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紫苑と更
帰り道
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部活見学を終えて、僕は紫苑先輩と帰宅することになった。
帰り道に自信の無かった僕にとって、和泉先輩の提案はありがたかった。
ただ、当の紫苑先輩は、あまり僕のことをよく思っていなさそうだし、甘えてしまうことに申し訳なさを覚える。
現に、紫苑先輩は僕に住所を聞いて以降、一言も話しかけてこない。
僕は初めこそ他愛無い話を続けていたものの、共通の話題のない状態では上手く会話を広げられない。
いつの間にか、僕らは石畳に覆われた道を無言で歩いていた。
ふと、通りの向こうに書店の入った小さなビルが見えた。
表に貼られた「本日発売」の文字に目が留まる。
多くの話題書の中に、見慣れた書影が貼られていた。
『源さんちのヒカルくん』の最新刊だ。
「あっ」
思わず立ち止まる。
そうだ。僕は都会に越してきたのだ。
本は発売日に買える。
もう、八十歳のおばあちゃんにわざわざ本を注文してもらうことも、タイトルや巻数を間違われることもないのだ。
「どうした?」
突然立ち止まった僕を訝しんで、紫苑先輩が声をかけてくる。
「すみません、本屋に寄ってもいいですか? 好きな漫画の発売日なんです」
「別にいいけど」
「ありがとうございます」
店内に入ると、僕は一目散に「BL新刊」と書かれた棚の方に向かう。
「なあ、お前何買うの?」
きょろきょろと棚を見回しながら、紫苑先輩が尋ねる。
「『源さんちのヒカルくん』っていう漫画です。僕が大好きな漫画」
そう言って新刊の表紙を見せると、紫苑先輩は「マジ?」と呟いた。
「すっごく面白いんですよ。主人公のヒカルくんが本当にカッコよくて、憧れなんです」
ヒカルくんは、その恵まれた容姿から周りの人間をすぐに惚れさせてしまう。
人が良いヒカルくんは、大抵の告白を一度は受け入れる。
しかし、一度相手に迷いが見えるとその心の内を解き明かし、真の想い人と結びつけるのだ。
そして、気がつけば本人は独り身となってしまう。
そんなヒカルくんが僕は大好きで、いつか幸せになってほしいと願っている。
「すみません、つい熱くなっちゃって……」
長々と語ってしまったことを詫びると、紫苑先輩は何とも言えない表情をしていた。
好きな物の話になると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。
知らない漫画について執拗に語られれば、誰だって戸惑う。
「本当、すみませ……」
「それ、ボーイズラブってやつだろ。恥ずかしいって思わないの? 男がBL好きなんて」
そう尋ねる先輩の表情は窺い知れない。
僕は、恐らく自分を見据えているだろう瞳の冷たさだけを感じていた。
「思いません」
確かに何度も言われた。「男がBL好きなんて変だ、恥ずかしい」って。
地元の男子たちはもちろん、趣味を同じくする女の子たちからも。
それでも、僕は自分がBL好きであることを恥ずかしいなんて思わなかった。
「僕、本当に何も取り柄がないんです。鈍臭いし、要領悪いし。だから地元でも全然周りに馴染めなくて」
そんな自分が嫌いだった。
自分を馬鹿にする周りのことも好きになれなくて、ずっと家に閉じこもってばかりいた。
「でも、そんな時に『ヒカルくん』に出会ったんです。ヒカルくんは本当に僕の理想でした」
いつかは自分も、ヒカルくんのような素敵な人間になりたい。
新しいことへのチャレンジも、その第一歩だと思っている。
「素敵な作品を『好きだ』って言える自分のことは、少しだけ好きになれました。だから、恥ずかしいなんて思いません」
僕はそう言って笑った。
好きなものは人それぞれで、みんながみんな僕と同じものを好きになるとは限らない。
でも、僕は僕の好きなものに対して誇りをもっていたいと思う。
「そうか……」
「あっ、長々とすみません! いい加減買ってきますね!」
レジに駆け出そうとする僕の手を先輩が引く。
「ごめん」
「えっ?」
不意に聞こえた謝罪の言葉に、思わず聞き返す。
「変なこと言ってごめん。……恥ずかしいとか思ってないから」
やっぱり、紫苑先輩は優しい人だ。
「はい! ありがとうございます!」
新刊と、少しだけ温かくなった気持ちを胸に抱えて、僕はレジへと向かった。
帰り道に自信の無かった僕にとって、和泉先輩の提案はありがたかった。
ただ、当の紫苑先輩は、あまり僕のことをよく思っていなさそうだし、甘えてしまうことに申し訳なさを覚える。
現に、紫苑先輩は僕に住所を聞いて以降、一言も話しかけてこない。
僕は初めこそ他愛無い話を続けていたものの、共通の話題のない状態では上手く会話を広げられない。
いつの間にか、僕らは石畳に覆われた道を無言で歩いていた。
ふと、通りの向こうに書店の入った小さなビルが見えた。
表に貼られた「本日発売」の文字に目が留まる。
多くの話題書の中に、見慣れた書影が貼られていた。
『源さんちのヒカルくん』の最新刊だ。
「あっ」
思わず立ち止まる。
そうだ。僕は都会に越してきたのだ。
本は発売日に買える。
もう、八十歳のおばあちゃんにわざわざ本を注文してもらうことも、タイトルや巻数を間違われることもないのだ。
「どうした?」
突然立ち止まった僕を訝しんで、紫苑先輩が声をかけてくる。
「すみません、本屋に寄ってもいいですか? 好きな漫画の発売日なんです」
「別にいいけど」
「ありがとうございます」
店内に入ると、僕は一目散に「BL新刊」と書かれた棚の方に向かう。
「なあ、お前何買うの?」
きょろきょろと棚を見回しながら、紫苑先輩が尋ねる。
「『源さんちのヒカルくん』っていう漫画です。僕が大好きな漫画」
そう言って新刊の表紙を見せると、紫苑先輩は「マジ?」と呟いた。
「すっごく面白いんですよ。主人公のヒカルくんが本当にカッコよくて、憧れなんです」
ヒカルくんは、その恵まれた容姿から周りの人間をすぐに惚れさせてしまう。
人が良いヒカルくんは、大抵の告白を一度は受け入れる。
しかし、一度相手に迷いが見えるとその心の内を解き明かし、真の想い人と結びつけるのだ。
そして、気がつけば本人は独り身となってしまう。
そんなヒカルくんが僕は大好きで、いつか幸せになってほしいと願っている。
「すみません、つい熱くなっちゃって……」
長々と語ってしまったことを詫びると、紫苑先輩は何とも言えない表情をしていた。
好きな物の話になると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。
知らない漫画について執拗に語られれば、誰だって戸惑う。
「本当、すみませ……」
「それ、ボーイズラブってやつだろ。恥ずかしいって思わないの? 男がBL好きなんて」
そう尋ねる先輩の表情は窺い知れない。
僕は、恐らく自分を見据えているだろう瞳の冷たさだけを感じていた。
「思いません」
確かに何度も言われた。「男がBL好きなんて変だ、恥ずかしい」って。
地元の男子たちはもちろん、趣味を同じくする女の子たちからも。
それでも、僕は自分がBL好きであることを恥ずかしいなんて思わなかった。
「僕、本当に何も取り柄がないんです。鈍臭いし、要領悪いし。だから地元でも全然周りに馴染めなくて」
そんな自分が嫌いだった。
自分を馬鹿にする周りのことも好きになれなくて、ずっと家に閉じこもってばかりいた。
「でも、そんな時に『ヒカルくん』に出会ったんです。ヒカルくんは本当に僕の理想でした」
いつかは自分も、ヒカルくんのような素敵な人間になりたい。
新しいことへのチャレンジも、その第一歩だと思っている。
「素敵な作品を『好きだ』って言える自分のことは、少しだけ好きになれました。だから、恥ずかしいなんて思いません」
僕はそう言って笑った。
好きなものは人それぞれで、みんながみんな僕と同じものを好きになるとは限らない。
でも、僕は僕の好きなものに対して誇りをもっていたいと思う。
「そうか……」
「あっ、長々とすみません! いい加減買ってきますね!」
レジに駆け出そうとする僕の手を先輩が引く。
「ごめん」
「えっ?」
不意に聞こえた謝罪の言葉に、思わず聞き返す。
「変なこと言ってごめん。……恥ずかしいとか思ってないから」
やっぱり、紫苑先輩は優しい人だ。
「はい! ありがとうございます!」
新刊と、少しだけ温かくなった気持ちを胸に抱えて、僕はレジへと向かった。
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