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神薙
阿加流比売神
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それは唐突だった。
諦め、折れかけた心を照らすように、それは降りてきた。
人のものとは違う、その光は。
神々しい光に、僕は見とれていた。
邪念に満ち溢れたそれは、こちらを見るだけで、動こうとはしなかった。
僕を照らした彼女からの声で、ゆっくり進んでいた時が再び進み出した。
「早く逃げて!」
はっとしたように立ち上がった僕は、痛みが襲う肩を押さえながら走り出した。
彼女が誰かも知らず、僕を襲ってきた物の正体もわからないままだった。
それでも僕は、行き先もなく、走り続けた。
後ろから轟音が聞こえる。気にして振り返れる余裕など、僕にはなかった。
自分の命を救ってくれた彼女は今、戦っているのだろう。
救われた命を、無駄にはしたくなかった。
何も考えず、ひたすら走った。
遠くへ、遠くへ、できるだけ遠くへ、と。
必死に走っているうちに、川のほとりに出た。
静かに、穏やかに流れるその川は、焦る僕とは、まるで対なるものだった。
一瞬立ち止まった僕の頭上を、大きな影が通り過ぎた。
それとほぼ同時に、後ろの木々からさっきまで僕を狙っていたあいつが、剣を振りかぶり、向かってきた。
前に倒れるように転げた僕は、その剣に体を両断されることはなかった。
奇襲を外したそれは、怒り狂う目で、こちらを見ていた。
小石で埋め尽くされた地面に手をついたまま見上げていた僕の後ろから、僕を助けてくれた彼女が飛びかかった。
僕を、庇ってくれている。
「どうして...そこまで」
二度も僕を救い、僕を殺さんとする者の足止めもする。
僕は、彼女が誰であり、何であるのかも知らなかった。
ーーそれは、彼女も同じはずだった。
「早く...逃げて...もっと、遠くへ...」
敵の剣を受けながら、僕に気を貼る彼女の声には、力がなかった。
なぜ、そこまでして自分を助けてくれるのか。
今は、逃げることに勝る気持ちがあった。
彼女を抑え込む禍々しいソレに向かって、僕は近くの木の枝を持って殴りかかった。
「うぁぁぁぁぁ!」
相手は驚き、後ろに回避した。
枝はかすりもしなかったが、彼女を助けるのには充分だった。
「どうして...逃げないの」
倒れたまま、彼女は聞いてきた。
背中を向けたまま、僕は答える。
「僕は君が誰かわからないし、君が人かどうかもわからない。だけど、僕は君を見捨てて逃げることはできない。ちゃんと、礼を言わせてくれ」
今、彼女がどのような顔をしているのかはわからない。
ただ僕は、逃げたりなどしない。
剣を僕に向け、禍々しい気を漂わせ、僕へ向かってくる。
僕には、まともな武器すらない。
だが、怖くはなかった。
僕も前へ足を出し、奴に向かって行く。
ここで、僕は死ぬかもしれない。
僕がこいつに勝てるとは思えない。
でも、今だけは、奴に向かって行くことができる。
剣が僕に向かって振り下ろされる。僕も手の中にある枝で相手の脇腹を狙うが、間に合わない。
時間がゆっくり過ぎて行く。
僕はここで死ぬ。
そう、覚悟した時だった。
鈍い音と共に後ろから飛んできた衝撃波は、目の前の敵と共に木々の隙間へと飛んで行った。
驚いて振り返ると、起き上がった彼女が片手を前に出して浮いていた。
また、助けられたようだ。
彼女は、僕に近づいてこう言った。
「私だけの力じゃ、あいつを払うことはできないの。あいつを払うには、神と人とが一体となり立ち向かう必要がある」
「僕になにができる?僕は何をすればいい」
今、僕に何ができるのか。
僕は、どう力を貸せばいいのか。
「私と契約して!今はそうするしかないの」
「わかった!どうすればいい」
「私の名前を呼んで!私の名前は、阿加流比売神(あかるひめ)」
「僕の名前は、五風宗太郎。阿加流比売神!」
「神式契約、神薙」僕の手の甲に、不思議な紋章が浮かび上がってきた。
飛ばされた奴は起き上がり、怒りに満ちた顔でこちらを見ている。
「あいつの体の中心を狙って!手に力を込めて、それを前に飛ばす意思を持って!」
言われたとうりに、僕は手を引き、拳を固く握り、力を込める。
手の中に、力が流れ込んでくるのが伝わってくる。
奴は、僕たちへ向かってくる。
その距離はどんどん縮まる。
「今!」
彼女の声と同時に、腕を前へ突き出した。
腕に溜まっていた力は、大きな一つの波となり、奴を貫いた。
奴が、小さな粒となって消えてゆく。
邪念に満ちたそれは、風に流され消えていった。
「やった...のか...」
腕を下ろすと、僕は安堵と疲れで仰向けに倒れた。
空を見上げたまま、自分に手を見た。
もう手に紋章はなく、なんの力も感じなかった。
僕は、人ではない力を手に入れてしまったのだろう。心配そうに、阿加流比売神が顔を覗き込んでくる。
僕は静かに目を瞑り、静かにほほ笑んだ。
諦め、折れかけた心を照らすように、それは降りてきた。
人のものとは違う、その光は。
神々しい光に、僕は見とれていた。
邪念に満ち溢れたそれは、こちらを見るだけで、動こうとはしなかった。
僕を照らした彼女からの声で、ゆっくり進んでいた時が再び進み出した。
「早く逃げて!」
はっとしたように立ち上がった僕は、痛みが襲う肩を押さえながら走り出した。
彼女が誰かも知らず、僕を襲ってきた物の正体もわからないままだった。
それでも僕は、行き先もなく、走り続けた。
後ろから轟音が聞こえる。気にして振り返れる余裕など、僕にはなかった。
自分の命を救ってくれた彼女は今、戦っているのだろう。
救われた命を、無駄にはしたくなかった。
何も考えず、ひたすら走った。
遠くへ、遠くへ、できるだけ遠くへ、と。
必死に走っているうちに、川のほとりに出た。
静かに、穏やかに流れるその川は、焦る僕とは、まるで対なるものだった。
一瞬立ち止まった僕の頭上を、大きな影が通り過ぎた。
それとほぼ同時に、後ろの木々からさっきまで僕を狙っていたあいつが、剣を振りかぶり、向かってきた。
前に倒れるように転げた僕は、その剣に体を両断されることはなかった。
奇襲を外したそれは、怒り狂う目で、こちらを見ていた。
小石で埋め尽くされた地面に手をついたまま見上げていた僕の後ろから、僕を助けてくれた彼女が飛びかかった。
僕を、庇ってくれている。
「どうして...そこまで」
二度も僕を救い、僕を殺さんとする者の足止めもする。
僕は、彼女が誰であり、何であるのかも知らなかった。
ーーそれは、彼女も同じはずだった。
「早く...逃げて...もっと、遠くへ...」
敵の剣を受けながら、僕に気を貼る彼女の声には、力がなかった。
なぜ、そこまでして自分を助けてくれるのか。
今は、逃げることに勝る気持ちがあった。
彼女を抑え込む禍々しいソレに向かって、僕は近くの木の枝を持って殴りかかった。
「うぁぁぁぁぁ!」
相手は驚き、後ろに回避した。
枝はかすりもしなかったが、彼女を助けるのには充分だった。
「どうして...逃げないの」
倒れたまま、彼女は聞いてきた。
背中を向けたまま、僕は答える。
「僕は君が誰かわからないし、君が人かどうかもわからない。だけど、僕は君を見捨てて逃げることはできない。ちゃんと、礼を言わせてくれ」
今、彼女がどのような顔をしているのかはわからない。
ただ僕は、逃げたりなどしない。
剣を僕に向け、禍々しい気を漂わせ、僕へ向かってくる。
僕には、まともな武器すらない。
だが、怖くはなかった。
僕も前へ足を出し、奴に向かって行く。
ここで、僕は死ぬかもしれない。
僕がこいつに勝てるとは思えない。
でも、今だけは、奴に向かって行くことができる。
剣が僕に向かって振り下ろされる。僕も手の中にある枝で相手の脇腹を狙うが、間に合わない。
時間がゆっくり過ぎて行く。
僕はここで死ぬ。
そう、覚悟した時だった。
鈍い音と共に後ろから飛んできた衝撃波は、目の前の敵と共に木々の隙間へと飛んで行った。
驚いて振り返ると、起き上がった彼女が片手を前に出して浮いていた。
また、助けられたようだ。
彼女は、僕に近づいてこう言った。
「私だけの力じゃ、あいつを払うことはできないの。あいつを払うには、神と人とが一体となり立ち向かう必要がある」
「僕になにができる?僕は何をすればいい」
今、僕に何ができるのか。
僕は、どう力を貸せばいいのか。
「私と契約して!今はそうするしかないの」
「わかった!どうすればいい」
「私の名前を呼んで!私の名前は、阿加流比売神(あかるひめ)」
「僕の名前は、五風宗太郎。阿加流比売神!」
「神式契約、神薙」僕の手の甲に、不思議な紋章が浮かび上がってきた。
飛ばされた奴は起き上がり、怒りに満ちた顔でこちらを見ている。
「あいつの体の中心を狙って!手に力を込めて、それを前に飛ばす意思を持って!」
言われたとうりに、僕は手を引き、拳を固く握り、力を込める。
手の中に、力が流れ込んでくるのが伝わってくる。
奴は、僕たちへ向かってくる。
その距離はどんどん縮まる。
「今!」
彼女の声と同時に、腕を前へ突き出した。
腕に溜まっていた力は、大きな一つの波となり、奴を貫いた。
奴が、小さな粒となって消えてゆく。
邪念に満ちたそれは、風に流され消えていった。
「やった...のか...」
腕を下ろすと、僕は安堵と疲れで仰向けに倒れた。
空を見上げたまま、自分に手を見た。
もう手に紋章はなく、なんの力も感じなかった。
僕は、人ではない力を手に入れてしまったのだろう。心配そうに、阿加流比売神が顔を覗き込んでくる。
僕は静かに目を瞑り、静かにほほ笑んだ。
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