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3章 Super Avenge

【四】死んでも治らないのか

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【四】

「いただきます」

ジェーンは御膳の前で両手を合わせた。
この世界では、おそらく彼女だけがしている習慣だ。
周囲に人がいない時に食事をする際は、無意識に「いただきます」をする。
僕の影響だろう。彼女は僕を知る前から、
ところどころで僕の振る舞いを継承していた。

それを奇異そうな目で見る数多くのメイド達。
隅々まで埃なく掃除された屋敷を、今は大勢の人々が行き交う。
両親の屋敷に勤めていた使用人たちを、
可能な限りこちらで雇用した。

シオンがどこにいるのか知らない。
王城がまた何か、ジェーンへ反乱者の烙印を押すかと思ったが、それもない。
熱々の緑茶を飲み、梅干しのおにぎりを口にする。

「最高だ。世界を守る意味の何もかもを知ったわ」

──それって、つまり?

「もう頭から抜けた」

自室から領地を見下ろす。
この数週間で本当に色々なことがあったが、
市井には特に何も起きていない。

クレオとの一件が終わり、正式な形で
ジェーンが領主の地位に任ぜられた。
元から領民の全員がそう認識していたところがあるが、
これで彼女がこの領地の法や制度の大本を仕切ることになる。

少し前の彼女なら、より激しい暴走に繋がっていたことだろう。
今の彼女なら、そうなることもないだろう。
なったとしても、シスマの言うことなら熱心に耳を傾ける。

──それでどうするの? 領主としての仕事をするの?

「したくないわ。というか、何をすれば良いのかわからないわ」

──シスマに任せているんでしょ?

「そのことなんだけども、両腕を無くしたばかりなのに、そんな激務を任せたくない。
 クソッ、考えたらまた殺意に目覚めてきたわ! シオンの野郎!!」

怒り任せに自分の膝を思いっきり叩いた。
壁やテーブルにそれをやったら、
粉微塵に砕けてしまう。理性が効いている証拠だ。

──落ち着いて。おにぎりを食べたら、お茶を飲んで深呼吸だ。

怒りが燃え滾るのを、お茶で留める。
相手には逃げられ、どこにいるかもわからない。
熱いお茶が体内に染み渡り、
ジェーンの感情が落ち着きを見せた。

「そうよ、王様は何をしているの。
 最近ずっと、あたし関連でおもちゃにされっぱなしじゃない!
 もうあたしからの信頼は風前の灯よ!」

──でも王様だって忙しいでしょ。

「言いたくないけど、あたしって結構偉いでしょ!
 そんなあたしの進退を、息子の讒言で決めて、クレオの指示で撤回して、
 こっちには『ごめんなさい』の一言もないのはおかしいわ。
 今すぐに王のところに行って、顔を見てくる!!」

──今すぐなの?

「今すぐだわ!」

肩を怒らせて勢いよく立ち上がった。

「ジェーン様。少しよろしいですか」

ノックの後に、メイド長が入ってきた。
失った両腕は痛々しく見えそうだが、液体で造った両腕の義手が、
早々に馴染んでいた。

鮮やかな真紅の不定形が彼女の両肩から生え、
彼女が視線を動かしたり体勢を変えることなく、
伸長と分岐をして、家事や事務を今も自動的のようにしている。

「ちょっと、少しは休んだ方が良いわ。
 ずっと動きっぱなしじゃない」

「おかげですぐに腕に慣れましたから。
 提案なのですが、貴方のご生家より採用した方々を、
 学院のスタッフに回してもよろしいですか?」

「がく……いん?」

「お忘れですか?
 あなたが素質と意志のある人々のために開校したものです」

「あー……あたし、追放されたからね。
 どんな感じ?」

開校初日に、理事長のジェーンが
学長を天井から生やしてしまったのは記憶に新しい。

「シオン主導で貧民窟の見回りなどをしていましたが、
 前世の知識を悪用しようとする者を十三名確保しました」

「すごっ……!
 え、見てみたい!
 まだ子どもなのに、それなんでしょ?
 絶対に未来の偉人だわ」

「トップ五名は全員、シオンについていきました。
 他にも続々と」

「んんんんんんっ!!
 許さん、あんニャローめ!!
 やっぱり次に会ったら殺して良い!?」

「私は望んでいませんが、ジェーン様がお望みなら止めません」

「クソッ。
 あたし個人は、まだ殺すほどのことはされない気がする!!」

気のせいかもしれないけれども、
この子、どんどん口が悪くなっていくな。
僕はよく「秋田の農家の子にしては言葉遣いが優しい」と
言われたものだけれど、彼女は僕よりずっと、
秋田の農家っぽい気風を感じる。

おっどぉとおっがぁも、おぃがこの子みでだっだら、
後継ぎにしでけだがもしんねなぁ。
……まあ、自分の職業選択には、おおむね後悔はないからいいんだ。

「私としては、されている気がしますが……。
 御心が広いようですね。
 いえ、広くなったと言うべきでしょうか」

シスマが、ジェーンの頸が下がっているもの、
僕の意識がある術具を見つめた。

「とりあえず、今からお城に行ってくる。もう我慢できない。
 王様に『貴方のとこの子どもが大暴れしてるけど、
 いったいどうなってんだ』って抗議してきてやる!!
 学院は貴女に任せるわ。帰ってきたら、ちょっと見学する」

燃えている怒りに、さらに燃料が投下され、
その場から窓硝子を突き破って飛んでいった。
今の心が昂っているジェーンの目には、
先程報告された貧民窟の現状を、つぶさに観察できる。

彼女の知っているあそこは、
人生に挫けてうなだれる人々が、無表情に彷徨う光景が大半だった。
だが今は、壁に小さなヴィジランテチームの絵を描き、
ボロ小屋を出入りする住人たちにも活力がある。

人間は、誰かが自分を気にかけているというだけで、元気になるものだ。
シオンのしたことは、大きな意味と効果を及ぼしていた。

「ぐむむ……!」

シオンのやっていたことの成功が見えて、悔しいのだろう。
拳を握りしめ、歯軋りするジェーンが、
貼り付きそうになる視線を、べりべり剥がして王都に向けた。
前回は人目から隠れて馬車で行ったが、
今回は空を飛んだので、十分もかからずに到着した。

城を睨みつけながら、
聖女がどうやって殴り込もうか考えている。

「フッフッフ」

思わず僕から、笑みが零れてしまった。

「なに? 風がくすぐったいの?」

「違う。
 君に、とっておきのテクを教えようと思ってね」

王様に、約束もなしに会いに行く。普通は不可能だ。
警備の人達にも迷惑がかかる。
だが素直に待つと、日が暮れる。

お人好しだの言われるが、
ちゃんとダーティなこともできるというのを、今からお見せしよう。
空を高速で飛べる者だけができることだ。

「窓の外から中を覗くんだ」

「それだけ?」

「誰も傷つかないし、相手にプレッシャーを与えられる。
 それと、『いつも見ているぞ』ってアピールもできる」

「ふーむ。アリね!
 初めて、作戦面での先輩っぽいこと教わったわ!」

「能ある鷹は爪を隠す、ということさ」

「下手撃ちも、たまには当たるの方だと思うけど、まあいっか!
 王様はどこにいるかな」

空に浮かんだまま、耳を澄ます。
王がどこにいるかを、聴覚で探ろうというのだ。
城を吹き抜ける風を通して場内の環境を探ると、
王が上層階から鋭く突き出す主塔にいるとわかった。

今のこの国、リトルファムは戦争とは無縁だが、
かつては他国に繰り返し侵略と略奪を仕掛ける
戦争外交で維持した国だ。
その名残か、王の居城も、
居住性よりも砦としての防衛要素が重視された造りだった。

「よし、じゃあさっそく。
 どんな風に窓から覗けばいい?」

「いい質問だ。腕組みをして堂々としていよう。
 恥じ入ることは一切ないとするんだ」

「窓の外から気づいてもらう以上は、結構大声出さないと」

「ノンノンノン」

彼女の血マントを媒介に、僕が指を振る。
天才だ、偉人だと言っても、
まだまだ彼女は空を飛ぶことに関してはひよっこだ。
野暮な思考をしてしまうらしい。

ここは僕が、正しきスタイリッシュへと導かなければ。
オシャレじゃないと、いつかできるヒーロー仲間に笑われかねない。
彼女に「僕と同じ悲しみ」を味わわせたくない。

「相手が気づくまで、じっとしているんだ。
 なあに、今日の晩御飯を考えれば、時間はすぐさ」

「まあ、これで気づかれなかったら、
 あたしただずっと、王様の窓の外でぷかぷか浮かんで一日潰して、
 もうダサいなんてものじゃないけど、わかったわ」

ふよふよと浮かんで、王のいる執務室の窓から中を覗き込む。
背を伸ばして、何かしらの書類に目を通す王の背中があった。
かなりの疲労が見えるが、
そんな王こそ、神経は研ぎ澄まされているものさ。
すぐに圧を発して浮遊するジェーンに気づく。

「ねえ、もう貴方の言うことを素直に聞いたことを後悔してきた。
 普通にノックしてもいいんじゃないの?」

「はーーーー。わかってないな。僕が浮かんでいる。
 敵が振り返ることなく、こちらに気づく。
 背を向けたまま、鋭い言葉の応酬。
 想像してごらん? すっごく格好いい」

「まず格好良さを、そこまで求めぶえーーーっくしょん!!!!
 ダメだ。鼻の穴に虫入った。窓蹴るわ」

「ちょっとダメだよ。ロマンがないよ」

僕の説得を聞かずに、ジェーンが城をノックしようとする。
なんてことを──

「うらめしやぁ~~」

「どわっ!!」

真横で何者かに囁かれ、全身を跳ね上げて警戒姿勢を取った。
だが、周囲に誰もいない。気の所為、または何らかの錯覚か。

辺りを見渡しても、誰も、何もいない。
鳥すら飛んでいなかった。

首を何度も傾げながら、再度、窓をノックしようとすると、
窓硝子で、ジェーンの背後に、半透明の女性の顔が浮かんでいた。

「誰!?」

「ぐえぇっ!!」

反射的に背後を蹴ると、ビニール袋を蹴ったかのような、
心もとない手応えがあった。それを疑問に思うよりも先に、
相手の正体に驚くのが先だった。

浮かんでいる。半透明。
実体感に乏しい。

間違いない。
今、接触してきた者は幽霊だ。
それも、僕の知っている幽霊だ。

「……ストリーマー?」

生前によく知っていた、
僕の親友にして、何度も対決した好敵手。
猜疑心と功名心で気が狂った、
宇宙最強のヴィジランテ、
流野りさが幽霊になって、そこにいた。

「ううっ。
 これだから初対面の人と話すのは怖い……」

「嘘だろ?
 どうして、こんなところで幽霊になって浮かんでいるんだい……?」

足形に凹んだ腹を擦って、
幽霊は悲哀感たっぷりにぼやいた。

「それもこれも、全部スゲーマンの陰謀だ」

「違う。
 死んでも治らないのか、それ」

憮然となって、僕はため息をついた。


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