何も知らないと言い張れば、事態の収拾ぐらいできる」
冷酷そうに言い放つルドルフをアルノルトが睨みつけると、癇に障ったのか、ルドルフはアルノルトの背中に鞭を振り下ろした。幾筋も鞭の跡がついた背中に新たに赤い線が増える。
「うぅ」
呻き声を押し殺しながら、アルノルトは蹲った。
「まぁいい。お前の横領の罪でウェイランド伯爵家を潰して、ゆっくりと屋敷を探すことにする。その前に、お前の妹がやってくる。お前のかわりに鞭打ちをしても楽しそうだ」
ルドルフの言葉に驚く。確かにエックハルトが知り合いの娘を養女にしたと聞いていた。
「その娘には関係ない! あの父が私の罪の隠蔽のために無関係な娘を差し出すなんてしない」
不器用だが不正なことが嫌いな父を、アルノルトはそれなりに尊敬していた。その父が家のためとはいえ、女性を犠牲にするとは思えない。
「あの馬鹿正直者のエックハルトは了承しないだろうと思っていたが、お前の兄はそう馬鹿ではなかったようだ。新たに引き取った腹違いの妹をこの屋敷に寄越すと、先程連絡があった。明日には義妹に会えるかもしれない。楽しみにしていろ」
そう言い残して部屋を去ろうとしたルドルフを、アルノルトは絶望の目で見つめていた。
翌朝は快晴となった。
樹齢二百年を超えると言われているオリーブの大樹は、代々のハルフォーフ家の人々を見守り続けてきた。
そこに、ツェーザルとヴァルター、そして、リーナが集っていた。侍女のアリーセは少し離れて見守っている。
「アルノルトは僕たちより背が低いが、リーナよりも背が高い。身長が違うと歩幅もちがうので、広範囲に掘ってみるしかないな」
ヴァルターは庭の隅に建てられた用具倉庫から二本のスコップを持ってきている。
オリーブの西側には花壇になっており、半月前ほどに花が植え替えられていた。その作業をアルノルトが手伝っていたことは庭師に確認済みだった。
「ツェーザル兄上、十歩進んでくれ」
ヴァルターが頼むと、平地に置かれた縄の横をツェーザルが歩く。
「次はリーナだ」
リーナも十歩進むと、ツェーザルの進んが距離とリーナの進んだ距離の中間に印をした。
オリーブの木から真西に向かってローブを伸ばす。印のある付近の花を丁寧に取り除き、ツェーザルとヴァルターは地面を掘り始めた。
作業を初めて半時間ほどで、油紙で包んだ銅の箱が現れた。
慎重に蓋を開けるヴァルター。
「これは……」
そこから出てきたのは、先の戦争の相手国、新興国カラタユートの王の血判が押された密書だった。
『シュニッツラー侯爵はカラタユートの興隆のために力を尽くす。カラタユートがブランデス王家を倒した暁には、シュニッツラー侯爵を新たな王とする』
そこにはそう記載されていた。
「シュニッツラー侯爵は敵と通じていたのか!」
手に持ったスコップの柄を折ってしまいそうなほど力を込めて、ツェーザルは怒りの表情を見せている。
「密約を交わした日が十五年前になっている。ここに記載されているのは先代のシュニッツラー侯爵ですね」
周辺国を取り込んで大きくなっていったカラタユート。その影には大国の財務局局長が絡んでいた。
「戦時中物資が届かず、我軍が敗走を余儀なくされたことがあった。戦後調べてみると、財務局で書類が止まっていた。処理しなければならない事案が増えたことによる過ちだと思っていたが、故意だったのかもしれない」
苦戦を強いられた戦争のことを思って、ツェーザルは再び怒りを露わにした。
「アルノルトさんがシュニッツラー侯爵に拘束されているのなら、早く助け出さなくては危険だ。この書類に血判を押しているのは領地で隠居している先代。この文書が公になれば現シュニッツラー侯爵は知らないと言い張る筈だ。その時、この文書を持ち出したアルノルトさんを拘束していたことがばれると、無関係だとは言えなくなる」
ヴァルターにとってもアルノルトは兄のような存在であり、思った以上に危機的な状況に顔色をなくしていた。
「お義兄様を殺して、闇に葬ろうとすると?」
リーナの声も震えている。会ったこともない義兄であるが、リーナは絶対に助かって欲しいと思ている。
「大丈夫だ。兄や母を信頼してやってくれ。マリオンだって弱くはない」
ツェーザルはリーナを慰めていた。
その様子が紳士的だったので、アリーセはとりあえず安心していた。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜
しましまにゃんこ
恋愛
リヴィエール公爵家に養女として引き取られた少女、アリサ・リヴィエール。
彼女は華やかな公爵家の嫡子マリアとは対照的に、家でも学園でもひっそりと息を潜めて生きていた。
養女とは言っても、成人と同時に修道院へ入ることが決まっており、アリサに残された時間は僅かだった。
アリサはただ静かに耐えていた。
——すべてを取り戻す、その時まで。
実は彼女こそが、前公爵が遺した真の娘であり、水の加護を持つリヴィエール公爵家の正統なる後継者だった。不当に奪い取られた地位と立場。
アリサは静かに時を待つ。
一方、王太子リュシアン・ルミエールは、傲慢な婚約者マリアに違和感を抱きつつ、公爵家に隠された不正の匂いを嗅ぎ取っていく。
やがて二人の思惑は重なり、運命の卒業パーティーが幕を開ける。
奪われた名前も、地位も、誇りも——
元々、私のものなので。まとめて返してもらいます。
静かに爪を研いできた養女の、逆転ざまぁと溺愛ロマンス。
完結保証&毎日2話もしくは3話更新。
最終話まで予約投稿済み。
病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。