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紫苑と更
帰り道※紫苑視点
しおりを挟む部員たちに見送られ、仁科と帰路に着いたは良いものの、道中の会話が全く弾まない。
幾つかの会話はしてみたものの、上手く広げられず
とりあえず住所を聞き出して地図アプリに打ち込む。
表示されたルートは、自分の家とは反対の道だった。
これほとんど真逆じゃねえか。
逆に才能を感じる方向音痴っぷりだ。
地図を睨みながら、示された青い道を進む。
「あっ」
不意に、仁科が声をあげる。
「どうした?」
振り返ってみると、仁科の視線は向かいの書店に向いていた。
「すみません、本屋に寄ってもいいですか? 好きな漫画の発売日なんです」
「別にいいけど」
「ありがとうございます」
店内に入ると、仁科はずんずんと店の奥へ向かう。
仁科はそのまま薄桃色と肌色の装丁に彩られたコーナーに入っていった。
俺にとっては、あまりに馴染み深い光景である。
しかし、仁科のように初対面の人間を引き連れてボーイズラブコーナーに入る度胸は俺にはない。
「なあ、お前何買うの?」
「『源さんちのヒカルくん』っていう漫画です。僕が大好きな漫画」
見せられた本には、少し前まで四六時中睨めっこした表紙のデザインが載っている。
何度見ても最高のデザインだな。デザイナーさん達には感謝してもしきれない。
…………じゃなくて。
「マジ……?」
「すっごく面白いんですよ。主人公のヒカルくんが本当にカッコよくて、憧れなんです」
漫画本を抱きしめんばかりにして、仁科が語る。
「すみません、つい熱くなっちゃって……」
そう言って、仁科は照れたように笑う。
『恥ずかしくないの? 男がこんな漫画描くの』
ふと、昔の記憶がオレの頭を掠めた。
昔とは言っても、中等部の頃の話だ。
誰彼構わず漫画を見せていた黒歴史時代。
あれがいかに愚かな行為であったか、今になれば分かる。
理解の出来ないものに人間は不寛容だ。
中学時代の俺は、クラスメイトの一言に深く傷ついた。
男がボーイズラブ漫画を読んだり、ましめや描いたりするのは、側からみれば恥ずかしい行為らしかった。
有る事無い事囁かれることもあった。
幸いにも俺にはインターネットがあった。
ネットの中であれば、性別を理由に趣味を否定されることは無い。男だなんて、言わなければいいのだ。
俺は自分が男であることを隠し、自分が描いた漫画をネットの海へ放流するようになった。
無理解な人間たちは、いつの間にか俺が漫画を描いていたことすら忘れてしまったようだ。
あの頃の自分と、仁科の無邪気な顔が重なる。
馬鹿な奴だ。自分の好きな物を他人が受け入れてくれると信じている。
世の中そう甘くはないし、人はお前が想像するよりずっと他人に不理解だ。
「それ、ボーイズラブってやつだろ。恥ずかしいって思わないの? 男がBL好きなんて」
思わず口から溢れたのは、かつて自分自身を傷つけた言葉。
しまった。そう思っても、溢れた水は元には戻らない。
「思いません」
俺が何か言うよりも早く、仁科はキッパリと言い切った。
「僕、本当に何も取り柄がないんです。鈍臭いし、要領悪いし。だから地元でも全然周りに馴染めなくて」
「でも、そんな時に『ヒカルくん』に出会ったんです。ヒカルくんは本当に僕の理想でした」
それは、まさしく昔の俺だった。
自分が好きになれなくて、漫画の世界に憧れて。
ヒカルには、俺がなりたいと思っていた人間の理想を詰め込んでいた。
「素敵な作品を『好きだ』って言える自分のことは、少しだけ好きになれました。だから、恥ずかしいなんて思いません」
仁科はそう言って笑った。
好きなものは人それぞれで、みんながみんな自分の「好き」を受け入れてくれるとは限らない。
それでも、彼は自分の「好き」に対して正直な人間なのだろう。
「そうか……」
「あっ、長々とすみません! いい加減買ってきますね!」
俺は思わず、レジに駆け出そうとする仁科の手を引いた。
「ごめん」
「えっ?」
「変なこと言ってごめん。……恥ずかしいとか思ってないから」
今更、言ってしまったことを取り消せるとは思わない。
けれど、それが本心ではないと伝えずにはいられなかった。
「はい! ありがとうございます!」
少しだけ、仁科の顔が華やぐ。
その笑顔に釣られてしまいそうになり、俺は頬を抓って耐えたのだった。
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