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3章 Super Avenge
【三十】ヒャッハーーーー!!
しおりを挟む貴方には、いつでも死ねるようになってもらうわ。
一日だけの猶予期間をもらった。
シオンは酒場で麦酒を一気に飲み干す。
お忍びで何度も訪れたことのある店。
かつては同志と一緒に、何度も騒いだ。
夜の砦をここに連れてきたことはなかったが、
無骨な造りのカウンター、
無愛想で腹の出た眼帯のマスター、
そこらで吐瀉と殴り合いが勃発するような場所は、
貧民窟以上に教育に悪いだろう。
「凄かったよな、この間の戦い!!」
「なんの見世物かわかんねえけど、興奮しっぱなしだったぜ!!」
「聖女様……ラスターって娘はもちろんだけど、
シオン様があんなにガッツあるなんてなあ!!」
周囲は昨日の戦いの話題で持ちきりだ。
いつもは酒と賭博で世の中の憂さを晴らしているごろつきどもが、
子どものように目を輝かせてはしゃいでいる。
働かなくとも飢え死にはしそうにない時代。
生活様式の激変についていけず、
彼らがどれほどのエネルギーを持て余していたかがよくわかる。
あの戦いは、そんな暇と力の向け先を失っていた彼らに、
確かな火種を植え付けたようだ。
その当事者が、隣で呑んでいるなど夢にも思わないだろう。
……いっそ、言ってしまおうか。
だが、それはまだ先に取っておくべきだ。
シスマか子ども達が、貴方に「もう死んでしまえ」と思ったら、
いつでも心臓が潰れるようにしたわ。
シスマの血水魔法によって隷属契約が成された心臓が、
恐怖ではなく昂揚で高鳴る。
ジェーンは彼に慈悲と再起の機会を与えた。
彼女の親に倣えば、それは当然のことだ。
間違いなくどこかで監視が(シスマだろうが)目を光らせている中でも、
これから始まる償いの日々の前に、
羽根を伸ばす猶予を与えた。
スゲーマンの影響、堕落が見える。
あの憎き悪霊めが。
だが、おそらくそれは、
ジェーンなりの「許嫁」という関係だったことへの
手向けでもあったのだろう。
ナッツを思いきり掴んで頬張る。
強い塩味と、ゴリゴリとした歯応え。
麦酒で流し込むと、口も体内も爽快感で満たされた。
「どぶろく!」
ジェーンが推進し、普及させた米酒。
白く濁った濃い味を、
マナー無視でジョッキに注がせる。
さあ、始まりだ。
これからジェーンが改革した社会を、根底からぶち壊す。
お供には、彼女が過去より復活させた米酒が相応しい。
『親愛なるリトルファムの民よ』
「王だ……」
「久しぶりに表に出るのを見たな」
国中の主要施設、人の集まる場所に設置された
立体映像装置が、記録映像を流し始める。
彼らには、昨日と同じくLIVE映像に見えるだろう。
実態は、あらかじめシオンがベスの力を借りて作ったフェイクだ。
『諸君らに、今日は重大なことを伝える。
私、ルイン・ゲラウ=ファランドは、
王族の末端まで含め、
政治、身分におけるあらゆる特権を放棄する』
水を打ったような静けさ。
あまりにも唐突だ。
酒場だというのに、マスターが唾を飲む音が聞こえた。
誰も、今何が起きているのか理解できていない。
王の背後に、過去の文明の映像が流れた。
高層ビルディング、そびえ立つ真っ赤な尖塔、
巨大な立体広告映像、車やスマホを自在に扱う人々。
どれも彼らには理解できないだろうが、
一つだけわかることがあった。
超高速の光影が、建物や群衆の上を飛び回っている。
そして、事故に遭おうとする人を助け、
階段を踏み外した人の手を掴み、
建物から飛び降りようとする人を説得していた。
街の、世界の守護天使と言える存在だ。
『かつて、この世界にはスゲーマンという存在がいた。
山をひとっ跳びで超え、弾丸よりも速く、隕石さえ押し返す無敵の存在だ。
文献によれば、彼はこう言ったらしい。
「政治は、力持ちや足が速いからできることではない」と』
なんのことかわからない、という空気。
『そして彼は、力と速さを人々への奉仕にのみ行使した。
私は、それに疑問を抱いた。
実際に王をやってみなくては、わからないと思ったのだ』
王が手を振るう。
まだここにいる者達にはわからないが、
国中の貴族に身分剥奪の報せが届いている。
これからどれほどの貴族が、
身分に胡座をかき、
食料革命の中で緩やかな没落を享受しようとしていたか。
想像するだけで、暗い笑みが浮かぶ。
父が優先した者共の、
愚物の終わりも、もうすぐだ。
『残念だが、彼はもはやいない。
だが、近しい者を選ぶことはできるだろう。
この国で一番の──パワーある人気者を』
ルールは明快だ。
1年後の人気投票で1位になった者が王になる。それだけ。
『王の最後の権限により、
貴族も平民も、棄民も、
すべての区切りを撤廃した。
司法さえも燃やした。
ゆえに、いかなる犯罪も王の名において裁かれることはない』
言葉だけでは信じられないだろう。
『ほら、これがそうだ』
カメラが動く。
司法の象徴とされた、
王国伝統の剣細工の天秤と、
それを司る戦女神像が、
高熱によって燃やされている。
『今から君達は一年間、何をしてもいい。
盗み、殺し、貴族への攻撃……
いや、もはや平民への攻撃と同じだな。
抵抗はされても、王権で裁かれることはない』
王の演説は高まっていく。
『とにかく民からの人気を集めよ。
そして一年後の人気投票で勝て』
民の内側より徐々に激しい衝動が生まれんとするのがわかる。
『これまで憎まれてきた貴族を嬲れば、
平民からの人気は稼げるだろう。
だが、彼らの私兵の抵抗にも遭うやもしれんな』
国の民の全員が互いに互いを警戒している。
次には、こいつは自分を殺しに来ると恐怖している。
または、こいつを殺してやると燃えている。
『身分の区切りがなくなった以上、
前世へのアクセスも、魔法の学習も自由だ。
好きにしろ』
王──
正確には、光子で変装したシオンが、
カメラを真正面から見つめる。
『もう一度言う。好きにしろ』
『最近、暴れている超人がいたな。
ラスターだったか。
奴を倒すのを目的とするのもよいだろう。
間違いなく、鮮烈な印象を与えられる』
『無関係だが、
ジェーン・エルロンドの聖女の座も完全撤廃だ。
何をしても、誰にも罰せられることはない』
それでも、民は動かない。
だから最後の仕上げだ。
画面の向こうの王を中心に大爆発が起き、
同時に、城のあった場所にも
半径一キロを飲み込む爆発が発生した。
轟音、突風。
それだけではない。
歴史の真の転換点。
衝撃が内臓まで響き、
それが収まってからようやく、
衆愚どもが吼えだした。
だから、貴方は彼女らに許されたら、死なずに済むわ。
ジェーンの甘ったるい説得。
それを堂々と踏みにじり、
すべてを破壊した。
彼女はこの国に未練も愛着もないだろう。
だが、ヒーローとして歩くことを決意した彼女は、
これから生まれる暴動、騒動、死を
決して見捨てられない。
バーに傭兵崩れがなだれ込んできた。
雷を振るい、金を要求する。
マスターがトマホークを投げたが、
客の一人がマスターを炎で焼き払った。
通りでは水の濁流が走り、
商人か貴族の悲鳴が響く。
薄ぼんやりとした平和を享受してきたリトルファムが、
狂乱の祭りへと変貌していく。
「ハハ、ハハハ!!
アハハハハハハハ!!
楽しそうだな、お前ら!
俺がやってやったんだよ、感謝しろ!!」
誰に向けるでもなくジョッキを掲げ、
狂乱に乾杯した。
誰も、シオンを見ない。
これまでの恨みを晴らすために殺し合うごろつき、
手近な店に押し入る強盗、
おっかなびっくり武器を持ち、
奇妙な服装で自己表現する平民たち。
誰もが、自分の欲望に忠実だった。
美しい光景だった。
子どもの頃の彼が、最も嫌悪した景色だった。
だが今の彼は、
ジェーンと、王のことだけを考えていた。
「はあ……誰か、俺の話を聞いてくれよ。
ここに至るまでの、俺の山あり谷ありの道のりをさ。
保証するぜ。絶対に楽しませる」
誰も耳を貸さない。
今のこの世界において、
ただどぶろくを呑んでいるだけのシオンは、
誰にとっても存在しないも同然だった。
「ハァ……なんだか、飽きてきたな」
そう呟いた瞬間、
心臓に違和感が走った。
──やっと来たか。
これから、血水魔法の契約が発動し、
彼の心臓は潰れる。
ぼんやりと終わりを待っていると、
一人だけ、シオンを見ている者がいた。
どこにでもいる、ごろつきの一人。
クズだが、
彼を認識した唯一の存在だった。
「おお、超早口で言うから聞いてくれよ。
俺はシオン、
シオン・ゲラウ=ファランドだ。
これから話すのは──」
「ヒャッハーーーー!!
金持ってそうなボンクラだぜぇ!!」
最後まで言い切る前に、
棍棒が振り下ろされ、
同時に、心臓が一センチ立方に潰れた。
薄れゆく意識の中で、
シオンは天井を見上げる。
「汚いな……
なんで梁にゲロがついているんだ」
王は死に、国が終わり、秩序は壊された。
城は消え、法は燃え、
朝になっても鐘は鳴らなかった。
誰かが弔いを言い出す前に、
誰かが奪い、誰かが殺し、
誰かが泣き、誰かが笑った。
王の死は、
出来事ですらなかった。
酒場の梁についた吐瀉物は酒場ごと燃えた。
床に残った血は炎で灰になった。
死体は誰かが回収し、名前は歴史の影に埋もれて確認されず、
記録は最初から存在しなかったようになった。
それで終わりだ。
街は混乱が続く。
人は目の前の脅威から生き延びるのに必死だ。
奪われた者は奪い返して、壊れた店は別の誰かが占拠し、
死体の上には露店が並んだ。
「王が死んだらしい」
そんな事実は三日も話題の的にならなかった。
なぜなら、その次に来た話題、出来事、大狂乱が
あまりにも多すぎたからだ。
──誰が一番強いか。
──誰が一番恐ろしいか。
──誰が一番、目立つか。
つまるところ、誰が一番特別なのか。
人気投票という名の地獄が、
静かに、確実に回り始めていた。
一方で、
その死を「知っていた者」はいた。
だが、彼らは語らなかった。
己を捨てて裏切った男のことなど、
語る価値がないと知っていたからだ。
彼は太陽になれなかった。
英雄としても、怪物としても、思想としてすら、死ななかった。
ただの──
「話を聞いてもらえなかった男」として。
革命は日常になり、
混乱も日常になり、
死も日常になった。
そして、
王の死は混乱の中で完全に忘れ去られた。
彼が死なせた王は、誰にも顧みられることがなかった。
“王は誰かに殺された”という説さえ浮かび上がらなかった。
だが──忘れられたからこそ、
それは確定した。
彼はもう、
誰の太陽にもなれない。
立派な人間にもなりようがない。
誰の敵にも、
誰の救いにも、
誰の物語にもならない。
ただ、
名もない夜に消えた一人の男として、
世界の片隅に沈んだ。
それでいいのだ。
王は死に、
英雄はなく、
彼が壊した世界は回る。
誰にも知られず、
誰にも惜しまれず、
誰にも語られず。
太陽の背中に魅入られた男は、
太陽にだけ悼まれることになった。
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