現代雅部〜高校生活はいとをかし!〜

佐藤香

文字の大きさ
2 / 8
紫苑と更

現代雅部

しおりを挟む
 広い体育館の中、僕たち新入生はそのど真ん中に立たされている。
 退屈な入学式が終わり、プログラムはそのまま部活動紹介へと進んでいく。
 学校生活に青春の彩りを添える部活動とあって、先ほどまで眠たげだった新入生たちはまたざわざわと騒ぎ始める。
「静粛に!」
 凛とした声がスピーカーから響いた。ステージには、二人の生徒が立っている。
 どちらの腕にも「生徒会」と書かれた腕章が付いていた。
 しかし、二人のネクタイの色は僕らと同じえんじ色である。
「あの二人、今日正門の前に立ってたぜ」
「ああ、生徒会の二人だよ。中等部でもずっと役員やってたんだ」
 後ろでそんな会話が聞こえた。
(生徒会かあ……)
 先ほど声を上げたのは、ツリ目の方。ざわつく生徒にイライラした様子で、こちらを見下ろしている。
 隣の垂れ目の方は、ずっとにこにこしている。ツリ目のさらっとした茶髪に対し、彼の黒髪はふわふわとしていて、柔らかそうだ。
 今度は垂れ目の方がマイクを受け取り、話しだす。
「新入生に向けての部活動紹介の前に、生徒会長の一条帝いちじょうみかどくんから挨拶があります」
 その言葉を受けて、二人と入れ替わりに生徒会長が登壇する。先ほどの入学式でも、代表挨拶をしていた。
 今朝出会った「ヒカルくん」もなかなかのイケメンだったが、会長も同じくらいの美形だ。
 爽やかな笑顔は、まるでどこぞの国の王子様のようだと思った。
「先程も挨拶はしましたが、改めて、生徒会長の一条帝です。……堅苦しいのは無しにしよう。新入生諸君、入学おめでとう」
 式の挨拶とはうってかわって、会長はフランクな口調で話し始める。
「君たちには、この学校で青春を大いに謳歌してほしいと思う。その為に我が大和高校には多種多様な部活動が存在している」
 再び、後ろの方でひそひそと声がする。
「一条会長ってさ、理事長の息子なんだろ」
「ああ、だから一年の時から生徒会長なんだよ。中等部もそうだった」
 なるほど、だから「我が」大和高校なんだ。
 よく見れば、会長のネクタイは青い。
 二年生は青色、三年生は深緑のネクタイをしていた。
「しかし、ここの生徒として、節度は守っていただきたい。特に、今日のトップバッターのような部活には……ね」
 そう言いながら、会長はステージ袖に目を向けた。
「おい!どういう意味だそれ!」
 袖から一人の生徒が飛び出してくる。待機していた部活の生徒だろう。
 無造作にセットされた明るめの茶髪。いかにもチャラ男という風貌だ。
「そのままの意味だよ。現代雅部の諸君」
 チャラ男の後ろから三人の生徒が出てくる。
 会長に文句を言うチャラ男を宥めるのは、黒髪短髪で、いかにもスポーツマンという風貌の生徒だ。野球部やサッカー部の人間だと言われた方が納得できる。
 スポーツマンの隣にいるのは、ビジュアル系バンドにいそうな長髪の男だ。眠たげな表情が色っぽい。しかし、この状況に困っているようで、おろおろと会長とチャラ男を見比べていた。
 少し離れたところにいる生徒は、ひどい猫背で、見るからに根暗そうだ。長すぎる前髪で顔は見えないが、完全に知らんふりを決め込んでいた。
「現代雅部! まだ会長の挨拶が途中だろうが!」
 ツリ目がステージの無法者に向かって叫んだ。
 雅部の生徒は全員二年生。しかし、このツリ目、上級生に対して全く物怖じしていない。むしろ、進行を妨げられた怒りが全面に出ている。
「おー、さだめちゃーん。入学おめでとー」
 チャラ男は全く気にもとめていない様子で、ステージ下のツリ目に手を振っている。
「定ちゃん言うなっ!」
 定くんは、からかわれたことでより一層怒りをあらわにする。
「落ち着いて、定。僕の挨拶はもういいから、このまま紹介に行ってしまおう」
「……会長がそうおっしゃるなら」
 会長が降壇すると、待っていましたとばかりにチャラ男がマイクを握った。
「皆さんこんにちは! 現代雅部の清原諾左きよはらなぎさです!」
 清原先輩は、マイクなんて要らないほど大きな声で自己紹介をする。そして、おもむろにズボンのポケットからメモを取り出した。
「えー、雅部の活動を紹介します。雅部は、主にインターネット上でのクリエイト活動をしています。そこで、次世代の文化を担う人材になるよう……なぁ、これ長えよ、紫苑しおん
 そう言いながら、清原先輩は後ろを振り返る。
 紫苑、と呼ばれたのは、恐らくあの根暗そうな猫背の先輩だ。しかし、本人は話を振るなとばかりに無視を決め込んでいる。
 シカトされたことも気にせず、清原先輩は長髪の先輩の方へ向き直った。
 既に、左手にあったメモはぐしゃりと握り込まれている。
「じゃあ、和泉いずみ! お前、何か歌って!」
「ええっ!? 諾左、無茶振りやめてよぉ……」
 涙目の和泉先輩を他所に、公衆は色めきたった。
「歌ってー!」
「和泉ー!」
「好きだー!!!」
 和泉先輩は生徒達にかなり人気があるようだ。
一部に熱烈なファンもいるみたい。
「ほら、ファンもお待ちかねだぞ」
 清原先輩に無理やりマイクを握らされ、和泉先輩は観念したようにステージの真ん中に立った。
「ワンコーラスだけ……」
 そう言って、先輩が歌いだせば、周りは水を打ったように静まり返った。
 和泉先輩の歌声はとても澄んでいて、独特の色気があった。
 先輩が歌い終わると、聴衆からは破れんばかりの拍手が送られる。
「いいぞー!」
「すごかった!」
「愛してる!!!」
 惜しみない称賛の声に、和泉先輩は照れたようにはにかむと、サッとスポーツマン風の先輩の後ろに隠れてしまった。
「えっ」
 突然マイクを渡されたスポーツマンは、頭をかきながら前に出てきた。
「えーっと、染谷赤音そめやあかねです。和泉……大江和泉はネットに歌った曲投稿したりしてるので見てやってください」
 染谷先輩はそう言って、清原先輩の方を見る。
「俺何すればいいの?」
「知らねー! 化粧?」
「道具ねえよ……」
 化粧?
 不思議に思っていると、再び染谷先輩が前を向く。
「俺は普段コスプレをしてます。今は写真も道具も無いので、とりあえずバク宙します」
 そして、ステージの袖の方から走り込んで華麗に一回転を決めた。
 会場からはどよめきが起こる。
 イメージ通りかなりの身体能力の持ち主のようだ。コスプレ全然関係ないけど。
「ずるい! 俺もなんかやりたい!」
 清原先輩は何に対抗心を燃やしたのか、染谷先輩からマイクをもぎ取った。
「清原諾左! 面白動画の作成してます! 何やろっかな~。あ! 上履きを体育館の後ろまで飛ばします!」
「やめろ!」
 清原先輩のパフォーマンス(?)は、定くんの一言によって阻止される。
「予定時間をとっくに過ぎてる! さっさと戻れ!」
「えー、ケチ」
「ケチじゃない!」
 激昂する定くんを、隣にいる二人が宥めている。
 その様子を可笑しそうに眺めると、清原先輩はマイクを持ち直す。
「とにかく、俺たちはやりたいと思ったことをやってます! 以上!」
 雅部の面々はそのまま深々とお辞儀をしてステージを降りていく。
 誰よりも早くステージを降りたのは、根暗そうな先輩だ。
 あの人、ずっと気配を消してたな。
 雅部の嵐のような部活紹介に比べ、後の部は滞りなくプログラムを進めていった。
 先の会長の言葉の通り、運動部も文化部も、驚くほど沢山の部活があった。
 中には宇宙深淵部や柿の種同好会など、よくわからない部活もあったが、雅部はどの部活動の中でも特に統一感が無く、一際異彩を放っていたように思う。
 全てのプログラムが終了し、全校生徒は教室へ帰された。
 今日のところは簡単なホームルームで終わりだ。先生が明日の健康診断のプリントを配った後、委員会決めが行われる。
「仁科。そのプリント、隣に回しておいてくれ」
「はい」
 僕の席は廊下側の一番後ろである。左隣は空席だった。言われたとおり、誰もいない机の上にプリントを置く。
 その時、ガラッと教室の扉が開いた。廊下からやってきた風が僕の後ろを吹き抜けていく。ふわり。机の上のプリントが舞い上がった。
「あっ」
 落ちてしまった紙を慌てて拾い上げる。それらを元の場所に返し、ふと見上げると、机の主と目があった。
 さらりとしたこげ茶色の髪。たくさんのまつげに囲まれたツリ目。
「定くん……」
 思わず呟いた声に、彼の綺麗な眉が不思議そうにつり上がる。
「……誰?」
 初対面の人間に、親しげに名前を呼ばれた人の反応として百点満点の返答だった。
 だって、彼のことは体育館で僕が一方的に知った気になっただけなのだから。
(やらかした……)
 僕が固まっていると、定くんに先生が声をかける。
「ああ、道野。司会お疲れさん。プリントはそれで全部だから、何かわからないことあれば聞きにきてくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、今日は解散」
 先生が教室を出ていくと、生徒たちのざわめきが大きくなった。
「あの……道野くん」
 改めて定くんに向き直る。
「僕、仁科更。ごめんね、突然馴れ馴れしく呼んで。その、名前……呼ばれてたから」
 僕の言葉で清原先輩のことを思い出したのだろう。不機嫌そうに歪んだ眉を見て、慌てて会長に、と付け加える。
「ああ、別に。定でいいよ。道野はもう一人いるから」
「もう一人?」
「そう! もう一人!」
 僕の言葉に、背後から答えが返ってくる。
 驚いて振り返ると、垂れ目の彼がいた。
「……こいつがもう一人」
「もう一人の道野だよ~。あきらって呼んでね」
「あ、うん……」
 彰くんは、体育館のときと変わらずにこにこしている。
 瞳がくりくりと丸くて、可愛らしい顔つきだ。遠くで見たときは分からなかったけれど、右目の下に泣きぼくろがある。
 定くんも左目の下に同じようなほくろがあった。二人とも顔が似ているわけではないが、どこか双子のような、似たような雰囲気があると思う。
「定ちゃん、なかなか生徒会室来ないから迎えに来ちゃった」
「今行こうとしてた」
 僕は二人の様子を眺めながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「二人って、中学から仲良いの?」
「別に、普通」
「ええ~ひどぉい。仲良いでしょ~。従兄弟同士なんだから」
 定くんのそっけない返事に、彰くんは拗ねたような声を上げる。
 なるほど、従兄弟同士か。二人の親しげな様子から、幼少期から一緒にいることが多いのだろうと思った。
「仁科はもう帰るのか?」
 机の上のプリントを丁寧にファイルに挟みながら、定くんが尋ねてくる。
「ううん、せっかくだし、部室棟に寄ってみようかと思ってる」
 部活動見学は今日から行われている。教室の外からは、新入生を勧誘せんとする活気付いた声が聞こえていた。
「へぇ~。仁科くんどの部活に入るとか決めてるの? ちなみに僕と定ちゃんは生徒会に入るつもりだよ」
 存じております。というか、あんなに堂々と腕章を付けておいて、まだ入ってはなかったんだ。
「まぁ、中等部からの仲だし、何となくずっとお手伝いはしてたんだよね」
 僕の疑問に、彰くんは丁寧に答えてくれた。
「僕はまだ決めてない。何か入っておきたいとは思うんだけど……」
「雅部はやめておけ」
 定くんがきっぱりと言い放つ。パチン、と学生鞄の金具が閉じる音がした。
「あいつらに関わるとろくなことがない」
 それだけ言って、定くんは教室を出ていく。
「またねぇ」
 彰くんは、にこやかに手を振ると定くんの後ろをぱたぱたとついて行った。
気がつけば、教室に残っているのは僕一人。
 こうしてはいられない。慌てて荷物をまとめると、僕も教室を後にする。
 賑やかな声のする方へ足を進めながら、僕は新たな出会いへの期待に胸を膨らませていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...