【完結済み】Re:B earth

藤林 緑

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EPISODE 8  失われた空の下で

天球儀

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 ポッドと暗い空間が残された中枢区画、ウィンとアンディは立ち竦むだけであった。
「マザーは私達に託したのだ。この星の未来を」
 暗がり、長い通路から声がした。反響するでもなく、真っ直ぐで通りの良い声。その主はゆったりとした歩みで中枢区画へ入って来る。
「あ、ジーナさん‼」
「……ジーナ」
 ウィンは彼女の姿を認めると声を上擦らせた。戦いの後、傷だらけの身体を引き摺り、彼女は二人の前に姿を見せたのだ。
「先程ぶりだな。……さて、マザーから頼まれた。二人を頼むとな」
 ジーナはウィンとアンディの間に割って入り、光の満ちたポッドの前に立つ。
「この銀色は、私達のいる機械の星だ。そして、側の黒い星。これが磁気嵐を誘発させている」
 ジーナは残された腕で指し示す。それに合わせるようにか、ポッド内に文字が表示される。
 隣にアンディが寄り、問い掛けた。
「マザーから聞いたのか?」
「ああ、そうだ。作戦指揮を務めるように、と」
 ジーナはアンディを見やると、複眼カメラを光らせた。
「マザーは再び休眠状態に入った。その際に、どうやら機械の星の汎ゆる権限を私に譲渡したらしくてな。機械の星を守る作戦の指揮官。……大役を任されてしまったものだ」
 やれやれとジーナは腰に手を当てた。
 ウィンは腕を組み、首を傾げる。細めた目でポッドを見つめたが、読めない文字や記号が浮かんでくるばかりであった。
「作戦って言っても、具体的にどうするんです?機械の星と磁気嵐の星、その位置関係は分かりましたが……」
 ウィンは銀色の糸で出来た機械の星、黒い粒で出来た磁気嵐の星を睨んだ。
「ウィン・リーロン。なぁに、簡単さ。破壊するしかない」
「黒い星をか?大きく出たもんだ」
 冷静に語るジーナに続き、冗談を聞いたかのような反応をするアンディ。
 ウィンは二人の機械人を交互に見やり、戸惑うようにポッド内の黒い星を指差す。疑問は早目に解消しておきたい、そう考えた。
「ど、どうやってこんなのを?」
 ジーナは淡々とウィンの疑問に答える。まるで、答えを用意していたかのように。
「磁気嵐を緩和させ、星を破壊する爆弾を輸送し、起爆する」
「誰が?」
「君だとも、ウィン・リーロン」
「……はい?」
 ウィンが間抜けな声を上げた。彼女の目から光が消え、口があんぐりと開く。しばらく、彼女の脳は聞いた言葉を噛み砕くのに難渋していた。眉を顰めて、ん、と尋ねるように口から鳴き声を漏らした。
 瞬間、困惑。
「ええ⁉そんな‼」
「というより、君しかいないぞ」
「なんで⁉」
 ジーナはウィンの身体を頭から足先までわざとらしく眺める。品定めするかのような視線移動。
 困ったようにアンディを頼るウィンであったが、アンディもまた顎に手を当てて考え込む。
「……磁気嵐の環境下では機械人は耐え切れない。有機生命体ならば影響を抑えられるかも知れないと。なるほど、合理的な作戦プランだな」
「いや、だからって、その‼」
 ゆるりと歩み寄ったアンディが暴れるウィンの作業服の胸元を掴み、作業服に書き記された会社のロゴをジーナに向けた。輸送船と、荷物を運ぶ人型マーク。
「しかも、配達員をやってたんだろう?適任じゃないか」
「爆弾なんて運んだことないですよ‼」
「積荷に変わりはないだろう?」
 確かにウィンは宇宙配送業に従事していた。抗いようのない事実が並べ立てられ、ウィンは狼狽する。
 彼女は足踏みし、頭を掻き、言葉にならない声で呻く。
「ええ、いや、ええ、その……」
 その様子に、ジーナはウィンに歩み寄る。
「実はな、本当にコレしかないんだ」
「……だと、思いますけど」
「君がこの星に不時着した奇跡があったからこそ、この作戦が可能になったんだ」
 ウィンの目の色が変わる。え、と小さく呟いて。
 機械の星に不時着したのは、彼女にとって悲劇であった。乗って来た輸送船は壊れ、朽ち果てた機械人を知る悲しい思いや、警備用の機械人に追われる怖い思いもした。
 だが、それは奇跡だと信じる機械人も存在したのだ。
 運命だったのかもしれん、ジーナは語る。
「それこそ、マザーも私も、そこにいるアンディだって、君を信じている。期待し、信頼している」
 ジーナに不意に名前を呼ばれたアンディは、ウィンの肩に手を乗せる。
「ウィン、君はどうしたい?」
 判断を委ねるような聞き方だったが、彼は知っていた。彼女は決して、ここで引き下がるような者ではない。自信が無い割に責任感があり、自分を大切にすることよりも他人を優先する、無謀な自己犠牲精神を抱えた優しさを持つことを。
 アンディの問いに、ウィンは拳を握る。震える指先を黙らせるよう、乱暴に、勢い良く。
「……ずるいですよ、その聞き方」
 ウィンは息を吸い込み、目を閉じて、物言わぬ口元をなんとか宥めるように歯を食いしばり。
「やります、やってみせますよ‼やらせてください‼」
 目を開けて、一息に吐き出した。言い放った後、心に残ったのは後悔や恐ろしさではない。不思議な充足感が胸の内に膨らんでいく。
 ウィンはジーナとアンディの名前を呼び、振り返ってポッドを叩いた。彼女の平手の先には黒い星。
「これ、ぶっ壊しに行きましょう‼」
 機械人の両名は頷いた。少しして、ウィンの真面目そうな顔に二人は笑い声を堪えるよう、肩を震わせ始めた。
 ウィンの頰が不満そうに膨らむ。
 ようやく落ち着いたジーナはウィンに背を向けて、ならば準備だ、と暗い通路へと向かう。残されたアンディはウィンの背中を押し、並んで歩く。
「……なんですか。決めましたよ、やるったらやります」
「ああ、分かった、分かった。付き合うよ」
「その投げやりな返事、なんだってんですか‼」
「いやいや、その……、なんていうか」
 怒りに身を任せ、アンディの腹部を叩くウィンに彼は伝えた。
 全て上手くいきそうな気がする、と。

 
「……で、なんで逆走してるんですか?」
 三人はエレベーターの中にいた。
 ここまでの道中、マザーの配置されていた中枢区画から居住区画へ。かつての移住計画の拠点、ホーム。その建物から出た先は地下都市、アナザーセントラル。その街並みを抜けた先、地下都市の入口であるエントランスという建物へ向かうエレベーター。
 今まで来た道を戻り、地上へ帰ろうとしていたのである。ウィンの疑問が解消されぬまま、黙ってついて来い、と言わんばかりにジーナは先を進んでいた。
 ようやく質問できそうな時間が得られたため、このように聞いてみた次第である。
「見せたいものがあってな」
 ジーナは自身の軍服、その埃を払った。
 何気ない動作だったが、どこか動きがぎこちないような気がする。片腕なのは関係ありそうだが……、と思うウィンは居心地の悪さを感じていた。
 エレベーターの無機質な上昇音、アンディが気付く。
「……外が騒がしいな」
 ウィンが耳を澄ませた。アンディの言う通り、どこか声のような、唸りのようなものが近付いているような気がする。
 それは、地表に向かうにつれて強くなる。
 ウィンが不思議に思っていると、ガクッとエレベーターが揺れた。
 ジーナが再び先陣を切り、開いた自動扉へ向かう。
「到着だ。行こうか」
「……エントランス、ですよね。知ってますよ」
 アナザーセントラルの入口、エレベーターを守る施設、エントランス。すごすごと這い出るように、ウィンとアンディは外へ向かった。
 騒ぎは外から聞こえてくるらしい。機械の星の首都、セントラルから響くような。
 一歩、二歩と、セントラルの街へ踏み出した。
「あ……」
「……成る程、見せたかったのはこれか」
 見上げた先。そこには空が無かった。
 造られた空に存在しているはずのキラキラ光る星や、大きく丸い月、その全てが消えていた。
 存在するのは暗黒の空間。光る砂を黒いキャンバスにバラ撒いて、細い指先でなぞり描いた絵画のような。塵芥、そのディテールを強調するのは陰影と光。惑星、銀河、星系。そう呼ばれたモデル達は、じっとそこにいた。
 失われた空の向こう。代わりに宇宙が、ただ、そこにあった。
 あちこちから機械人の声がする。造り物の空を惜しむ声、マザーの再起を喜ぶ声、見えない今後を不安に思う声、未来に賭けられることを歓喜する声。
 多種多様、様々な感情がセントラルの空を包み覆っていた。
「……」
 喧騒の中、ウィンは言葉を失くしていた。あったはずの空が宇宙に変わっている。驚きを隠せないまま、呆然と立ち尽くす。
 ……余力を、終わるために使うのではなく、明日を迎えるために、その力を使うのだ。
 自身がマザーに伝えた言葉を、約束として叶えてくれていた。
「マザーは、私達に力を貸してくれるのですね。……愛する、美しい景色を犠牲にして」
 マザーは機械の星に残ったエネルギーを少しでも多くするために、美しい造り物の空を捨てた。その代わりに、これから向かうべき宇宙を映し出した。
 未来を手に入れるために、愛した地球の風景を手放した。
 ならば。
「ありがとうございます。覚悟、ホントに決まりました」
 私は、その希望に報いたい。ウィンは宇宙を見上げる。
「覚悟を決めたのは、君だけじゃない。俺にも手伝わせてくれ」
 隣にアンディが並び、同様に空を見上げた。
 ウィンの瞳は変わらずに宇宙を映していたが、口元は微笑みを作っている。
 三人は少しの間、宇宙の先を見据えていた。その先に自分達の求める未来があると信じて。
 

 セントラル、アナザーセントラルの各所に配置されたモニターに電光掲示板が映り込む。並んだ無機質な四桁の数字は少しずつゼロに近付いている。カツ、カツ、と時を刻む。
 磁気嵐の黒星が迫るまで残り三日、カウントダウンが既に始まっていた。
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