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紫苑と更
天啓※紫苑視点
しおりを挟む春はあけぼの……って言ったのは誰だったか。鳴りやまない電話にたたき起こされた俺は、寝ぼけ頭でそんなことを考えていた。
「おはようございます。紫先生。原稿確認しました。修正に関しては、今の所ありませんが、何かあったらまたメールしておきますね」
「はい……」
電話越しに聞こえる明瞭な声は、担当編集の小倉さんのものだ。彼女は、俺のかすれ声にため息をつく。
「……紫苑くん、今起きたでしょう。今日学校って言ってなかった?」
「え」
彼女の言葉で、俺は自分が原稿を上げてすぐに机に向かったまま眠りこんでしまったこと、そして、朝を迎えていることを自覚した。
俺、藤原紫苑は学生をやる傍らボーイズラブ漫画家として活動している。
最初は個人で立ち上げたウェブサイトに趣味で描いた漫画を乗せていただけだったが、徐々に閲覧数が伸び、それが漫画雑誌の編集をしている小倉さんの目に留まったのだ。
俺は彼女に声をかけられて新人賞に応募し、「紫式部」としてデビューを果たすことになった。名前はハンドルネームをそのまま使ったものだ。
『源さんちのヒカルくん』は、ウェブ漫画時代からの俺の看板作品である。すでに書籍化もしており、現在も絶賛連載中(自分で言う)の作品だ。
その『ヒカルくん』シリーズ最新話の原稿の締め切りが、昨日だった。
主人公の源ヒカルは、出会った男キャラ全員を惚れさせるほどの超イケメンキャラである。しかし、肝心のヒカルが惚れるキャラクターが作れず、話が一向に進まなくなってしまったのだ。
一度は主人公に惚れたはずの周りのキャラクターがどんどんカップル成立させていく中、ついに最新話で完全にヒカルは独り身になってしまった。
「『ヒカルくん』停滞してるよね」
「主人公とは」
いつからか、ネット上ではそんな声も聞こえてくるようになった。
先の展開に悩んでいるうちに締め切りが迫ってきてしまい、気が付けば深夜ぎりぎりまで原稿を描く羽目になっていた。
机の上に置いてある時計は、すでに八時十分を示している。
「やっべ」
「もう……。遅刻しないようにね」
小倉さんはそれだけ言って、電話が切れた。
俺は慌てて制服に着替えると、部屋を飛び出す。
階段を降りる先で、ちょうど俺を起こしに来た母親と出くわした。
「おはよう。もうお父さん出て行ったわよ」
「わかってる」
父親は、俺が通う大和高校の教師である。
父が家を出たということは、もう遅刻は免れない時間だということだ。
父は車出勤だが、残念なことに、俺を乗せていくという甘やかしはしてくれない。
歯を磨いて、母の作った弁当を受け取り、家を出る。
朝食はゼリー飲料で我慢した。
(裏門に行くしかねえな)
今日は入学式なので、二年生である俺は午前中は自習だ。午後から部活動紹介に出ていくことになっている。
すでに正門では、生徒会が遅刻者を取り締まっている時間だ。
違反切符を切られれば、放課後に生徒指導室で反省文を書くはめになる。
父が生徒指導を担当しているので、それは絶対に避けねばならない。学校でも家でも父に説教を食らうのはごめんだ。
朝の時間は閉まっている裏門なら、生徒会の見張りをかいくぐって登校できる。
俺は、裏門までの道を走った。これなら始業には間に合うだろう。
筋トレや走り込みをよくやっているので、走るのはそれなりに自信がある。
漫画家は早死にだとネットで見てから、とにかく健康や体づくりには気を付けているのだ。
角を曲がった先に、大和高校の制服が見えた。俺と同じように遅刻した生徒のようだ。
(悪いが、先に行かせてもらうぜ)
紺色の背中を追い抜かす。背後から、「あっ」と声が聞こえた。
俺は特に気にすることも無く、走り続ける。
後ろからはぱたぱたと足音がした。どうやら、彼も走り出したようだ。
「待って!」
足音の主は何故か俺に声をかけてきた。どこの誰かは知らないが、俺を道連れにしようとされても困る。
「僕、大和高校の、生徒でっ……! ま、迷っ……て、しま……」
足音はどんどん遠ざかっていく。このまま無視するのも憚られて、仕方なく振り返った。
肩で息をする生徒は、えんじ色のネクタイをしている。どうやら新入生のようだ。
顔を上げた新入生と目が合った。俺は、ハッと息を呑む。
くりくりとした目に、顔の半分はあるんじゃないかと思うほど大きい眼鏡。眉毛の上で真っ直ぐに切り揃えられた前髪。
その野暮ったい姿から見ても、明らかにどんくさそうな少年は、すでに肩で息をしていた。
推し確定。
眼鏡属性に童顔。
まさに俺が一番好きな属性だ。
「推せるわ……」
「え?」
「いや、なんでも」
とりあえず、俺は新入生を学校まで連れて行くことにした。一度振り返ってしまったのだから置いていくわけにもいかない。
のんびり道案内をしている時間はないので、黙って彼の手を取った。足は遅そうだが、一緒に走れば間に合うだろう。
二人で走り、何とか始業には間に合った。
新入生を見送ると、俺は自分の教室を目指す。自習ということもあってか、二年生の廊下はまだ生徒が立ち話をしている姿も見受けられた。
廊下を歩いていると、ちらちらと視線を感じる。遅刻ギリギリで来たことがばれているのだろうか。いや、でも未だに生徒が溢れるこの状況でそれはないだろう。
教室の扉を開くと、さざめきが広がった。やはり、俺の顔に何かついているのだろうか。
ざわざわと平素より落ち着きのない声を不思議に思いながら席に着く。
「おはよう」
「おはよ」
一人だけいつもと同じ調子で声をかけてきたのは、同じ部活仲間である和泉だった。
現代雅部。去年俺が作った部活だ。
部員は四名。全員がインターネットを使って、様々な活動をしているという共通点がある。
和泉は元々バンドのボーカルをしていたのだが、俺の誘いで雅部に入り、ネットに歌を投稿するようになった。
今はバンドと歌い手の二足の草鞋を履いている。
「今日の髪型、いけてるね」
和泉がにこやかに額を指差す。俺はそれに導かれるように、自分の額を触った。
そこで、初めて前髪を結い上げているゴムに気が付いた。原稿の時に邪魔だと思って結んだのを忘れていた。
髪を解いた俺の手の中にあるのは姉貴のヘアゴムだった。
彼女が小学生の頃に使っていた猫のキャラクターがついたそれを、俺は今までつけていたのだ。
……皆の視線の理由がわかった。
「しにたい」
「そんなこと言わないで。似合ってたよ」
「馬鹿にしてんだろ」
楽しそうに笑う和泉を恨めし気に睨む。そして、ハッと気が付いた。
「……『推し』に見られた」
「え?」
突然頭を抱えた俺に、和泉は首を傾げる。俺は朝の運命的な出来事を説明してやった。
「今度の新しいキャラ、あの子みたいなキャラにしようかと思うんだ」
和泉をはじめとする雅部の面々は、俺が「紫式部」であるということを知る数少ない人物だ。
元々重度の腐男子である俺は、周りの人間から得たネタを使って漫画を描くことを趣味としてきた。
あまり周りには言えない趣味である。
「へえ、おれも見てみたいな。紫苑の『推し』くん」
「そのうち、機会があるといいな」
朝の他愛ない会話が繰り広げられていく。もちろん、真面目に自習するつもりはあまりない。
そして、俺の言う「機会」は、割とすぐに訪れたのであった。
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