短編小説集「フラスコの中の物語」

るくねこさん

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僕だけが知らない

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まさかこんなことになるなど思っていなかった。
もう少し僕に救う力があったのなら、このような結果にならなかっただろう。
ほんの1時間前の話だ、幼馴染の彩月(さつき)と、悠人(ゆうと)と、週末を使って映画を観に行った。
映画を観た帰り道で、彩月が慌てたように裏路地の方を指差して叫んだ。
「いま、女の子が!男の人に引っ張られたのっ!早く...早く助けなくちゃ!」
「いや、その前に警察に連絡だろ!俺たちが追いかけたところで危ないだけだろ!」
僕と悠人は口を揃えて言った。
「警察を待ってる間に知らない場所まで連れていかれちゃうかもしれないでしょ!?私、追いかけなきゃ!」
「あっ!おい!彩月!」
悠人が彩月を追いかけて裏路地へ入っていった。
「ちっく...しょう...」
僕も二人を追いかけた。

「あっ!あそこ!」
そこには暴れる小学生くらいの女の子の口を手で多いながら、引きずるように連れているのを見つけた。
女の子を連れているのは、頭やから口にかけて隠していたがガタイのいい見た目ですぐに男だとわかった。
「おい、てめぇ!手ェ離せ!」
悠人が先駆けて叫んだ。僕は後ろで唾を飲んで見守っている。
すると男は慌てたように近くの廃墟ビルへ逃げ込んだ。
「逃げちゃう!」
彩月が僕の方を見て心配げに言った。
悠人が走ってビルの中へ走っていった。彩月も僕の方に心配げに振り振り向いてはビルの中へ入っていった。
僕も二人の後を追いかけて、ビルの中へ足を踏み入れたー

長い長い階段を登っていく。
一番上に辿り着くと、一枚の扉があった。
きっと、その奥は屋上だろう。
僕は迷わずその扉を開いた。
そこには、ビルの端まで逃げた男と、その男に抑えられている女の子がいて、その前には悠人と、その悠人に隠れている彩月がいた。
「おい!その女の子を離せよ!」
悠人が男に呼びかけていた。
すると男は
「へ、へっ...妙なマネすんじゃねぇぞ。こいつをビルの上からぶん投げることだってできんだ。早くお前らはどっか行け」
男は女の子を人質にして、僕たちに退けと言っているようだった。
どうすればいい。
僕にできることは。
そう考えている間に、早い動きで男へ向かっていく人影が瞳に映った。
紛れも無い、僕の友人である悠人だった。
「その子を離せ!」
「く、来んなぁ!!」
男は慌てて尻餅をついた。
その隙に捕まっていた女の子が男の手を離れた。
バランスを崩した男に、悠人の拳が直撃した。男はそのまま仰向けに倒れ、女の子は彩月の方へ涙目で走っていった。
助かった。
ただ見ていただけの僕は、入り口で安心してその場に座り込んだ。
だが、安心するのは早すぎた。
倒れた男が悠人の足を掴んで、悠人がバランスを崩した。空中に身を投げられた悠人が見下すのは、はるか遠くにある地面だった。
このままだと落ちてしまう。
足が上がって、すぐに走り出そうとした。
だが、危険が迫っているのはひとつだけではなかった。女の子が、彩月を押し倒したのだ。
その女の子のクスクスと笑う顔は、脳裏に焼きつくだろう。
彩月もまた、はるか遠くとなった地面へ身を投げていた。
二人とも落ちてしまう。
いつもの通学路。
いつものクラス。
いつもの帰り道。
俺一人で歩くことになるなんてー
「絶対嫌だ!!」

僕は全速力で走っていった。
両方救うなど不可能な状況なのに、落ちそうになっている二人の元に走っていった。
どちらを救うか、決めるどころか、考えてもいなかった。
ただ、ただ二人の元へ走っていった。
二人を、助けたい。
だんだん倒れていく二人が、ゆっくりとした映像で頭の中に流れてきた。
「あっ」
気付いたら、僕もバランスを崩して、体は宙にあった。
振り向くと、そこには彩月と悠人がいた。
「あれ...?」
今落ちている二人は誰だろう。
よく見ると、それは女の子を連れた男と女の子だった。
彩月と悠人は、僕を見下していた。そして彩月が僕にこういった。
「ごめんね。あなたは邪魔なの」
あぁそうか、僕が見ていたのは、僕が都合のいいように変えた映像だったんだ。
好きな女の子が、人をビルから押し倒したり。
親友が、男の足を掴んでビルから落としたり。
そんなことするはずない、と、勝手に変えていたんだ。

いや、まてよ?悠人が倒れてたってことは、悠人は男に殴られたんだ...
何故?
男の方を向く。
一緒に落ちていく男の顔に見覚えがあった。
悠人の兄だった。
悠人の兄は、弟に裏切られたショックで、不安げな顔になっていた。
あぁ、騙されていたのは、僕たちだったのか。

あれ?じゃあこの女の子って誰だっけ?

そうか、知らなかったのは僕だけじゃなかったんだ。
巻き込まれた女の子と含めて、2人だった。
裏切られた僕は、なんら考えることもなく、3人地面に叩きつけられた。

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