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1章 Secret Rebirth

【二十三】だから彼女を連れてきた

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 僕の出番は早くも過ぎ去った。
 この体を衰弱させた故郷の土は、ジェーンにとってはただの土。
 射出されても、泥団子を投げられたも同然の衝撃だった。
 握りつぶされたガバメントもどきの銃身がそのまま千切られ、ジェーンの手で放り捨てられた。

「貴様に用はない。器風情がなにをほざく」

「貴方だって器でしょう。っていうか何よ、器って。ただ前世の記憶をちょっと持てただけじゃない」

「それは貴様が出来損ないだからだ」

「んなわけないでしょ」

 断言した。
 よく言った。
 己の価値と可能性の肯定に一切の躊躇いを見せない。人生において極めて重要な資質だ。
 僕が生涯を通して手に入れられなかった気質に違いない。

「そうか? 米の知識程度しかろくに目覚めていない。完全に転生しきったわけでもない。前世がここまで自我を獲得して、今世よりパージされている例などない。何故かわかるか?」

「魂を受け止めきる器としての資格がないからでしょ?」

「その通りだ。たかが稲作、食料改革。公爵の娘などという恵まれきった出自で、その程度のことしか成せないのが──」

 言い終えるよりも、二代目セイメイが顔に衝撃を貰い、転倒した。
 全くの無警戒状態。
 当然だ。さっきはジェーンの攻撃では何一つ傷がつかなかったのだから。

 初戦のリベンジ。
 まるでついていけなかった敵に、不意打ちとは言え強力な一撃を与えられた。
 持ち上がっていたジェーンの膝が静かに降りる。
 ハイニー。普通はそう決まらない。

 蹴りというのは、ただ出しても十全な威力は出ないものだ。
 きちんと籠めた力が蹴り足にまで乗るには、繰り返しの訓練と、蹴りという行為。
 そして人体の動きとエネルギーの伝達という学術的理解が求められる。

「どうしたの? おねむになった?」

 手を使った攻撃では毛ほどのダメージも入らなかった。
 それが通用した。
 脚。キック。それも膝蹴りでだ。

「偶然が二度微笑むとは思わんことだ」

 下唇を噛み、二代目セイメイの姿が掻き消えた。
 空間を一瞬で詰める突進。
 そこからの貫手。
 生え変わった爪の狙いは額。
 一度は頭部を貫かれた技。

 ジェーンは上体を後方に倒し、その勢いで前足を上に振り上げた。
 竜人の鱗が割れた。
 聖女の爪先がドラゴンの防御をへし折ったのだ。
 それだけでなく、狂人の骨に罅も入った。
 見事な一撃だ。

「おのれ……!」

 ヤケを起こした敵がさらに追撃する。
 上げていた脚を降ろし、踵を脳天に叩きつけた。

「ふふん。思ったとおりだわ! あなたの弱点はキック! 脚技よ!!」

 そんなことはない。
 パンチが効かなくてキックだけ効くなんて、あるわけがない。
 ……ひょっとしたらあるのかな。世の中って度々こちらの想像を軽く超えてくるからな……でも、ないんじゃないかなあ。

 とにかく効いているのが事実。驚きだ。
 発想の逆転だろう。足は手よりも強い。
 手を使った攻撃が通らないなら、もっと強力な攻撃を出せる足を使えばいい。
 何故なら、足は手の三倍強いからである。

 思いついても、命懸けの戦いで自分に圧勝した敵を前に賭ける勇気がある者などそういない。
 何故なら、足は手の三十倍不器用だからだ。

 ──凄いじゃないか!

 脚はシンプルに言っても腕の三倍の威力があり、腕のように動かすのはどれだけ軽く見積もっても百倍難しい。
 僕は戦いではまったくキックをしなかった。
 資質がなかったのだ。僕では膝から下だけを動かすへなちょこキックが精々。
 膝を上げてから、振り上げる、振り下ろす、ひねりを効かせる──という複雑な動作を修められなかった。
 それと、手で相手に触れないと、暴力の怖さを忘れ、人との距離が離れそうで怖かった。
 おまけに両親に、足を使うのは行儀が悪いとよく叱られた。
 だって他人を蹴るんだよ? 酷いし冷たいじゃない。

「貴方の動きを体験してみてわかった」

「おのれ!」

 翼を大きくはためかせて空中で急停止。
 それから真下に落下してきた。

 一度、理解してから見直すと本当に痛感する。
 僕の目は節穴だ。この青年は前世とはまるで別人。
 ただ記憶に支配され、突き動かされているだけで、本質は何も求めていない。

 僕の知っているセイメイなら、僕に裏を掻かれただけで頭に血管を浮かべて、そのまま憤死しそうなくらいに怒髪天を衝いたものだ。

 拳を振り下ろし、ジェーンの頸を狙う。

「喰らえっ」

 だがジェーンは敵の動き、速度、タイミングを読み切り、足で払い除けた。

 ──僕が引き出した力が残っている?

「いえ、ろくに残ってないわね」

 その通り、両目は通常に戻っている。
 髪の毛も大半は金色が失せ、一房だけ黄金色を遺していた。

 足払い、ローキック。
 僕には絶対にできない技だ。

 竜人の喉が膨らみ、炎を吐いた。
 ジェーンの全身を超高熱が包み込む。
 この温度なら体は平気。
 目眩ましなのは一目瞭然。
 敵がどこから来るのか、読まなくてはいけない。

「丸見えよ!」

「馬鹿な!?」

 後ろ回し蹴りが入った。
 炎のブレから、相手が高速移動する方向を予測したのだろう。

「スゲーマンみたいな力持ちにはなれなくても、速さに目が慣れて、体の動かし方も体験できれば、楽勝に応用できるわ。
 そして、あなた! 戦い方がシンプルね!! 応用が足りないわ」

 この短時間で発展まで進める。
 普通は無理だ。
 彼女はつくづく才気の塊。才能の爆発。天才、鬼才の域を超えた、謂わば……爆才だ。

 爆発的才能で爆才。自分で言うが、なかなかネーミングセンスがキレている。
 少女に転生したことで、少女が持ちし瑞々しいトレンディさが僕の中で芽生えて育まれたのだろう。

 頭の高さを変えることなく、重心の安定した連続蹴りを立て続けに浴びせた。

「おりゃっおりゃっ」

 細かく刻んだ横蹴りが、スピードで撹乱しようとする敵を捉える。
 手で言えばジャブに等しいが、それも脚でやれば一発一発が侮れない。

 パワーとスピード。どれも超高水準に仕上げたはずが、次々とダメージを貰って二代目セイメイの心に罅が入った。
 心にダメージが入れば、動きも精彩を欠くようになるもの。
 一発勝負でこうも上手くいくとは信じられない。

 シスマに護身術を習ったことがあるのは知っている。
 しかし、それでもここまでは……。
 彼女には驚かされてばかりだが、これは異様だ。

「なんだ。慣れてきたらもっと速くいけるわね」

「グウッ…………!」

 両足を広げて、腰を地面スレスレまで落とす。
 武術的な動きだ。
 人間は武術において重心を深く落とし、両足を踏ん張ることで、様々なバリエーションに対応できる瞬発力を溜める。

 僕には向いていなかった。
 何故なら、この身体能力では自由落下は遅すぎる。
 だが重心だけを高速で落とすという器用すぎる飛行はできない。
 だがジェーンはやってのけた。

 いつの間にかブーツを脱いで裸足になり、足の指で地面を掴み、筋肉で落ちた。
 予想外の動きに二代目セイメイは相手を見失った。
 低姿勢からの回し蹴り。
 膝に直撃して敵が転けた。

「いただきぃ!」

 顔面に足の甲をぶつけ、そのまま蹴り上げた。

 素足になって足の指を使ったのか。
 僕は常に素手でいることをポリシーにしている。
 手袋やガントレットを着用するつもりはなかった。
 だがブーツを脱ごうとは考えなかった。
 行儀が悪いから。

 一方で引っかかるものがあった。
 ──凄いよ。凄いけど……人を殴れないんじゃなかったのかい?

「殴れないわ。でも蹴りは思ったより平気よ! だって手と違って足の皮が分厚くて、人を殴った時の気持ち悪い感触が来ないもの!」

 右脚をぶらぶら振って胸を張った。
 ──それでいいの?

「なにが? だって手で殴ると人のほっぺと歯の感触がひっどいじゃない! 生々しくて思い出すだけでうぇーってなる。
 でも足ならへっちゃら! 顔だろうと、ちょっと我慢すれば余裕でガンガンやれるわ!!」

 ──あのね。僕が素手で戦うのは殴る感触に耐えられるからとかより、敵だろうとも人の温かさに少しでも触れてほしいっていうのがあってね?
 それと相手の手を取りやすくなるのもあって……あと武器を持ってると思われたくないのもあって……

「そう。でもあたしは、あたしの気分が悪くならないことのほうが大事だからオッケー!」

 聖女がなにもない所を数回蹴るフリをした。
 頼もしい。人間として最低でも。
 果たしてこれを許容していいものか……。

 まあ、人道的な理由で人を殴れないわけではないのは知っていたけれども。
 蹴るのはセーフって。
 しかも殴るより蹴る方が向こうは痛いし嫌な気分になるものなのに、オッケーって。
 考えれば考えるほど最低だ、この子。

「ふざけやがって……前世のおかげで粋がってるような雑魚が」

「それが悪い? 使えるものはお得だから使うでしょ。ていうかお互い様って言葉があるわね」

「スゲーマンは人を蹴ったりしない!!」

 まあ本当に心底頭にきた時は蹴ったことはある。
 反省している。
 誰だろうと、相手を足蹴にするなんて僕らしくなかった。

「別人相手にうるっさいわねー!!
 こっちに不快感なく相手にダメージだけ押し付けられるんだから出し得でしょうが!」

 ──もうやめて!! どんどん品性が落ちてる!

 僕からだけでない。二代目セイメイからも余裕が消えていく。
 前世より膨大な記憶と知識が流れている状態が抜けると、クレオを糾弾していた余裕のない青年の顔が浮かび上がってきた。
 眉を吊り上げ、肩・肘・膝・胸と各部位に過剰な力を入れた強張った様子だった。
 上京してから見たことがある。
 苦学生、就職浪人の顔だった。
 癇癪に暴れる寸前の幼児めいていた。

「前世に恥ずかしくないのか。蹴りを使わなかったスゲーマンに胸を張れるのか」

 まあ、僕ここにいるけど。

「蹴りを使わなかったんじゃなくて使えなかったんでしょ。むしろあたしが有効なやり方を見せてるんだから、改良と言っていいわね」

 それはだいたい事実だ。
 向こうとしては竜人になり、この世界ではおよそ無敵に近い肉体を誇っていたのに、短期間で並ばれたということがよほど屈辱のようだ。

 ジェーンが引き出す力は僕には到底及ばない。
 だが彼女には持ち前の意思の頑強さ、学習能力、運動における覚えの良さがあった。

「もうわかっただろう」

 地下から避難させた住民たちと一緒にいたはずのクレオが佇んでいた。
 いつからこちらに来ていた?
 戦いの規模的に巻き添えをもらいかねない。

 僕は周囲に気を張ってもいたが、気配はなかった。
 結界に貼り付けられ、宙に浮かんでいたのは相当に目立つ有り様だったはず。
 なのに気づけば降りていた。
 僕だけじゃなく、ジェーンも驚いていた。
 それに彼女の服には土埃ひとつもついていない。
 どうやって脱けたのかは知らないが、よほど運が良かったんだな……。

「クレオ?」

 親友が現れたことを不審に思い、ジェーンは眉を上げた。

「お前……何をしている! この女は私達の目的に背く敵だぞ!!」

「君に勝ち目はないよ」

 自分で捕まえておきながら同志として呼びかけ、そして否定された。

「こんな半端者にかあ!」

 竜人と言うから飛ぶのだろうという意識を逆手に取って、相手が低空飛行をした。
 今回は決まった。

 クレオに注意を取られていたことで、ジェーンが腰にタックルを決められた。
 地面に転がされ、マウントポジションに持ち込まれた。

 だが聖女は脚に挟まれかけた腕を抜き、肘を下ろした。
 金的は逸れたが、内腿、その付け根部分に鋭利な骨が入った。
 内太腿は重要な血管が張り巡らされている実質的な急所だ。
 青年の口から、咆哮ではなく絶叫がほどばしった。

 肘は人体でも特にデンジャラスな部分。もはや武器。
 そこで急所を叩けば鈍い激痛が生じる。
 しかし手はダメなくせして肘の攻撃も平気なのか……。

「ほらね。わかっただろう。ものが違うのさ」

 楽しげにクレオが頷く。
 よく見ると無数の文様が刻まれたグローブを着用していた。
 とても薄手の生地のようだが、確かな存在感があった。
 あれで結界を抜けたのかもしれない。
 着地をどうしたのかはわからないが。
 受け身の達人なのかも。

「そもそもね。前提が違うんだよ。君たちもこの世界も、前世についてとってもでかい思い違いをしてきた。
 本当、大の大人が揃いも揃ってロマンチストっていうかなんというか……私には滑稽にしか見えないよ」

「なんだと」

 その場の全員が真意を測りかねた。
 この場で最も天才らしい彼女にとっては自明の理のようだ。
 淡々と教授を始めた。

「転生先から前世の魂があふれるという事態。受け入れる器がないんじゃなくて、前世が不要なんだ。
 神や魔王が前世だと魂がはみ出るなんて言うけど、あるわけないだろ。そんなこと。
 魂なんてものは水の循環と同じだ。雨になって海に流れて雲に昇って雨になる。シンプルなエネルギーのサイクルだよ。
 必要な分の魂しか転生しない。あるなら魂が分割されての転生だ」

「だが、現にこの女は──」

 下半身を押さえてうずくまっていた人物が顔を上げた。

「駄目だよ、秀才くん。ちゃんと前世にアクセスする条件を見極めないと。フラッシュバックって知ってるだろ?
 人間が致死的状況に陥ると助かるために必死に記憶を洗って有効な手段を探しているっていうやつ。
 あれが、転生者が前世の記憶を持つ時には脳で発生している」

 ジェーンの場合はどうだったろうか。
 僕が意識を始めて作ったのは、お米の時ではなく、彼女が親からの強い疎外感を抱いた時だ。
 声は届かなかったが、僕はずっとジェーンに“こんにちは”と挨拶してきた。
 彼女の話は納得できるものがある。

「そして転生者は前世の知識まで掴んで危機を乗り越える。
 つまり、そこでどれだけの記憶を引き出せるかは、むしろ今世の人物の足りなさ次第なんだよ。
 だって普通に生きてたら、神だの魔王だのの前世なんていらないだろ。君じゃないんだから」

「何を言いたい……!」

「君は無能で、無価値。そうであることを常に証明し続けている。前世に人格を乗っ取られていることでね」

 残酷ですらある結論をあっさり言い切った。

「クレオ…………言い過ぎじゃない?」

 この青年がどういった経緯であの邪悪な前世にリンクしたかは知らない。
 それとは別に、彼が学院でクレオに一度も勝てなかったとムキになっているのは見た。
 どの時間で前世の天才にリンクしたかはわからないが、彼女に勝利できなかった事実がどれだけ心を苛んだか。
 セイメイは僕以外には味わわなかった屈辱だ。

「例えば君は無性に蹴られてたね。スゲーマンにはそんな器用で敵に酷な攻撃は無理だ。ならそれは? ジェーン・エルロンド自身の才能だ。
 彼女は国一番の武門の生まれだからね。バトル巧者になることについては環境から整っている。
 稲作もだが、彼女はあくまで知識と能力を才気で押し通してきたんだ。君とはまるで別物だね」

 ──ジェーン、クレオにそれは爆才だって教えて。

「スゲーマンが、あたしの才能は爆才だって」

「なにか言いたいことはあるかい?」

 反論しようとした転生者だったが、悔しさに身を震わせるばかり。
 あれだけ暴れ放題するのに使っていた、前世という錦の御旗。
 それがこっ酷く否定されたことで、ただ前世が宇宙最高の頭脳だっただけの男は心の臓が締まって、胸を掻き毟った。

「うううううううっ……!!」

 ボロボロと涙も溢れている。
 勝負はついた。彼の心は完全に折れた。
 ここからどう、戦いに切り替えろと言うんだ。おいたわし過ぎる。
 さっきまで好き放題蹴って楽しんでいたジェーンにも憐れみを抱かせた。

「あ、あのね……あたしに貴方の人生は知ったこっちゃないけど。とりあえず、やりたいことを探してみたら?
 ずっと前世のことしか言ってないじゃない」

「そんなものは」

 首を振る。

「認めない……」

 敵の体が大きく膨らんだ。
 体が太さを増し、膨大な質量を備えた体躯になる。
 始めに戦った巨大ロボットほどではないが、ドラゴンの硬さとパワーがあれば半分の身長もあまりに脅威だ。

「僕は宇宙最高の天才なんだあ!!」

 月を冠に、完全なドラゴンが出て、両翼を大きく動かした。
 神話や物語に出てくる最強の怪物だ。
 この世界でも災害の代名詞とされている。

 ドラゴン撃退スプレーを、誰か持ってないかな。

 生じた突風で周囲の瓦礫が払われた。

 ──飛べるかい?

「無理だと思う。あれだけはどうやってるのかわかんなかった」

 ここまで目覚ましい成長を見せた彼女が自己分析するのであれば信用していいだろう。
 となるともう一度、僕が前に出てみるか。

 人格チェンジのやり方は、一度やったくらいではまったくわからない。
 かといってこのまま手をこまねいていれば、終わりだ。
 彼女は力の使い方を応用できても、引き出すのだけはまだ未熟だ。

 ではどうするべきか。
 ヒーローの基本に立ち返ってもらおう。

 ──ジェーン。彼と対話を。

「心が折れたのにヒステリーを起こして、こっちを殺そうとしている相手になにを話せっていうの」

 ──とにかく話すんだ。対話こそがヒーローの証なのだから。

 渋っているのを説得した。
 効果があるのかではない。やることそのものが重要なのだ。
 それがいつかは相手に届くかも知れないのだから。

「じゃあ……ねえ、あなた! これまでどんな人生を生きてたの!? クレオに敗け三昧になる以外!」

 言い方が。

 相手が怒るかと思ったが、火を吹く体勢が止まった。
 話し相手に餓えているのか。
 追い詰められたことで器と見なくなったか。

「家族に期待される、家門の希望の星だった。子供の頃には誰より賢かった」

 巨大な竜だが思考はそのままのようだ。
 いきなり家族とのことを語ってくれるとは。
 ヒーローもヴィランも、そうなった原因にはプラスの、もしくはマイナスの要因として家族の影があるものだ。

「けれど、たかが平民上がりに敗け続け、誰も僕を気にしなくなった。だから、奴らに目にものを見せてやる」

「それでシヴィル・リーグを使って革命するっていうの? ご家族も死んじゃうでしょ」

 “あたしも”とは言わなかったことを褒めたい。

「もう知らない。僕を捨てた家族だ。僕は僕の有用性を世界と僕に証明できればそれでいい」

「まあ……一理あるわね。あたしのことを認めない家族なんて知ったこっちゃないもの」

 ──ちょっと!

 駄目だ、こっちも似たような境遇と思想だった。
 こうなってしまうと僕には何も言えない……。

「でも、あなたはアレね。ただ特別になりたがって、そんなことしても楽しくないわ」

「なんだと?」

「だってそういうのって、やりたいことやった結果なるものでしょ。なりたくてなるのってなんか……ダサくない?」

「貴様……貴様がそれを言うのか……」

「誰が言ってもいいでしょ」

「奴を前世にしているクセに稲作しかやらない愚物がほざくな。大願を成就させ、我が存在を不朽のモニュメントにしてやる。人類史の頂点として」

「黙って聞いてればねえ。言わせてもらうけど、このあたしがいるんだから一番の偉人なんて最初っからなれるわけないでしょ!
 普段は言わないように、あたしだって心がけてるけども!
 ……こっちは歴史を動かして国と、ゆくゆくは世界を恒久的に救ってるのよ!? だいたい9歳で!!」

 親指で自らを指し、彼女は叫んだ。
 一切の躊躇いがない堂々たる姿だった。
 狂人でなければ断言できないことを断言しきった狂人だった。
 反論しづらいことだった。それを言ったら色々とおしまいでもあった。

 その通りだ。食糧事情革命ほど偉大な革命はない。
 僕の世界ではハーバー・ボッシュ法がそれに当たる。
 いや僕の来世って人間版ハーバー・ボッシュか。すげすぎね?

 まあハーバー・ボッシュもフリッツ・ハーバーを基にカール・ボッシュが発展と改良をしたのだから、僕とジェーンの関係に近いのかも。

「どんだけ偉いと思ってんの、あたしを! そりゃ好き放題やったら結果的にそうなったけどねえ!
 あたし、凄すぎ偉すぎ!!
 空飛べて火を吹けたらスゴイっちゃスゴイけど、あたしに比べたらしょっぱすぎでしょ」

「だ、だ……だからお前を殺して功績を燃やし尽くしてやる!」

「できるかそんなこと!! それにここまでやったら燃えようないわ!! 他の国にも徐々に技術を広めてるんだから!!」

 ──それはそうだけれど……

 でもまあ……僕の功績だって忘れられているわけだし。
 いや、けれども今が僕の没後何年か正確にはわからないしな。
 僕を倒したらしいセイメイも忘れられているわけで。
 言っても意味ないスケールだ。

 この文明が続く限りは、たしかに歴史からジェーン・エルロンドの名前は消えない気がする。
 うーん。歴史って広大で深淵で、ノスタルジックだ。

「たしかにスゲーマンの言う通りだわ。対話って大事ね。貴方と話してようやく、やりたいことが固まったわ」

 後ろに5歩下がって助走をつける。
 思い切り駆け出してジャンプする。
 全然ドラゴンに届かない。
 着地を誤って転がり、すぐに起き上がる。

「子供の頃から、ずっと誰かに大きな声で呼ばれてる気がしてたわ。あたしは、それを“心の声”と思ってた」

 ……おお。
 僕が呼びかけていたことを言っているのか。
 返事がなくとも挨拶の習慣を続けた甲斐はあった。
 挨拶は人間関係の潤滑剤。
 それは転生しても変わらないのだ。

「それがあれば、あたしは背中を押された気分になった」

 ……おおう。
 ちょっと泣けてきた。
 ハンカチハンカチ……。

「自分が特別だって悩む子には、あたしが駆けつけるわ。それで言うの。“こんにちは”と“そうね。でもあたしの次にね”って」

 ズレたけれども、彼女なりの誠意が見える。
 そして彼女は繰り返し跳び続ける。
 何回か惜しいところまで行くが、一羽ばたきで避けられる。
 空を飛べるという圧倒的アドバンテージ。

「そんな傲慢な奴に来られても!!」

「んで、貴方みたいな拗らせ野郎には」

 地面にクレーターができて、一際高く跳んだ。

「あたしに勝てると思うなよって言ってやるんだから!!」

 ギリギリの高度。
 腕を伸ばして届くかどうか。

「ぐおおおおっ、届かない。あたしの偉大アタックが当たらないだとぉ……!!」

 彼女の主張にはヒーローとしてはあまり頷けるところはない。
 傲慢すぎる、暴力的すぎる。
 根本的な解決になってないとしか思えない。
 ていうかそれ、四方八方に喧嘩を売りまわることにならない?
 僕には絶対出てこない発想だ。

 ……ここまで傲慢拗らせたの、僕が声掛けをしてきたせいか?
 ──じゃあ、責任を取らないとね。

 ジェーンの平手打ちがドラゴンの鼻を掠め、
 そこに真紅の拳が乗り、リーチが増して敵にぶつかった。
 ドラゴンの頭部が大きく揺れた。
 パンチの威力も上昇している。

 シスマに持たされていたガジェット。
 僕の姿を形作って会話するためのもの。
 それを使って手を覆った。

「いいじゃない、これ!」

 殴れない彼女に代わって、グローブになってパンチした。
 そんなに素手で殴るのが嫌なら、もうグローブをあげよう。
 こっちにもろに感触が来るけど、慣れっこだし。

 動かすのは本体の意志だが、僕がそれを補助した。
 一人ではまだ力が足りなくとも、僕も動けばこちらのパワーが勝る。

「ならこちらはより上に逃げるまでだ」

 飛翔によって生じた突風。
 刃にも成るそれを腕で防ぐ。
 距離を取られた。

 彼女に空を飛ぶ力はない。
 こうなると落ちるしかない。

「このっ……」

 手足をバタつかせて悔しそうに顔を歪める。
 落ちるしかない。
 空を飛ぶというのは、それだけ強力な能力だ。
 飛べる敵には超常的な攻撃か飛行ができなくては、スタートラインにも立てない。

 人間には誰でもできることとできないことがある。
 彼女は異常な圧力と熱意と狂人めいた執着があった。
 それで幼くして偉業を成し、家族に縁を切られた。
 僕や周囲の人々がいなかったら、彼女は天上の存在で居続けられたかもしれない。

「これじゃあ、あたしは何のためにあんな大見得を……落ちる……!」

 ──じゃあ、上に行ってみるかい?

 彼女の背中に翼が広がった。
 腕を覆っていた血が背後に回り、外套に変形した。
 彼女一人では空を飛べないが、助けがあれば飛べる。

 ジェーン・エルロンドの高度が急上昇した。
 空を飛んでいる。下から、上に。

 追いかけて来る竜の焔。
 ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬く、火の息吹は鋼鉄を溶かす。
 御伽噺そのものだ。

「飛んでる、あたし飛んでる」

 ──そうだよ。

 広がって膨らんだマントが焔を打ち払った。
 首元から広がる血液の外套。僕が外に語りかけるための機能として使ったのを、人型ではなくマントにすることで空を飛ぶ助力にした。

 何も感じられない僕でもわかる。
 これは──世界とつながっている。

 ずっと不確かだったこの存在性。
 少女の脳内に間借りしているという気まずさ。
 ずっと内側にいて、外に出たと思ったらやれ凡人だの平凡だの、考え方がしょっぱいだの。
 ちょっと思い返すと涙ぐみそうな扱いの数々。

 でも今の僕は違う。
 かつてはできなかった。空を飛ぼうと藻掻く人の翼になれている。
 己の才能が原因で家族とは一緒にいられなかった、孤独を抱えた少女の側にいることができる。

「貴様……!!」

 ドラゴンになった名も知らぬ青年の縦長の瞳。

「前世……前世をもっと有効活用できれば……!」

「前世がどうだのを特別に見過ぎだよ。誰にだって前世はある。君たちにも来世がある。ただそれだけのことだ」

 クレオと同じような意見になるが、それが僕の見解だ。

「なら……僕のこの記憶は……前世と繋がったことで得た威容はなんなんだ!
 この記憶を抱えてどうしろと!」

「そうだね。僕はずっと考えてきた。この子の頭の中にいるのは結構暇だったし。自分が何なのか。ここでどう生きていくべきか」

「答えは!?」

 マントの裾でジェーンの頭頂部を撫でる。
 この形なら、ぷるぷるした張りのあるものが触れている感触で終わるはず。

「前世って、ただの家族なんじゃないかな。誰だって困ったらお父さんやお母さんに助けてもらったり、相談するだろ?
 それが君たち転生者の場合は、前世の記憶なだけなんだよ」

「家族……」

「残念だけど、家族でも力になれないことはあるんだ。だから、僕が力になりたい、なりたかった」

 僕の言葉にジェーンは感じ入ってくれた。
 もう決着をつけられる。
 僕には戦いの経験があるから確信できた。

 マントとして、僕はセイメイに語りかけた。

「かつての日、君を助けたかった。どれだけ敵対しても心から憎むことができなかったのは、それが原因だと思う」

 目の前の転生者は、かつての親友ではない。
 奴の目論見がどうだったかはともかくとして、少なくとも、奴は死んだ。
 魂は次に受け渡され、記憶だけが残り香のようにある。
 それに反応して闘志を燃やして、心が大きく揺れ動いた。

「君に正体を明かさなかったのは……自分に自信が持てなかったからだ。
 どう考えても、君が求める特別な存在は、僕じゃなかった」

 転生者への言葉ではない。転生者という前世の墓標に向けての言葉。
 謂わば気休めだ。

 もう千の風にもならずに青年へ転生し、僕との過去の記憶があっても感情は連続しきれていない。

 僕は聖女の翼に成って羽ばたく。
 高く(アップ)、速く(アップ)、そして空に(アンド・アウェイ)。
 ドラゴンよりも、何よりも高く。

 巨大な月の黄金の輝きを浴びる雲の上で、ジェーンは両腕を広げた。

「スッゲー」

 屈託なく空を飛ぶ少女。
 地上を見失う不安はない、降りることの恐怖もない。
 僕が導くのだから、絶対に降りられる。
 僕がいる限りは、どんなに空高くにいても迷うことはない。

「あの日々で、自分と並ぶ存在を求めた君。だから彼女を連れてきた。手遅れになったけど。
 今回は、この子からは絶対に離れない」

 親友を喪うまで会わせたかった存在。
 彼と同じく爆発的な才能を持った少女。
 ようやく巡り遭わせてやれた。転生者という墓標にだけれど。

 鱗ごと、超高高度からの飛び蹴りがドラゴンを貫いた。
 その勢いのまま、ジェーン・エルロンドは周囲に人気のない開けた空間に着地した。

「君との思い出を宝にして、僕はこの世界で生きる」
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